第16話 楊 美鳳という女

 この美女こそ、エデンの実質的な支配者にして特Aクラスの極悪人の一人。虎皇会東欧支部のボス、楊 美鳳ヤン メイファン。上海虎皇会の大頭目、楊 王虎ヤン ワンフーの孫娘である。


「それで、ジェイルタウンのオオカミさんがこの私に一体何の御用かしら?」


「実は、こいつのことなんだが」


「あらまあ! なになに、その可愛い生き物は。もしかして、隠し子?」


 デスクから身を乗り出し、デュランの隣にいるアイラを興味津々といった様子で見つめるメイファンはアイラに「こっちへいらっしゃい」と手招きをした。従うべきかどうかデュランとメイファンの顔を交互に見比べるアイラに、デュランはぽんと軽く背中を押してやった。


「ちげーよ。色々あってしばらくうちで面倒見ることになったんだよ」


「やーん! まるでお人形さんみたい。ほら見て。ほっぺもこんなにプニプニ。このお肌が水をバシバシはじくかと思うと、羨ましさを通り越して憎くすらあるわ」


 メイファンはデュランのことなどそっちのけで膝の上に座ったアイラの頬をひたすら指で弄ぶ。メイファンの右腕であるジェイクが咳払い一つすると、彼女はやや不機嫌そうに。そして心底面倒くさそうにデュランへ向き直った。


「わかったわよ。ちゃんと聞いてあげる。ただし、この子と遊びながらだけどね」


「ああ。是非そうしてくれ。じゃなきゃ、わざわざそいつ抱えたまま銃弾を掻い潜ってここまで来た意味がねぇ。それに、今回の経緯に関してはあんたらにも関係ありそうな話だからな」


 デュランは昨日の出来事を話した。


「ふぅん。なるほどねぇ。最近この辺りでナポリ野郎が妙な動きをしてるとは聞いていたけど、こんな小さな子供を売り物にしていたなんてねぇ。カモッラってナンパとゴミ拾いだけしか能がない連中とばっかり思ってたわ」


 ボスのジョークに構成員たちは声をあげて笑った。彼らは皆、カモッラ——つまり、イタリアンマフィアの連中など取るに足らない相手と思っているようだ。


「話はわかったわ。こちらもシマでウロチョロしていた外来種にはうんざりしていたとこだしね。調べたいことがあったから今まで黙って泳がせていたけど、気が変ったわ。きっちり掃除しておくわ」


 普段、開いているかどうかわからないほど細いメイファンの目がギラリと開かれた。恐いもの知らずのデュランでさえ背筋がゾッとするほどの殺気。女と言えど、そこはやはり楊家の血を受け継ぐものである。


「い、いや、俺の頼み事ってのはイタ公のことじゃねぇんだよ」


「ならなによ。勿体ぶってないでさっさと言いなさいな」


「実は今からそいつの服を買いに行くとこだったんだが、どうにも女ものの服ってのは勝手がわからねえ。どの店がいいのかどんなものがいいのか。女のお前ならそこら辺はまだ俺やウィルよりも詳しいと思ってよ」


 僅かな沈黙が殺伐としていた室内に包んだ。


「……間違ってたらごめんなさいね。つまりこういうことかしら? この私に子供用の服を見立てろと?」


「他にどんな意味があるっつーんだよ」


 再び訪れた沈黙。それを破ったのはメイファンの笑い声だった。


「ぷっ……あははははっ! あなたってやっぱり最高だわぁ。そんなことの為にわざわざここへ正面から堂々と乗り込んで来ただなんて。あー、お腹痛い!」


 ひとしきり笑い転げたメイファンは笑いすぎて流した目尻の涙を拭い、部下に車を回させるよう指示を出す。


我懂了わかったわ、この私がアイラちゃんをどこに出しても恥ずかしくない淑女に仕立ててあげる。この街のブティックは全部貸切りよ!」


「悪いが、その前に事情聴取が先だ」


 第三者の言葉が聞こえた直接、部屋の扉が一瞬でバラバラに切断された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る