「オトギバラシ」_「オワリバラシ」

※この幕間にはエモクロアTRPG「オトギバラシ」の重大なネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。





かちかちと、ミステリー研究会の部室に、スマホから流れるフリック音がこだましていた。ちょうど、珍しく誰もいない。あの妙にテンションの高い八雲部長も、静かにミステリを読む双葉くんも。

放課後の誰もいない部室に、静謐な時間がゆっくりと流れている。ボクはこの時間が気に入っていた。


「あなた、何を書いているのよ」


……そうだった。腹立たしいことにもう静謐という名前の時間は訪れることがないということを忘れていた。


「……勝手に出てこないでほしいのだが、アリス」


そうスマホに声をかける。傍から見れば一人でぶつくさ喋っている変人に見えるだろうが、“事実は小説よりも奇なり”というべきだろうか。スマホの中にいる「人物」と会話をしているのだから、世の中何が起こるかわかったものじゃない。


「ちょっとぐらいいいじゃない」

「最近はスマホを触ってなくても勝手に『CS』を起動して話し始めるじゃないか。困るんだけど」

「なによ。私だって暇してるんだから付き合いなさいよ。というか、ただでさえ一人増えてこっちも大変なんだから」


ディスプレイに表示されたアリスの後ろには、ジト目でこちらを見つめる竹取輝夜……いや、今は“カグヤ”といった方がいいのだろうか? ともかく、不満げな様子の彼女がこちらを見ていた。


「……カグヤ先輩、なにか?」

「……なにも」

「その表情で『……なにも』とか言われてもその……説得力に欠けるのですが」

「うるっさいわね! 普通に考えて不機嫌なだけにきまってるでしょ!? ばーか!!」

「何故ボクが怒られるのだろうか……」


理不尽だ。そう呟きながら再びディスプレイに視線を落とす。

先の騒動の結果、アリスの目論見通り『CS』の内部に竹取輝夜……いや、正しくは“オトギバラシ”を封じ込めることに成功した……のだが。アリスからしてみれば所謂「同居」状態らしく、非常に居心地が悪いらしい。封印に成功したその日、精神的にも肉体的にも疲労困憊しながら家路についたとき、アリスの口から滾々と愚痴を受けたのだ。愚痴を言いたいのはこちらの方である。


「兎も角、私はこのカグヤのせいで鬱屈とした気分なのよ、わかる?」

「わかる? とか言われても……知らないが。どうしようもないわけだし」

「はぁ~~~ほんとにつっかえないわねぇ」


ここ最近はこんな調子でアリスが話しかけてくるのだ。おそらく暇を持て余しているうえに、隣に元・宿敵であった“オトギバラシ”ことカグヤがいるのが原因なのだろう。もともとアリスが“オトギビト”であったことを考えるなら、もしかしたら徐々に本来の性格を取り戻しているだけなのかもしれないが。


「で、さっき書いてたもの見せなさいよ」

「あっ」


突然、画面が固まるようにして強制的に『CS』のアプリが立ち上がる。


「おい、ちょっと待ってくれ。ボクは何も操作してないんだけど……もしかして」

「えぇそうよ。私が操作してるの」


あっけらかんとした様子でアリスはそう呟いた。勘弁してほしい。


「……どうしてキミがスマホを操作できるんだ」


恐る恐るといった様子で聴いてみれば、竹取輝夜を『CS』に封印……つまるところ“取り込んだ”ことによって一通りのスマホ操作方法を学習したそうだ。もしかしてだが、他にも余計な能力を取り込んでいるんじゃないだろうか。気が気ではないのだが、少なくとも『今は』悪用するつもりはないらしい。ただしボク以外の人間に、だが。


「ふふん、私たちに見られることを恐れてメモ帳に書いていたようだけど、詰めが甘いわね探偵さん? テキストをコピーして『CS』内に取り込めば、私たちが勝手に共有することができるんだから」

「何をしれっと恐ろしいことをしてるんだキミは!?」

「今の私に、貴方の端末上で不可能なことはないわ。クレジットカードの情報も抜きとれるし、如何わしいサイトなんて覗いたら『CS』を通じて一発で皆に拡散できるんだから」

