第133話 ひねくれているのはいいこと
「あのおばさんとはいつからのおつき合いなんですか?」
「戸辺地のおばちゃん?」
「そうです」
愛嬌のある風貌を零央は思い出していた。
「前からあそこに住んでたんだよ。で、じっちゃんの方が隣に引っ越した」
「それ以来ですか?」
答える代わりに小夜は顔を振り向けて横に振った。おかしそうに笑っていた。
「無理無理。だって、じっちゃんってば近所付き合いしないんだもん。町内会なんかにも参加してなかったしさ。さすがに引っ越した時の挨拶はしたらしいけどね。最初は折り合い悪かったらしいよ。これ、聞いた話ね」
「それが、どうして今みたいに?」
「ある時ね、おばちゃんが困ってたんだって。強引な売り込みされてさ」
「押し売りですか?」
「そんなもんかな? ま、とにかく困ってて、そこへじっちゃんがたまたま通りがかったんだってさ。で、撃退した」
「ああ、なるほど」
零央は合点した。関係を修復するには十分な理由だろう。
「本人は『余計なことをした』って言ってたけどね」
「余計なこと? どうしてです?」
一転、零央は怪訝な顔になった。
「んー。じっちゃんの考え方のせいかなあ。自分のことは自分で始末する、ってのが方針だったからね。人は、まず独りで生きられるようになるべきだ。協力し合うのは、それからだ。でないと、寄り集まってももたれ合いになってみんなでダメになるだけだ、って何かの時に言ってたっけ。聞いたことあるよ」
「…厳しい方だったんですね」
「そうかもね」
零央の感想を小夜は明るく肯定した。
「でもね、あたしにとっては優しくていいおじいちゃんだったよ」
声には親愛の情がこもっていた。零央は羨ましく感じた。会社の跡継ぎを巡って家族の中で争い事まで生じ、試験を課した父親からは突き放した扱いを受けている。家族もいて、使用人もいて、人に囲まれた生活をしている自分の方が冷たい場所にいるような気がした。
「それにさ、厳しかろうがひねくれてようがいいんだよ。どっちも相場じゃ必要なんだからさ」
「前は分かりますが、後の話はどう関係するんですか?」
また小夜が振り返り、意味ありげに笑った。
「教えただろ? 逆張りってのはね、人の逆をやることなんだよ。人の逆をやるやつをひねくれてるって言わずにどう言うのさ?」
受け答えに困っていると小夜は身体を反転させて向かい合った。
「あのね、世の中こぞって『株はもうダメだ』とか、『株は終わった』なんて言ってる時にね、できるやつは仕入れんの。んでもって、『これからは株しかない』とか、『平均株価はいくらいくらを目指す』なんて言って、世間が株の話題で盛り上がってきたら冷静に売り抜ける、と。そんなやつだけが株で儲けて終われるのさ」
「そういう意味ですか」
「そ。理解した? だからさ、株をやるにはひねくれてるってのはいいことなんだよ。株が下がるってのはさ、言うまでもなく値打ちが下がるってことだろ? これから買おうと身構えてるにせよ、既に持ってるにせよ、意味は一緒じゃん? 言い換えればマイナスの出来事なんだよ。価値が減るんだからさ。でね、逆張りってのは、それをプラスに持っていくための手法なんだよ。よく言うだろ? ピンチはチャンス、ってさ。逆境を逆手に取る、でもいいや。そういった言葉とおんなじことを市場って場所でやんの。で、やってみせたらさ、それは、マイナスをプラスに転換してみせたっていう、とっても優れた行為なんだよ」
説明を終えた小夜の顔は得意げだった。両手を腰に当てている。風は相変わらず冷たくて強いのに寒さを感じていないかのようだった。
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