第71話 小さな料理店
辛抱強くいこう。
心に決めていた。投資の追撃も小夜との関係作りも、まだ始まったばかりだった。
「あ、牛丼屋があるよ。ここ、上場してるから入ってみる?」
考え事をしていると声がした。零央は顔をしかめた。
いや、さすがに牛丼屋は…。
正直な気持ちだった。今日のデートの締めくくりに食事に誘う予定はあったが、牛丼屋にするつもりはなかった。少しは気の利いた場所にしたかった。どうやら本当に小夜は二人きりのシチェエーションになど興味はなく、徹底的に手がかり探しにこだわる腹積もりらしかった。軽くため息が出た。
…しょうがないか。浮ついた気持ちでいるのはぼくだけだものな。
気持ちを切り替え、小夜に声をかけた。
「それもいいですけど、別のお店にしてみませんか?」
「? って言うと?」
不思議そうに小夜が聞き返した。
「近くに行きつけの店があるんです。牛丼店ほどではありませんが親しみやすい店で、何より美味しいので。どうですか?」
「高いんじゃないの?」
「そうでもありません。ぼくのお店の選び方ってどうも他の人とは違うらしく、不思議と女性好みになるんです。きっと小夜さんも気に入ってくださると思います」
「やっぱ、コマシだ」
鼻白んだ顔を零央がすると小夜が笑った。
「ごめん。しつこかったね。どうしてもそこがいいの?」
穏やかに零央は頷いた。
「試験が始まって以来、楽しみながら食べるような機会がなかったんです。ひさしぶりに美味しいものが食べたいと思っているので、つき合っていただけませんか?」
探るように零央を見た後で小夜が言った。
「いいけどお? どうせ費用はあんた持ちだしね」
「ありがとうございます」
零央は顔を輝かせた。
「ホントにいいお店なんです。そんなに高級なお店じゃありませんが」
「その方がいいって。そんな高級だとこっちが困る」
「困りますか…」
問いにもならない呟くような言葉に小夜が力強く頷いた。零央は気落ちした。
そんなに嫌なのか…。
小夜のリアクションが心に突き刺さっていた。
…いや、これしき。
軽く呻きそうになるのを抑え、揺らぐ精神を建て直した。
「それじゃあ、行きましょう。割合に近くなんです」
零央は店のある方角を指差すと先に立って歩き始めた。小夜が後ろに続き、二人は通りを五分ばかり歩いた。辿り着いた先は、外国の町並みにあっても違和感のない洒落た造りの料理店だった。角地にある店は白い壁に青いストライプのテントを備えており、簡素ながら小ぎれいな印象があった。親しみやすい雰囲気を持っていた。
「へえ」
好意的な声を小夜が出した。
「いい感じじゃん」
「気に入っていただけましたか?」
小夜は肯定の返事をした。零央は白い壁と同じ色で仕上げられたドアを引き開けると中に入った。小夜も続く。
冷房が効いて涼やかな空気の店内は、外と同様に外国風の内装がしつらえられていた。木製の床や白を基調とした内装はカジュアルな雰囲気に仕上がっている。眼の届く範囲にあるテーブルは五つほどで、後は右手にカウンターがあるだけだ。比較的早い時間帯のためか他に客の姿は無かった。二人が入店するとカウンターの中にいた店員が声をかけ、零央はカウンター横に一つだけあるテーブルを指し示した。二人は小ぢんまりとした席に落ち着いた。近くには小窓があり、通りの様子が見えた。
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