九十話――お仕事をしたくて
「ふも? おひもも?」
「口のもの入れたまま喋るな、はしたない」
「お母さんか、お前は」
「そんなものになる予定もない」
「でも、唐突ね。どうしたの? あの、こう言うとなんだけど様々無理があるのよ?」
それは授業後、食卓で朝ご飯を食べている時の会話。クィースにもう少し品性を考えろ的な注意を飛ばしたシオンは直前自分が言ったことを繰り返し、理由も添えた。
「仕事をせねば、入学金もその他も困る」
「それくらい」
「他人の世話になるのは私の流儀に反す」
「……。相変わらず堅いわ、シオン。それでここ数日求人広告と睨めっこしていたのね」
もう少し頼ってくれてもいいのに、とでも言いそうなヒュリアだが、シオンがいやがるのでせず、ここ数日のシオンがやっていることを話題にだした。ヒュリアが読んでいる新聞を広告ごともらい、睨めっこしていたのだ。だが、どれもこれも接客業ばかり。
とてもではないが、シオンに接客は無理。不可能。できるとしたら次の日世界が滅ぶ、とすらハイザーのクソじじいに言われまくっていたのと、一応自分の口悪さを気にしているのはそうなので、接客以外で、と思ったが、まったくヒットしない。
それに接客以外ではフルタイムシフトのものがほとんどでとても学業と並行できそうにない。なので、困ったシオンはここでようやく三人に知恵がないか、訊ねてみたといったところなのだが、三人の意見もシオンに同じ。時間的にも性質的にも無理がある。
と、まあ、そう言い切られてしまってシオンは食後に今日は近所の和茶葉屋で買った比較的安価な茶葉で緑茶を淹れ、すすりながら今日もヒュリアにもらった新聞を広げる。
先ほどザラにお母さん、と言われたが威厳と貫禄は完全にお父さんだ。もしくは両方のいいところ取りをしているとも言える。料理上手で家事はスペシャル。威厳たっぷりで今日の授業を見学していた教員と他の武術科講師にも素晴らしい、と言わしめたらしい。
安心して生徒たちを任せられる、とのことだったのだがシオン的にはまだまだ。これからどんどんハードにしていく予定でいるので泣き言をこんなところで吐かれても困る。
……約一名ちょいと怪しいのがいるが。
そのひとり、クィースは動いていないけど脳味噌がフル回転して疲れたからと言ってザラとおかずを取りあっている。みっともない、とシオンはもう、見るのもやめて新聞をめくる。すると、大きな、とてもとても大きな広告が一面丸々使って打ってあった。
謳い文句はこうだ。「屠勠者技能認定試験日決定! 参加屠勠者大募集中!!」だ。なんだ、屠勠者って。と思い、考えるのにシオンの動きが止まる。クィースに最後の一口を譲ったザラが不審に思ったのか、覗き込んで噴きだし、女に迷惑そうな目を向けられた。
「なにか、クルブルト。汚い」
「げほっ、ぶほっ、おま、それはやめろ」
「イミフ」
「屠勠者なんて進んでなる仕事じゃねえ!」
ザラの強烈な一言に今度は女の子たちが軽く噴きだして噎せる。けんけん、けほこほしながら女の子たちも涙目でザラが噴きだした理由を理解してシオンに「ダメ、絶対」とばかり頷いてやめさせようと、止めようとする。シオンはさらに深まってイミフ。
まだ「これやりたい」とも言っていないのにどうして猛反対されるのか、てかそこまで反対されると逆をいきたくなるのがシオンのアホな天邪鬼加減なのだが、まだ付き合いが浅いのでそこら辺がわかっていない。そんなに反対されると俄然興味が湧くのに。
まあ、「屠勠」などときて平和な業務を想像できる変人もいない。シオンもそれに漏れないので危ない仕事か? くらいに思っておく。で、一応詳細を訊ねることに。
「いかようなる仕事か?」
「んー、簡単によく言えば町のなんでも屋が適当かしら、ね? ただまあ、ザラは」
「乱暴。凶悪。奇人変人狂人祭」
「振り幅が広すぎてイミフ」
