第128話 受け流された告白

 資料室に踏み込んだ時のように零央は声を失った。小夜に魅入られていた。

 夢を語っているのだ、と零央は思った。おぼろげで不確かとはいえ、小夜は夢を語っていた。そして、そんな小夜のことを零央は素敵に感じていた。好意を再確認していた。


「? どったの?」


 気づかぬ内に見つめ過ぎていたのか、小夜が不思議そうな顔をした。


「あ、いえ!」


 不意を突かれた零央は慌てて目を逸らせた。頬が熱くなる。気恥ずかしさのために黙っていると小夜が問いかけた。


「どうしたのかな、って訊いてんだけどな」


 小夜の声は笑いを含んでいた。


 見とれていました、とでも言えと言うんですか!?


 無邪気に追い込まれた零央の内圧は高まった。


「言ってごらんよ。聞くだけなら聞いてあげるからさ」


 諭すような声に誘われ、零央は視線を戻した。


「あのね。投資をしてる時ってのはね、投資に集中した方がいいんだよ。で、そのためには、どんなに小さくっても気になることは片づけておいた方がいいんだよ」


 小夜は葛藤の中心が自分だとは思っていないようだった。そのことが零央を少し落ち着けた。そして、小夜のアドバイスは確かに零央の腑に落ちた。投資を手がけている状況と内心の葛藤という要素がアドバイスと合致してたためかもしれない。小夜の家を訪ねることが決まった時には考えてもいなかった言葉が口をついた。


「好きなんです。あなたのことが」


 口にしてみればどうということもない言葉だった。零央は平静だった。

 わずかな動揺は言葉に変えた後でやって来た。促されたとはいえ唐突過ぎたかもしれない、と零央は危惧した。笑い出される覚悟をした瞬間、ふと小夜が表情を和らげた。予期したものとは全く違う表情だった。


「…零央くんはね、勘違いしてるんだよ」


「―」


 投げかけられた意外な言葉と、困ったような微笑みは絡まり合って零央の胸の内の温度を下げた。


「人間ってさ、長く一緒にいると親しみを覚えるだろ? そういう風に人間ってできてるんだよ。おまけにさ、あたしの場合、先生じゃん? 結びつきが強いから余計にそうなるんだよね。そんな親しみを恋愛感情と勘違いしてるの」


「そんなことは―」


 抗弁しようとした零央の言葉は小夜に遮られた。


「今の言葉は忘れなよ。あたしも聞かなかったことにするから」


 聞かなかったことにするって、何ですか、それは!?


 告白を無かったことにされそうになった零央は、さらに抗弁しようとした。が、圧力の増した思いは続く小夜の言葉に押し留められた。


「投資も絡む話になるから、少しの間、黙って聞いとくれよ」


 渋る表情になりながらも零央は言葉を飲み込んだ。


「あんがとね」


 心中を推し量ったのか小夜が言った。


「投資をするやつは悪人だって話、したことあるよね?」


「はい」


「これは他の投資家にも当てはまるはず、って言っちゃうと逃げてるみたいだから、とりあえずあたしに限定しとこか。そう思って聞いて」


 もう一度零央が返事をすると小夜が言葉を重ねた。


「株価って、いろんな出来事に反応するよね? ちょっと、言ってみてくれる?」


「代表的なのが企業の業績ですね」


「うん。他には?」


「海外の市況とか、経済から離れると選挙の動向とかがあります」


「他には?」


「国際情勢とか…、天災もありますね」


「うん。やっと狙ってた答えが来たね。あたしが売りもやってるのは話したよね?」


「覚えています」


 零央が言うと小夜が冷めた表情をした。

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