三十二話――あれ、言ったっけ?


「ふわー、外は暑いねぇ」


 惨劇からおおよそ一時間。百貨店での買い物をすべて終えたあとシオンたちは大通りに戻ってきていた。クィースが言うように真夏日、という言葉がぴたりとあてはまるくらい外はからりと晴れていて熱気がむん、と立ち込めている。同時に血臭を感じる。


 太陽の熱に炙られてにおいが強まっているのか? でなければ、とうに死体も死骸も血痕も片づけられ、掃除された街路に血の臭気が残っていることなどとありえない。


 噎せ返る、ほどでないがこの悪臭は鼻に害だ。現在巡回中の騎士隊隊士たちも一緒なのか、なるべく鼻で呼吸しないようにしている。が、その隊士たちがいるお陰か、街路にひとの影が戻りつつあった。おっかなびっくり歩く者が多い中、シオンたちは堂々進む。


 大多数の者がシオンたちの態度に疑問を浮かべているようだが、つつく余裕はない様子でそそくさと去っていく。それに、シオンが放つ強者の雰囲気が一般人を寄せつけない。


 警備と巡回に歩いている者には見覚えがある。先ほどメナニスが連れていた者たちの中で特に淡い青の肩鎧をつけていた者たち。シオンが声などかけられないようにクィースたちを急かす。後ろで笑うザラにシオンは素朴な疑問を、あの隊士たちについて訊く。


「アレらは見習いかなにかか」


「いや。見習いは鎧なんてもらえない。スカーフか大判の布をもらって首に巻く感じだ」


「ふむ。己は髪留めも女物だが、スカーフか? もしくは実は髪だけ女装癖があるのか」


「失敬だな、お前。この髪留めは姉ちゃんのおさがりを無理矢理受け取らせられたんだ。誰が女装なん……アレ? 俺、俺が騎士隊の関係者だとかお前に言ったっけか?」


「トックロードの態度で充分知れる。隠すならもっときちんとしろ。詰めが甘すぎる」


「ぎ、ぅ……」


 なにか、ザラが奇妙な声をあげて渋い顔をする。ただ、メナニスの態度は決定打にすぎない。それ以前にあの警報のような連絡の声からして軍属者だと普通にわかる。


 ザラには気の毒だが、シオンの前で隠し事などそうそうできはしないのだ。誰もみな。


 ハイザーもシオンに隠し事はしなかった。隠していたことによって起こる不利益を嫌っているのがもっとも有力説だが、以上にシオンにあまり嫌疑をかけられるのは賢くないという判断だ。もしも、裏切りと見なされれば、有史以降最強の殺人者の魔手にかかる。


 そこら辺のことについてハイザーは非常に用心深くシオンを扱ってきた。だからシオンも自らに不備がなければハイザーが自分を政府に売らないとわかっていたので付き合ってきた。例え、非常にむかつく依頼や頼まれ事であろうとも、報酬がいいのも手伝って。


 シオンには隠し事など無意味。以上にバレた時彼女に不利益が起こればただでは済まないというのが大きい。戦国へ渡らされる直前の仕事で始末したあの男のように。悪魔殺害などという悪意を隠して近づこうなどと愚の骨頂。んなもの前情報で知れていた。


 知っていてあの組織からの仕事を受けてやった自分は少し意地が悪いのかもな。


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