ヒュリアの平和な表現とザラのこれぞ悪、と主張せんばかりの言い草にシオンは困って首を傾げる。結局どういう仕事か、そこをザラは言っていないので余計にイミフ。
なので、シオンの振り幅狭めろにヒュリアが応える。ザラの険悪雰囲気に苦笑しながら事情を教えてくれたのだが、なんでもなかった。それは単純な仕事の都合での感想。
「ザラが言っているのは屠勠者の底辺にいるようなひとたちのこと。一種の悪例だから気にしすぎないでいいわ。とりあえず、イケナイお仕事ではないけど内容で危険が伴うわ」
「なんでもするから、か?」
「そう。愛玩の犬猫探しから〈魔の物〉狩りに犯罪者の追跡と逮捕や他いろいろな者やモノの護衛業務とか、ホント、多岐に渡っていろいろな仕事をしているわ。だから騎士隊とは折りあいが悪くて結構率でぶつかっちゃうのよ。でも、いい面もあるわ」
「ねえよ」
「黙れ、クルブルト。訊いていない」
「なっ、おま、俺は心配して」
「はいはい、ザラ。押しつけはダメだよ~」
「……。ふむ、騎士隊が王に私物化されているなら自由に動ける屠勠者は便利だな」
「そういうことね。騎士隊が動いてくれない案件はたいてい屠勠者に持っていかれるわ」
「で、解決されてむかつく、と」
「あ、あはは、ノーコメント」
それはもう肯定しているようなものだぞ。とは思ったがザラが本当に不機嫌そうなので指先でぶすっ、と突き刺しておく。いつまで膨れているか、というのをこめて。
「まともなやつもいるさ。でもな、まともな方が珍しいくらいの経歴者揃いだぞ? 闇社会に足踏み入れて死ぬやつだって珍しくないしな。もしそうなったらどうする?」
「……。要らん世話だ」
ちょっと、ちょこっとだけ耳が痛いのでシオンはそれだけ言ってザラを黙らせた。むしろ、だからその程度がどうした、だったりするので本当にどうでもいい。サイだった時、もうすでにシオンは闇につかっていた。つかりすぎて普通がわからなかった。
ココリエがいろいろと常識をいやがらない範囲で教えてくれたので今こうして同年代の男女と話が通わせられるが、それがなかったら、シオンの常識は闇の常識だけだ。
闇の只中で生きてきた。闇はシオンにとって背であり隣人で分身にも等しいモノ。
そんなふう、思う。自分自身ですらある闇を恐れる道理がないシオンは三人の思惑を外して怖がるどころか本格的に興味を抱きだす。それがシオンの瞳に揺れているので三人はどこで間違えた? と自分たちの言葉を振り返る。が、もう後の祭も同然だ。
シオンは新聞をたたんで早速でかけるのか朝の授業で着ていた服に汚れなどないか、点検していく。これは放っておいたら面倒事を引っ提げて帰ってきそうだ。
「お前、屠勠者たちの拠点知ってんのか?」
「いや、新聞にはなかった。なので地道に」
「……。教えてやる」
「あ?」
「教えてやるって言ってんだ。このまま放っておいたらなにするかわかんねえからな」
「なにをキレているか」
キレるわ、んなもん! と、言ってやれたらどれだけいいだろう。だが、シオンはもう朝飯を温めながら筋トレや持久力向上の鍛練リストを全員分つくって送信している。
授業で世話になっているのに、この上ひとりで勝手に面倒してくれ、とは言えないし、キレて当然も言えない。性質の悪いことに。いや、シオンがわざとやっていないのはわかっているけどね。まあ、だからこそ余計に性質が悪い、と感じてしまうのだ。
だったら面倒起こす前に潰そう、と思い、屠勠者の中でもまともそうなのがいるだろう場を教えてやるのにザラも食卓を立つ。すると、どうしたアレか女の子たちまで立った。
「デートって思われないようにね?」
「もしもし? アホですか?」
「そうだよ。知らなかったの?」
あっさりついてくる発言の女の子たちにげっそりしつつザラは案内の為、寮をでて屠勠者たちの活動拠点を目指す。……道中、シオンの「でーとってなんだ?」に困りながら。
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