第21話 破綻論
「でも、小夜さんは売ったりもするんですよね?」
「そりゃそうさ。さっきも言ったよね? 株は買いと売りの二つの動作で完結するんだからさ、買ったまんまじゃしょうがないじゃないか。ピークだと思えば売るさ。まあ、ひたすら買って持っておくっていう投資法もあるけどね」
「長期保有ですか?」
「単純に言うとそう。この場合、自分の選んだ企業の発展に明確な展望を抱いてることが必要だね」
「そうはおっしゃってもですね、意地悪なようですけど、株は必ず下がるんですよね?」
「いや、いいよ。ちゃんと聞いてるじゃないか」
小夜が笑みを大きくする。
「確かに株は必ず下がるって言ったけどね。同時に上がるものでもあるって言ったよね?」
「上げるも相場、下げるも相場、ですね?」
「そうそう。だからさ、そういう意味においては株は上がるものなんだからさ、企業の発展を確信してるなら持ってればいいんだよ」
「そうは言っても、景気の良し悪しというものもありますよね?」
「もちろんだよ。株価もそうだけど会社ってのは一直線には成長しないからね、普通。長期的に見て伸びてれば十分さ。だから、株を買うにはポジティブでないといけないし、買うという行為そのものがポジティブなんだ。未来に賭けてるんだから。楽観してなきゃできないね」
「悲観的な人間は株を買うべきではない?」
「そりゃそうだろ? 未来に絶望してるくせに株を買うなんて支離滅裂だよ。口を開けば否定的な言葉を吐いといて、そのくせ欲だけは一人前で株に手を出すやつもいるけどさ。あたしに言わせりゃマヌケだね」
零央は苦笑した。小夜は装いを別にすれば愛らしいと言ってもいい顔立ちなのに毒舌だ。ギャップが凄い。祖父譲りかもしれない。
気を取り直した零央は問うてみた。
「小夜さんは日本という国にも楽観してるんですか?」
「もちろんさ。この国は今後も繁栄し続けるよ」
自信たっぷりに小夜は言った。
「でも、財政難とか国の借金が多いとか、いろいろ言われてますよね? 破綻論までありますよ?」
「あれはデタラメだから」
一刀両断した。
「破綻論の方だよ。もちろん、国債を乱発してもいいなんて言うつもりはないよ。物事には限度ってもんがあるからね。未来はいつだって不確定だし、将来どこかで―百年とか二百年とかの話ね―この国がおかしくなってる可能性はないこともないしね。だけど、今すぐ破綻はしないよ。あたしに言わせれば、この国が破綻するならアメリカを除いて世界中の国が破綻するね。んなことになれば巻き添え食ってアメリカも破綻しちゃうけどさ」
愉快そうに小夜が笑う。
「それはそれで面白いかもね。戦争なんかやんなくても世界中がガラガラポンで一致団結、世界政府の出来上がりってね。人類が賢けりゃ、足掛かりぐらいにはなるんじゃないの?」
「勘弁してくださいよ。お金が原因で世界の破滅ですかあ?」
大仰に零央は顔を歪めた。マネーによる世界の終末など大変なようでいて何だか滑稽だ。
「いいじゃないか。人も死なないし、物も壊れなくて平和だよ。夢の世界統一だぜ?」
「よくありませんってば」
零央が言うと小夜が声を出して笑った。
「ごめんごめん。まあ、冗談はさておいて、差し当たってはこの国の未来は心配することはないよ。詳しい話は省くけど、気になるなら自分で勉強するんだね。国の破綻に怯えながら投資するなんてどう考えても馬鹿げてるから」
「そうします」
真摯に答えながら、零央は自分の生まれた国について根本から再検討することを決めていた。小夜の言うように投資という行為に本格的に踏み込むためには必要な準備のように思われた。
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