四十九話――複雑なる心。ドジのご愁傷様
サイに、悪魔に戻りたくない。でも、ココリエの隣へいくにはサイである必要がある。
シオンにその権利が与えられるとは限らないから。それを思うと心臓がギリギリ痛む。苦しい辛い痛いから誰か、答を持っている誰か、教えてください、とシオンは切に願う。
恋焦がれ、胸焼かれて苦しむからこそ誰とも知れぬ誰かに助けを求める。救いがない、と知りながらも……。救われるべきでない、救いなど相応しくないと知っている。
知っていて願い求めるのだから本当に救いようがないバカだ、とわかっている。誰に言われることもなく、知れたこと。だから、自虐的でも思い込んでおくしかない。
――ココリエは幸せになれる。たかがひとりでも彼を心から案じているのだから。それくらいの贅沢は許してほしい。それだけがもう、私にできる唯一のあがき……。
「次はどこへいく?」
しばらく、ひとつにしては長々と祈っていたシオンに三人は悲しくなる。先んじて紡いでいた発言も。そこほど心から祈願するほどの想いを抱えているのに、分不相応だと自らを切り捨てるシオンが可哀想でならない。
こんなにも無垢に、一途に、そのひとを想っているのに。三人が顔も名も知らないひとを、こんなにも……。シオンは貝殻に
なのに、シオンはアレほど長く祈っていたのが嘘のように次、向かいたい屋台がどこかあるかと三人に訊ねる。シオンの言葉がなおさら心を抉ってくる。「幸せになってはならない」などと女が言うことじゃない。女として以上にひととしても言ってはならない。
本当に幸福が去っていくから。というのとまわりにすら憐憫を抱かせるから。みだりにそんな自虐をかますべきではない。だが、シオンは心の底から自身の幸せは許されざるものだとしている。こうなってくるともはや憐憫もすぎて湧かなくなってくる。
ただただ、悲しい。
「――」
「む?」
不意に露店の老婆が呟く。が、よく聞こえなかった。シオンの地獄耳でも聞こえないほど小さく呟いた老婆は曲がった腰をぐっと伸ばしてシオンの頬にそっと触れた。カサカサで皺くちゃの、でも温かい手はシオンの頬を包むようにしてしばらく、老婆は呟く。
「あなたの想いが叶いますように」
「お気持ちだけ」
「いいえ。どうか、胸に強く深くそっと抱きしめて希望となさいませ。――」
「! 今なんと」
老婆の最後の囁き。それはナシェル語でも
「んがー……っ」
「……あ?」
「ふごー、ふひゅるるる……、んぐー」
「……」
もう、ね。ここまで堂々と狸寝入りかまされると腹立たしいのすら飛んでいく。椅子に腰かけて大鼾の高鼾な老婆。彼女はシオンの問いを許さないというか受けつける気がないのは明白。だったので、シオンは貝殻の代金、百二ルを台に置いて市に戻っていった。
ただまあ、シオンが「おのれ、あのイミフばばあ……っ」とかそんなことを思ったのは仕方がない。彼女はあまり平和とか平穏とは遠かったので。当然に文句が湧く。
むかっ腹が立ってしまうのです。けれど、これがハイザーだったらとうに文句というか暴言がぶっ放されている。それを思うと一般人へシオンなりに遠慮しているらしい。
「あ、これ!」
「? 臼がどうした?」
「へえ、これウスって言うんだぁ。これが四季休みの課題ででていてね。電子網でもでてこないから困っていたの。ねね、どうやって使うものでなにをなににするもの?」
言いつつ、クィースはさっさとその臼のミニチュア模型を購入している。ザラは他の模型、ヒュリアも別の模型をそれぞれ購入しているので、どうも個々人で別のお題が課題になっている臭い。……ま、そうしないと知っているひとの真似してしまうだろうしね。
レポートが全部同じなどということになったらなんの為の休み期間課題かわからない。
助けあいは結構だが、少しは自分で知恵を絞れ、という教員たちからの愛の鞭かも。
ザラは少し大きな青銅製の鐘楼模型。ヒュリアはいなり寿司の食玩を手にしている。三人共期待顔でシオンを見ている。シオンは手をひらひらして、勉強にはあとで付き合ってやる旨を伝えて出店のおばさんが商品を紹介しようとするのを遠慮して市の出口へ。
もう疲れた。人混み大嫌い。もう腹いっぱいご馳走様。彼女の背が正確にそう語っているので、三人も目的の品を手に入れたのでまあいっか、とシオンのあとを追っていった。
一番に追いついたクィースが隣を歩くシオンの横顔を見る。美貌は静かでなにを考えているのかわからない。悲しい発言はあったが、こうしていると普通の女の子に見える。
「足下注意」
「へ?」
唐突な忠告にクィースは反応が遅れた。ぐにゅ、となにか柔らかいような奇妙に弾力のあるものを踏んだ感触。恐る恐る見ると先ほどの犬んこを踏んでいた。……ご愁傷様。
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