「恐ろしすぎる……」


もしかしたらボクはとんでもない物をスマホの中に封じ込めてしまったのかもしれない。SIMカードを抜いてスマホをどこかに埋めようか……


そんなことを考えていると、部室の扉が静かに開く。そこには双葉杏が立っていた。


「あ、江戸川君。やっぱり部室に来てたんだ」


双葉は部室の定位置に鞄を置き、なにやらもめている様子のボクのスマホを覗き見る。


「あー、またアリスちゃんたちと話してたんでしょ?」

「いやボクの方から話しかけたわけではなくて……」

「私みたいな美少女がいたら、話しかけたくもなるのもわかるわ」


全く人の話を聞いていない様子のアリスは、上機嫌でそうつぶやく。双葉は完全にからかいモードに移行しているのか、にまにまと笑いながらボクとアリスを交互に見て、画面の奥にむすっと座っているカグヤ先輩に挨拶をしていた。


「相変わらずにぎやかなスマホだね、楽しそうだなぁ」

「ボクは今そのスマホの中の怪物たちに困っているんだが……というかドロシーとはどうなんだ?」

「あっ、なになに江戸川君ドロシーのことも気になるの?」

「断じて違う」


そういうと、双葉はくすくす笑いながら自身のスマホの画面を見せてくれる。そこには「名探偵コナン」を熟読中のドロシーが映し出されていた。


『……あ、こんにちは。江戸川コナン』

「ボクの名前は江戸川真理だ。その間違えは二度とするんじゃない」

『ごめんなさい。江戸川蘭』

「勝手に結婚させるんじゃない。仮に結婚しているとしても工藤蘭だしボクは男だ」

『……アガサ────』

「────博士じゃないし、もはや江戸川ですらないのだが!?」

『ちゃんと名探偵コナンを読んでるのね。えらい』


そういい、ドロシーは再び「名探偵コナン」を読み始める。画面にはどういう訳か、読んだと思わしきマンガが散らばっている。一体どんなグラフィックエンジンを搭載したらこんなことができるんだ。


「ふふ……どうもね、スマホの中にインストールしたアプリとかは、ちゃんと使いかたを教えてあげれば自由に使えるみたいなの。だからマンガアプリの使いかたを教えてあげたの」

「なるほど、だからこんなにも「名探偵コナン」ネタを振ってきたのか……」

「名探偵コナンについて語れる子がもう一人増えて嬉しい!」


双葉はどうやら本気で嬉しがっているようだ。どうもドロシーとは良好な関係性を結ぶことに成功したらしい。“ワスレモノ”の断片が元となっているだけあってか、ドロシーは案外人の心の機微に敏いようだ。それに比べて……


「へーえ? 端末に入ってるアプリなら私たちも使えるのね?」


ボクのスマホから、悪魔のような声が聞こえた。


「アプリを落とすつもりはないぞ」

「ちょっとぐらい良いじゃない! ストアから落とすのに顔認証とボタンのダブルクリックが必要なんて聞いてないわよ!」


初めてスマホの多重セキュリティに感謝した。


「そもそも、貴方のスマホ全然アプリ入ってないのよ! ほとんどデフォルト状態でしょうこれ」

「ボクは必要なアプリしか落とさない主義なんだ。そしてこれまで必要だったアプリはない」

「つまらないわ! カグヤ、貴方もなにか言ったらどうなの?」

「……私もいい加減暇だからインスタとTik Tok落として」


さらに横やりを入れてきたのは、今まで画面の後ろで仏頂面を決め込んでいたカグヤ先輩だ。こうなるともう誰も止められない。


「厭というのなら、さっきあなたが書いていたテキストを音読するわ、今ここで!」


と、アリスはとんでもないことを言い始める。


「わっ、ちょっと待てアリス!」

「おぉ、江戸川君が珍しく動揺してる。なになに、何かいてたの?」


さらに双葉までもが乗ってきた。


「じゃあ音読するわね、えーとなになに……貴方、これ……」


ノリノリで音読を開始しようとしたアリスだったが、その声のトーンは急激に落ちていく。どうやらボクがメモ帳に書き記した文章を読んだのだろう。


「あらアリス、どうしたの?」


双葉が画面をのぞけば、ちょうどそこには『CS』の日記の下書き画面が開かれている。そこには、“織畑 鶴乃”と“御伽 雀”についてまとめたことが表示されていた。彼女たちから依頼されたこと、この3日間で起きた出来事や、その顛末。覚えている範囲で可能な限りのことを、表現できる言葉の限りに書き記したものだ。


