第112話 ディーラー巡り


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 街道を一組の男女が歩いていた。


 零央と小夜だった。


 土曜日の昼下がり、人影もまばらな歩道を黙りこくって歩いていた。並んで歩く二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。


 二人が黙々と歩き進んでいるのは車線を複数持つ広い街道だった。車線は緑地帯で区切られており、緑地帯には間隔を置いて樹木が植えられていた。二人のいる歩道も車線との間に緑地帯があり、背の低い木が丸く葉を茂らせている。街道沿いということもあり、小さなビルや戸建てはほとんど見かけない。周辺には低層のマンションが立ち並び、建物の向こうには青く晴れた冬の空が広がっている。開けた見晴らしのいい区域になっていた。車道を時折、冷たい空気の中に排気音を響かせながら車が通り過ぎた。


 前からやって来たトラックが一陣の風を巻き起こし、二人を吹きさらした。零央は襲ってきた寒さに首をすくめ、着ていた服のジッパーに手をやった。


 二人の服はコーディネートが似ていた。どちらもデニムに襟の立った黒いジャケットを着ている。靴は零央がスニーカーで、小夜はロングブーツだった。零央のジャケットは横棒状の膨らみが縦に並んでおり、身体にフィットしたデザインをしていた。小夜のジャケットはダイヤ型のキルティングが施してあり、生地には深い艶があった。ウエストの締まったデザインでフロントの赤いジッパーがアクセントになっている。零央の方は薄手のビニール袋を複数下げていた。小夜の肩にはいつもの黒いショルダーバッグがあった。


 …思えば、最初のお店からしてケチのつき始めだったような気がするな…。


 身を震わせる寒さと気まずさに浮かない顔をしつつ、零央は思い返していた。


 投資は引き続き順調に推移していた。手がけた銘柄が下げ止まったかについては、まだ定かではなかった。それでも零央が買いを入れた日は一つの区切りだったらしく、先週は買い入れた金額よりも若干値を上げて終わっていた。今週も下げた後で持ち直し、狭い値動きを示して少し上がっていた。重ねて買うかどうかは値動き次第だった。平均値を下げる方針である以上、下がらなければ次の買いはない。実行分の投資については問題なかった。問題なのは、平行して行なっている銘柄探しだった。


 今日という日は視点を変えた行動をしていた。自動車という商品に焦点を当ててみたのだ。零央自身は免許は持っていても普段車を利用する機会はあまりない。自分名義の車はガレージで半ば眠っている。使っている商品やサービスを提供する会社に注目するやり方からは少し外れるが、日本の自動車産業は工業分野において主要な位置にあり、世界にも通用する優れた商品だ。調べてみる値打ちはあった。


 一計を案じ、ディーラー巡りをすると決めたまでは良かった。販売店が株式を上場している例もある。車本体はもちろん、店舗の様子も調べられるのはメリットだった。大きな誤算だったのは、どの店でもカップルと間違われたことだ。たまたまコーディネートが似ていたのも誤解を助長した。零央も小夜も示し合わせたわけではなく、服装が似通ったのは偶然に過ぎなかった。だとしても、年齢が近しいこともあって事情を知らない人間からはそう見えたのかもしれなかった。


 零央自身は当初は嬉しく思えた。しかし、否定したにもかかわらず一番目に訪れた店の販売員はしつこくこだわり、やたらと絡めて話をするので早々に退散する羽目になった。以後の二つの店も困惑するほどに同様の展開に終わった。パンフレットの入った薄いビニール袋だけが空しく手に残った。

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