第59話 ラッキーカラー

 零央が見とれている間に小夜は二人の間の距離を駆け抜け、傍らまでやって来た。


「滅多に来ないとこだから、目測誤っちゃった。焦ったよ」


 立ち止まった小夜は軽く息を切らしている。


「? どったの?」


 言葉も無く見つめていると小夜が不思議そうな顔をした。


「あ、いえ」


 不意を突かれて零央は狼狽した。不機嫌そうな様子を小夜が表情に浮かばせた。


「何だよ? どうせ、似合わないとか思ってるんだろ?」


「違いますっ!」


 慌てて零央は否定した。


「全然違います! 制服姿しか見たことがないので何だか新鮮で! それだけです!」


 喉まで出かかった『かわいい』という言葉を零央は飲み込んだ。逆に怒られそうな気がした。

 小夜が微笑った。


「そういうことか。ま、さすがに今日は制服はないな。ちょっと考えたのは考えたけど」


「制服にしようかな、ってですか?」


「ほんのちょっとね。せっかくの街歩きだし、今日ぐらいはいいにしよ」


 明るく言い切った小夜は、肩から提げたバッグの中から手帳を取り出した。手の平で扱えるような細長い手帳だ。鮮明な赤色の表紙をしていた。トーンが違うだけのバッグと共通の色会いに気づいた零央は訊いてみた。


「赤がお好きなんですね」


「あたしのラッキーカラーだからね」


 手帳に目を落としたまま小夜が言う。


「ラッキーカラーですか?」


「あたし、おひつじ座なんだ。あんたは?」


「かに座です」


 見上げる小夜に零央は言った。さほど関心はなくても星座ぐらいは把握している。


「そうなんだ。で、どこから攻めるか決めてるの? 一応、この辺にありそうなお店はピックアップしてきたけど」


 小夜は手帳を開いたままだ。どうやら、銘柄に関連した事項が書かれているらしい。

 これといったプランは零央は用意していなかった。小夜と行動を共にするのが目的とはいえ、露骨にそう思われる場所に誘えば拒否されそうな気がしていた。かと言って投資先探しに終始すれば味気ない。小夜と会話しながら調整すればいいのではないかと考えていた。臨機応変だ。行き当たりばったりとも言うかもしれない。


「て、今気づいたけど、あんた手ブラじゃん。やる気あんの?」


 みるみる小夜の顔が不機嫌そうになる。


「あ、いえ、今日は材料探しなので、先入観はない方がいいかなと思って」


 思いつきの苦しい言い訳を零央は並べた。


「ふーん」


 目を細めた小夜は疑わしげだった。


「ま、いいや。んじゃ、その先入観がないとやらのあんたの見立てでどこ行くの?」


「えーとお」


 眼を泳がせながら零央は辺りを見回した。


 …参ったなあ。プランなんて用意してないし。かと言って、何も言わないわけにも…。


 気が急いていることもあって何も眼に止まらなかった。


 …何の手がかりもないから、思いつかないよ。


 気ばかり焦った。

 一渡り見回して小夜に戻した眼は赤いバッグに引き寄せられた。


 そうか!


 気づきは零央の心に明るい閃きとなって走った。

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