第23話 不思議な鉄板と餃子パーティー

 二本の包丁が小気味良くまな板を叩く音が響くと、子供たちの歓声が上がる。瞬時に細かく刻まれる大量のキャベツ。そして、五キロはあった豚の塊肉があっという間に挽肉ミンチとなっていく様子は、まさにプロの技。目の前で行われる、大胆かつ洗練された無駄の無い動き。孤児院で生活を送っている子供たちにとっては、ある種のショーのようなもの。腹を空かせた育ち盛りの子供たちの期待を受け、デュランも意図せず料理の手に気合いが入っていた。

 

 今日は天気が良く、気温も穏やかで非常に過ごし易い。もう一時間もすれば、星が良く見えるだろう。ウェンディの計らいでテーブルや椅子を表へ出し、外で食事を取ることになった。所謂、餃子パーティーと言うやつだ。


「デュラン、こっちは出来たよ!」


 餃子の皮作りを担当していたウィリアムから声が掛かる。


「よぉーし、手ェ洗った奴から並べ!」


 大きなボウルに入った餃子の餡。そして丸く成形された、たくさんの餃子の皮が子供たちの前に用意された。


「餡をスプーンですくったらこんな感じで皮で包め。欲張ってたんまり入れるなよ。皮からはみ出したり焼いてる途中で破れ易くなるからな。逆に餡は少なすぎてもスカスカで美味くねぇから加減を見極めろ。餡の量や包み方がわからねぇやつは遠慮せず聞け」


 デュランの実演の後に子供たちは皆一斉に餃子を包む。たくさんの笑い声と笑顔に混じり、周りの見様見真似でアイラも小さな手で餃子を包んでいくも、大きさも形もバラバラな歪なものばかり。しかし、それも含めて大人数での餃子作りの醍醐味である。


「ヘタクソ、こうやるんだよ」


 そうぶっきらぼうに言い放ち、アイラの隣にやって来たのは同年代位の男の子。その子は、アイラの隣で器用に餃子を包んで見せた。


「一緒にやるか? 教えてやるよ」


「うん……ありがとう」


 アイラと並んで仲良く餃子を包む様子を微笑ましく眺めるウィリアム。その手には、既にワインの注がれたグラスを傾けていた。


「見てよデュランあの二人を。甘酸っぱく、未熟な恋の味……まるでこのワインのようじゃない」


 セントライミ教会で作られた、まだ若い赤ワイン。フルーティーな酸味と香り。そして発酵熟成が進んでいないため、程よい甘さはまるでシェリー酒のよう。食前酒アペリティフとして申し分ない味わいだった。


「あぁ? 酔ってやがるのかテメェ。俺に絡んでる暇があったら、あのガキに絡んでこい。悪い虫はサッサと駆除するに限る――って、痛え!!」


 突如響いた地響きと衝撃音。そして、デュランの爪先に走った鈍く激しい痛み。巨大な鉄の板がデュランの右足の上に落とされた。


「子供相手にヤキモチ妬いてる暇があるんなら、早いとこ餃子を焼きなみっともない。つーか、あんた今日こそソレ持って帰んなよ。重い上に馬鹿デカいから場所取って仕方ないんだよ」


 ウェンディが大勢の子供たちと共に運んできてデュランの爪先に落としたもの。それは、以前デュランがここで大量の餃子を焼いた際に使用したもので、デュランはこれをホットプレート、または鉄板と呼んでいる。


 正確な重さはデュランも測ったことがないので不明であるが、大人が四人がかりでやっと持ち上げられるほどの重量がある。それを足に落とされたのだから、如何な頑丈なデュランとてその痛みは叫ばずにはいられないほどであった。


