第23話 基本にして奥義
「さっきも言ったように株を持ち続けるのはそれはそれでいいことだよ、現物の場合はね。でも、何の思慮も働かせず、ただ市場の波に身を任せてるのと、頭を使って投資のタイミングを見計らい、上昇の恩恵を可能な限り受け取めようとするのとでは結果は大違いだからね」
「差が生まれるのは当然、ということですね」
「その通りだね。差が生まれなかったら、そっちの方が不思議だよ。手の打ち方が違うんだから」
「となると、投資家として名声の高い人たちというのは特別なことなんてしてないんですね?」
「そう思うね。根っこは一緒だよ。相場の秘訣ってのは、実は単純なんだ。安く買って高く売る。これに尽きるから。だからこそ、やるなら逆張りしかないのさ。安く買って高く売るってのは、基本にして奥義だね」
「基本にして奥義…」
「だから、高く売れる瞬間を捉えるためにも買うなら現物でないと。持ちこたえられないからね。現物なら持ちこたえる必要なんてそもそもない」
「とにかく信用では買うな、と」
「リスクが高過ぎるんだよ。それに、追い詰められて焦るのがいけない」
「確かにそれはありますね」
自身の経験を思い返し、素直に零央は肯定した。
「まあ、現物でも欲ぶっかけば焦るけどね」
小夜の言葉遣いに零央は苦笑した。
「そうなりますか」
「なるさ。この株なら儲かると思って狙い定めて買ったのはいいけど下がっちゃった。さもなければ一進一退で停滞したまんま。様子を見る期間に差こそあってもだんだん焦れてくる。で、当初の目論見も忘れて見込みが悪かったなんて思い出すだろ? その内に目移りして他の株を買ってみたり、下がってんのにわざわざ損するところで投げたりする。全部、そいつの欲の為せる業さ」
「とは言っても、投資した人間としてはある種自然な心理のような気もしますけど…」
呆れた表情に小夜がなった。
「甘ちゃんだねえ。だから、損するんだよ」
「…はい」
書き留める手を止めた零央の声は小さくなった。すぐに気を取り直したように顔を上げた。
「塩漬けの話を、もう少し詳しく話してもらえますか?」
「いいよ。どの辺がいい?」
「損失面です。先程は、配当があるからいいじゃないか、というお話でしたが、今おっしゃった『焦る』という要素に絡めて言うと下落による損失が大きいと思うんです」
「普通の投資家が痺れを切らせる理由だね」
「そこをどう考えますか?」
「まず言っとくと、それは損失じゃないとあたしは思うんだよね」
「損失ではない?」
「そ。確かに株価は下がってるけど、損失ってのは売却して初めて確定するんだよ」
「それはその通りですね。でも、現に投資家にとっては損失として捉えられている…」
「そこをどう考えるかで行動も違うんだよね。要は評価損と実現損の違い」
明確な返事を零央はした。大雑把な言い方をすれば、評価損は帳簿や投資履歴上の仮の損失であり、実現損は実際に株を売却した結果として確定された損失のことだ。
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