第99話 グルメ探訪


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 口元に笑みを浮かべ、零央は椅子に座っていた。

 とあるカフェの店内だった。前面には何も設けず素通しにし、内部を落ち着いた茶の色合いで統一した洒落たカフェだった。二人用のテーブル席の向かいには小夜がいた。小夜が座る側は横長のソファーになっている。芳しい香りのするコーヒーと、くるみを使ったタルトを前にしてご満悦だった。そんな小夜を見て零央も自然と喜びが表に出ていた。

 カフェは千葉幕張にあるショッピングモールの一角にあった。土曜の午後の店内はさほど人は多くなく、穏やかな雰囲気の中で一休みしているところだった。ライフスタイルで四つに区分けされたモールをくまなく歩き回った後の小夜は食い気に走っていた。カフェに立ち寄ったのは遅めの昼食の後であり、さらにこの後には探索中に見つけたクレープの店が予約済みだった。投資対象を探す名目で訪れたはずのモールでのひと時は、さながらグルメ探訪の様相を呈していた。


 零央はニットのピーコートに赤紫色のロングTシャツを合わせ、細身のパンツを履いていた。足元はスニーカーだ。Tシャツ以外はダークカラーで、今はコートは脱いで椅子の背に掛けていた。

 小夜はチェックのジャケット姿だった。大柄なウィンドウペーンの入ったカーキグリーンのジャケットは手荷物と一緒にソファーに置いていた。手荷物はアウトレットでも使っていたような小型のバッグで色は黒だ。使い込んだ印象ながら、よく手入れされている。ジャケットの下は薄手のライトグレーのタートルネックで、下は細身のデニムとブラウンのサイドゴアブーツを履いている。今日は雨が上がったばかりの曇り空で肌寒い天候だった。


「半分あげる」


 唐突に小夜が言った。


「え?」


 驚く零央には構わず、小夜は店員に追加の皿とフォークを頼んだ。頼んだ品が届くとタルトを丁寧に切り分けた。タルトはキャンディーの包み紙のような容器に収まって皿の上に載っている。トッピングされたくるみや豆が切り分けた拍子にいくつか零れ、小夜は律儀に戻して零央の前に差し出した。


「はいよ」


「…」


 手前に置かれたタルトの載った皿を零央は見つめた。


「全部お食べになればいいじゃないですか」


「ダメダメ。この後、クレープが待ってるんだから」


 立てた人差し指を小夜が振った。クレープを扱うデザート専門の店は別のフロアにある。


「お心遣いはありがたいんですが…」


 遠慮がちに零央が言うときつい視線がやって来た。


「丸くなったあたしを見たいっての?」


「あ、いえ…」


「ん。じゃ、食べようね」


 一転、切り替わった笑顔でトッピングをフォークですくい、小夜が続いてタルトを食べる。


 …どうしてここまで凄まれないといけないんだろう?


 疑問に思いながらも零央もタルトに手をつけた。口に運びながら控えめな視線を送ると小夜は満足そうに味わっている。自然と零央の頬も緩んだ。今回の訪問場所の発案は零央であり、選択の正しさを感じていた。

 今後も銘柄探しを口実に小夜を連れ出す予定だった。受け入れてもらえたなら、千葉に所在する世界的に有名なレジャーランドにも誘うつもりだった。投資の材料探しという名目にも適っている。

 そこまで考えて、零央は口元を皮肉に歪めた。

 考えてみれば、確かに自分は悪人だ。材料探しにかこつけて小夜を連れ回し、アウトレットでは費用の負担を理由にしてプレゼントまで押しつけた。決して、いい人間ではなかった。いつだか小夜が語ってみせた投資をする人間の性質に思いをはせていた。

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