六十六話――お喋りと幻と


「高等科の二学年に編入とのことですが、どうでしょう? 将来に夢などありますか?」


「別にない。ここのバカトリオに誘われてせっかくだから学校体験するかと思っただけ」


「ほう? このナシェンウィル国内最難関の学校への志望動機がほぼなし、ですか?」


「文句でも?」


「いいえ。変わっているな、と思って」


「変人結構」


 いや、おいこら。なんでもかんでも歪んで取るんじゃねえ。まあ、たしかにシェトゥマの訊き方に問題がなかったのか? と訊かれるとちょっと首を傾げざるをえないが。


 それでもシオンの曲解はかなり暗黒チックに歪んでいると思われる。なのに、シェトゥマは気にしない。欠片も気にせず機械の測定が終わるのを待つ間のお喋りをの方は楽しんでいる。ちょいと尋常じゃないというか、常識外れだな、このひと。


 そうこうと、クィースたちがいつシオンがキレてシェトゥマを殴るか戦々恐々としているのに彼の方はちょうど測定を終えた機械の下からべろん、と垂れた紙の舌を千切る。


 ざっと眺めてシオンに手を差しだしたのでシオンは面談書類の冊子を渡し、彼が記入してくれるのを待つ、わけもなく、堂々と覗き込みにいった。こっちも常識が通じない。


「これ、すごい数値ですね。本当にギリギリはかることができたくらいには。ツキミヤさん、今までに魔力濃度の異常を誰か医師にでも告げられたことはありませんか?」


 シェトゥマの言葉にシオンはひとつだけ頷いて答えた。言われてきたし、どこぞの王子には散々羨ましがられた。だが、そんなシオンでもシェトゥマが書き記していく魔力の属性比重はちょっと身に覚えがないくらい、戦国の医師たちが卒倒しそうな値だった。


 闇、八百七十五パーセント。雷、五百二十八パーセント。火、二百三十九パーセントが主となりその他も軽々と百を超えているが、先述の三つほどじゃない。シオンが自身の摩訶不思議さに首を捻っているとクィースが興味から覗きに来た。来てぽかーん。


「なにか」


「なにか、じゃないんですけどっちょ、あのシオンあなたいったい何者ってかなんな」


「気をつけて続きを言え」


「……。いえ、あのなんでもないデス」


 シオンに実は怪物の親戚筋ですか? と訊こうと思っていたクィースだが寸でのところで舌に待ったをかけ、なんとか事なきをえた。セーフ。と、思っているとザラたちも覗きに来てつい、うっかりに相違ないだろうがザラが叫んだ。シオンの耳元で。


「おま、化け物かよ!?」


「……。化け物はひとに仇なす」


「ぐぶっ!?」


 シオンの耳元だったのとうっかり思ったままが口を衝いてしまったのが原因でザラはシオンから強烈アッパーを喰らい、奇跡の浮遊アンドアーチを描いて保健室の寝台のひとつに頭から落下。んでー、反動で弾んで床に腰から落ちた。すごい音と共にちょい地震。


 保健室を震源地に揺れてクィースとヒュリアはシオンにしがみつく。シェトゥマも机の上に置いている水筒を取りあげて転倒を防いだ。誰もザラの心配はしない。ひどい。


 いや、身からでた錆、という言葉があるもそれがザラの錆かはちょいと不明。シオンの即罰法廷案もかなりひどいので、錆がでた、というより錆にさせられた、だろうか?


 ともかくひどいことに変わりはない。ザラは保健室の床でぶつけた腰と頭を庇って呻いている。可哀想だが一種の天罰、ということで女の子たちはスルーした。


 っつーか、そもそもが女の子相手に化け物か訊いてしまったのが悪いのだから。しょうがない処刑でした。はい、おしまい。てゆうか、先んじてクィースがやらかしそうだったのをシオンがそれとなく脅してなんでもない言わせていたのに……学習しろよ。


「あとは僕から一言、教頭に」


「勝手にすればいい」


「あははっ、貴重な反応をどうも」


「?」


「普通、気にしますよ? 保健医とはいえ学校の教員の意見を報せる、というのは」


「肝がちまい」


 シオンの発言にシェトゥマは爆笑。転げることこそないが笑いすぎて涙目になっているので相当ツボにはまった模様。うけすぎだ、とシオンは思ったが好きにさせた。


 もう構うのが面倒臭い。シオンの瞳に全部内心が書いてある。それを見てシェトゥマ保健医はさらにはまる。しばらくも笑っていた彼は最後引き笑いになっていたが、笑い終わってシオンへの自分なりの感想(?)をインデックスに書いて貼り、冊子を閉じた。