 デュランがまだお尋ね者となる前。中東付近を旅していた時、とある市場の店でこの鉄板と出会った。


 それは軍用品を取り扱う店で、中東軍の横流し品以外にも他国の軍隊から鹵獲ろかくした装備や備品も数多く扱っていた。その店先に立て掛けられていたのが、この鉄板だった。


 店主曰く、この辺りのとある遺跡から出土した大昔の軍用調理器具とのことだっだが、一見するとそれはとても巨大な剣のようにも見えた。しかし、刃こぼれがひどく何より人が扱うには大きすぎる。刃だけでデュランの頭より少し高いので、二メートル以上は間違い無くあった。人間相手に扱う物でも無ければ、並の人間が扱えるような物でもない。確かに武器だと説明されるよりは、業務用の鉄板と説明された方が素直に肯けるような代物だったことを今でもハッキリと覚えている。


 更に店主が言うには、この剣を火の上に乗せると刃の表面に刻まれている文字が浮かび上がるらしいのだが、解読は不可能。ただ、文字の雰囲気から察するにアイスランド語に近しい文体であることから、古の北欧の軍隊が遠征時に中東へ持ち込んだ物ではないかと言う。


 デカくて店の中では嵩張るし重すぎるから誰も買わない。三千ディナールで購入しないかと店主から勧められたと言う。しかしデュランは高過ぎると言い、これを片手で持ち上げられたら半額にしろと値切った。結果見事この鉄板を千五百ディナールで手に入れたのだった。

 

 これを買って良かったと思えたことは幾つかあった。まず、幅が広いので一度に大量の食材が加熱出来るということ。そして、戦場においてはその刃の広さと厚さは銃弾から身を守る盾として使えた。また、剣として斬れはしないが鈍器として叩きつける事もできる。デュランにとってこの鉄板は〝武器としても使える調理器〟として購入して数年間はそこそこ重宝していた。


 しかし、小競り合いや喧嘩以上の戦闘から一線を退いた今となってはただの粗大ゴミ。ここで餃子を振る舞った際に邪魔だったのでわざと置いて来たのだが、どうやら再び持って帰らなければならなくなりそうだ。


 痛みが残る足を庇いながら憂鬱な気持ちを抱えてクソ重たい鉄板を持ち上げ、適当に重ねたレンガで作ったかまどの上に置く。オイルライターで乾草に火をつけ、鉄板の下に放り込むと、みるみるうちに鉄板はその刀身に赤みを帯びていく。


 ほんの僅かな火種でも。それこそ、デュランが普段吸っている煙草の火でさえもこの鉄板を完全に熱することが出来るのだ。熱伝導率が高いとかもはやそういう次元ではない。それはまるで、鉄板そのものが自ら熱を放っているかのよう。デュランがこれをホットプレートとも呼んでいる所以でもある。


「あれ? これって……」


 真っ赤に熱された鉄板に油を塗布しようとしたその時、デュランの横からアシュリーが鉄板を覗き込む。刀身には、いつものように文字が浮かび上がっていた。


「その辛気くせぇ文字がどうかしたか?」


「これ、ルーン文字だよ。デュランも聖騎士団にいたんだから習ったでしょ」


「いや知らん。座学は全く出席しなかったからな。読めるのか?」


「うん、多分。ちょっと待ってね。えーと、ふむふむ……」


 アシュリー曰く、要約するとこのような文になるという。


〝ある程度火力の制御が出来る様になった時には、こんなに分厚くなっちゃった。これじゃあ、もう兵糧用のグリル板にしか使えないね。あはは〟


「やっぱりホットプレートじゃねぇか!」


「そんなフランクなノリで書いてあるのそれ!?」


「書いてある書いてある。最後の「あはは」までしっかり書いてあるよ。多分これ落書きの一種だと思うよ。これ作った人も最後は投げやりだったみたいね」


 長らく謎に満ちていた鉄板の文字は、至極どうでも良い内容だった。デュランは「うぜぇ」と一言悪態をついて鉄板に油を塗布。子供たちが自分たちで包んだ大量の餃子を次々と焼き上げていく。鉄板の端には鍋を置き、アシュリー用の海老餃子を茹でている。


 美味しい餃子と子供たちの楽しげな声を肴にウェンディの持ってきたワインのボトルを大人たちは次々と開けていく。セントライミ教会はクリスマス以来の賑やかな夜を迎えていた。

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