第64話 相場師の生活

 長い沈黙と歩みの連なりが二人を公園まで運んだ。公園と称されてはいても土の地面は見えなかった。定番のベンチや遊戯用具も見受けられない。広場とでも言った方が相応しいような場所だった。植栽が適度に配置されている。

 小夜が視線を振った。


「これ、公園じゃないじゃん。看板に偽りありだね」


「…すみません」


 今になって零央は悔いていた。道すがら街の様子を眺められるし、歩きながら小夜と会話できると思って安易に行き先を決めてしまった。どうしようかと思っていると小夜が言った。


「いいって。別に文句言ってるわけじゃないから」


 手をかざして小夜が空を見上げた。


「まっぶしーっ。夏って感じだね」


 声は弾んでいた。小夜の視線の先にはモノレールの路線と突き抜けて広がる青空がある。手をかざすのをやめると小夜は周囲を見渡し、少し離れた場所にあるモノレール下の橋を指差した。細い川の上にかけられた橋の欄干沿いにはベンチが据えてあった。モノレールの軌道がうまく日陰をつくっている。


「座ろうよ」


 小夜は零央の返事を待たずに歩き出し、ベンチの一つに腰を下ろした。コンクリートの台座の上は木を模した樹脂製で、平らだ。ついて行った零央が立ったままでいると空いた場所を手の平で叩いた。


「あんたも座れば?」


「ありがとうございます」


 心遣いに感謝しつつ、零央は間隔を推し量りながら座った。こういう場合には近すぎず遠すぎず適度な距離というものがある。小夜は特に気にした風もなかった。零央は、りょうげんの話をもっと聞いてみたいと思い、軽く言葉にした。


「りょうげんさんは、さぞかし優雅な生活をなさってたんでしょうね」


「は? 何で?」


 問い返す小夜の口調は予想に反して意外そうだった。


「…え、と…、それは…、先程人が寄って来るというような内容のお話をされていたので…」


 話題を間違えたと悟った零央の言葉は歯切れが悪くなった。小夜が鼻を鳴らした。


「そんなの、株やってることを知ってたからさ。じっちゃんが金持ってるなんて、外から見て分かるやつなんていないって。そういう生活してたもん」


「質素だったんですか?」


 大きく小夜が首を頷かせる。


「あのね。世間じゃどう思われてるか知らないけど、相場師の生活ってのは質素なんだよ? 稼ぎが雇われたやつとは違うんだ。決まった時期にお金がもらえるようなもんじゃないんだからさ。浮かれた生活できるわけないだろ?」


「でも、株で利益を上げていらっしゃったんですよね?」


「そりゃそうさ。でないと生きていけないじゃん。じっちゃん、他にお金の稼ぎ方知らないんだから」


「でしたら、裕福な生活をなさっても…」


「金稼いだら使わなきゃいけないのかよ? 使った金は戻ってこないんだぞ?」


「…それは…、その…おっしゃる通りですが…」


「だったら質素にしてるのが一番だろ? 株の儲けは給料とも金利とも違うんだよ」


 零央を見返す小夜の目は責めているような色があった。零央は動揺した。

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