 閉ざされた冊子を見てシェトゥマはどこか懐かしむような瞳をしていた。そして唐突にシオンにとってのイミフを言ってきた。またか、とは思わなかった。だってそれは……。


「まるで、姫を見ているようです」


「? 王女ではなさそうだな」


「ええ。この国の王女殿下はずいぶんと我儘で高慢ちきに育っておいでですよ。あんなものこの国の民は姫、などと親愛をこめて呼びませんし、あの方への侮辱と取るでしょう」


「あの方、というのはノ」


「ああ、副司令のことでもないですね。それはね、騎士隊をつくり、鍛え、世界最強の武力部隊にまで叩きあげた女性、元騎士隊総司令官たるハリ・アマガツキ様のことです」


「……ひ、め……っ!?」


 不意に、シオンの頭に鋭い刺し込みのような痛みが襲う。珍しく声にもでている。


 そのことで女の子ふたりが心配そうにしたが、シオンは構ってあげられない。ひどい頭痛に気分が悪くなる。ここに鴉がくれた頓服がないことを恨みつつ、痛みが引くのを待つのだが、痛みは一向に引かず、ばかりか夢にしか見ない幻想をシオンに見せる。


 ――姫、こっちっすー!


 ――姫、早く来てくださいですの。


 ――やめぃえ。姫はご多忙の中お時間をわざわざ妾たちの為に捻出してくださ……。


 ――だーがー、姫がおらぬとこの奇人変人集団は締まらんにゃー……あいたっ。


 ――妾に意見するとは偉ぉなりおったの。


 ――にゃーん。暴力反対にゃーよー。


 ――己がむかつくのぢゃ。正当罰ぢゃえ。


 いや、どんな無茶苦茶を……。と、そう思ったと同時に夢は夢だったかのように消えていった。姫を呼ぶみなの顔も見えず、姫は声すらも聞こえなかった。だが、この時、このにシオンやヒサメも参加していたのはたしか。場所は、あそこだ。


 戦国でも散々夢幻に見たあの虹色の森。とても不自然なのに自然と在り、雄大で偉大なる者たちの住まう地。どうしてそこにシオンがいるのかシオンはわからない。


 ただ、ただただ異様に悲しいという感想を抱いた。それ以外にはなにもない。懐かしい筈なのにそう思えない。だって自分の記憶かどうか疑っているから。認めてしまってもいいがそれはどういうわけか危険なことのように思えたのでしない。できない。


 だってそれは何度も「ルゥリィエ」に念を押されていたことだったような気がする。


 外で、ここ以外でこのことも含めすべては他言無用。特にそう、に住むに知られてはならないからお外でうっかり零れることすらないように記憶の操作呪を受けた覚えがある。今までにない記憶の復活。操作呪とかが緩んでいるのか?


「シオン? だ、大丈夫?」


「もし、気分が悪いならまだ」


「……。いや、平気、だ」


「そう? 面談まで休んでも」


「すぎたる心配は鬱陶しいだけだぞ」


「でも、友達だし、心配するよっ」


「大丈夫だ。それとも信頼がないか」


 シオンの厳しい声にクィースは若干びびり気味だったが、もごもご聞き取れないくらい小さな声でちょっと喋って黙った。ヒュリアも、回復したザラも心配そうだった。


 が、一応本人が大丈夫だというので信じてくれることにした様子。シオンはシェトゥマから冊子をもらい、一礼してでていこうとした。それをシェトゥマが遮る。


「姫や副司令のことでご質問があればいつでも雑談に遊びに来てくださいね。なんだかいつだったか隊長がしていた悪戯を思いだしますから。僕も楽しくて、ね?」


「イミフ」


「僕、元騎士隊にいたんです。といっても後方支援の三番隊でしたので偉くないですが。まあとにかく騎士隊の昔話でしたらいくらでもお話しできますからぜひ、遊びに、ね?」


「……気が向いたら」


「はい。それで結構ですよ」


「失礼する」


「受かりますよう、武運を祈ります」


 戦かよ、とシオンが思ったのは仕方ない。あの戦国でも仲のよかった武将たち、王子と武運を祈り、送りあったが、ここでも来るとは思わなかった。故に準備がない。


 不意に思いだされたココリエのことにまた傷つく。彼とは本当によい仲を築いていたと思っている。なのに、最後は敵対し、最期には悪魔の血をかぶせてしまった。


 悪いこと、最悪な終わりを見せてしまった。トラウマになっていないといいが、と思いつつシオンは保健室をあとにしていく。これに彼女の友人を名乗っている三人も続き、保健室にはシェトゥマだけが残された。彼は複雑そうでも嬉しそうな顔をしている。


「どうしてでしょうね。こんなに懐かしいのも、楽しいのも久しぶりです、姫、副司令」


 一度、シェトゥマは姫と副司令官とかに呟き、自分は面談希望者のリストチェックと今日も行われているでの負傷者を待つのに待機の姿勢となっていった。


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