「……見ての通り、織畑くんと雀先輩についてまとめたことだよ」

「ごめん、江戸川君……」

「いや、別に謝るようなことじゃない。ただ、あの日にあったことを忘れないように、記録に起こしていただけだからね」



「……ふふ。なによ、結局あんたたちも死者に縛られてるじゃない?」


微妙な沈黙を破ったのは、カグヤ先輩の声だ。


「だからあの時言ったのに。私の言ったとおりにしてれば、今も織畑ちゃんとは一緒にいれたのよ? 一緒に下校して、帰り道に寄り道したり、一緒に部活でバカやってさ、それでよかったじゃない」

「……確かに、そうだったかもしれませんね。竹取先輩」

「そう思うなら、今すぐ私を解放しなさいよ。時間はかかるでしょうけど、あなたの望む世界にだって私ならしてあげられるわよ?」

「カグヤ、あなた……」


妖艶な笑みを浮かべる竹取先輩を、アリスはにらみつける。ボクはアリスに大丈夫だと伝えながら言葉をつづける。


「竹取先輩の提案はとても魅力的ですが、一度お断りしています。実際に、死者と生者が一緒にいる世界が実現できたとしたら、ずっと大切な人と一緒にいられる。自分の居場所はなくならないまま、夢と現の境界で永遠を繰り返す……それは、ある種の理想郷といってもいいのかもしれません」

「だったら……」

「でも、もしそんな世界が実現したとしたら。きっと誰も、今いる居場所から抜け出せなくなる。そんな世界になると思うんです。もしそんな世界になったとして、“最初からどこにも居場所がない人”は、どこに行けばいいのでしょうか」


きっと、その世界は天国と地獄が重なってしまうようなものだろう。はじめから幸せな夢を見る人はずっと幸せな夢を見続けるだろう。だが、辛く苦しい夢を見続けてきた人もまた、等しく永久にその夢をみさせられ続ける。


「ちゃんと悲しんで……別れを言って。くじけそうになりながらも、まだ見ぬ未来に進もうとするからこそ、新しい出会いが生まれて、新しい居場所ができるんだと……ボクはそう思います」

「……居場所を、ね」


ぽつりと、竹取先輩はそう呟いた。

きっとボクの言ってることは正しいわけではないのだろうけど。夢と現の狭間で永遠を繰り返すのも、きっと正しくないのだろう。


「へへ……江戸川君もそんな台詞言えるんだね。驚いちゃった」

「……できれば忘れてほしい双葉くん」

「ううん。でも私もね、昔に大切な人を亡くしてるから……」


その言葉で、彼女の母親がすでに故人であることを思い出す。


「……すまない。とても無責任で無遠慮な発言だった」

「えっ、いやそうじゃなくて! そんなこと思ってただなんて意外っていうかなんていうか!」

「……ボクは、知識ばかりで実際の経験には乏しい。だから沢山の人の反感を買ったり、小生意気なと思われたり……今まではそれでもよかったんだが」

「今までは……? じゃあ今は?」


そう、不思議そうな顔で質問する双葉を見て、うつむく。

ふと湧いた感情。しかし、これを口にするのはどうにも憚られる気がしてならない。



「……は、はじめて、そう思われたくないと思ってしまった」



恐る恐る、ゆっくりと顔をあげる。こんなにも双葉の顔を見るのが怖いと思ったことはない。顔を上げた一瞬、双葉と目が合うが、すぐに目線を逸らされてしまった。


「あ、あぁ……そうだよな。すまない、ボクにできることならできる限りで謝らせてほし────あの双葉くん、どうして目線を合わせてくれないのか? そんなにも怒らせてしまったのならボクは」

「ちょ、ちょっと待って! 今はちょっとだけでいいから待ってってば!」


がたと双葉が立ち上がり、狭い部室の中を歩き回る。ボクも慌てて立ち上がり彼女を追いかけるが、どういう訳か顔を見せてはくれない。……よほどの怒りを買ってしまったのかもしれない。


「こっ……」


今だ顔を見せてくれない双葉が、壁の方を向きながら奇妙な声を上げる。


「こ……?」

「名探偵コナンの映画! えっ……映画のチケットで手を打ちましょう江戸川君!!」

「え、映画のチケット……? それは構わないが、それだけでいいのか……?」

「それだけ!? ま、まだ何か言ってもいいの……?」

「それは勿論、ボクはそれだけのことを言って双葉くんを傷つけてしまったわけだし……」


どたばたと、二人の掛け声が部室に響く。ぎゃいぎゃいとした声が収まりをつけ始めたころ、ボクのスマホからカグヤ先輩の声が聞こえる。


「はぁ~~~~……なによあんた、あんなこと言っといて結局持つ側かっての!」

「は……? カグヤ先輩、一体何を」

「あぁっ、もういいわ白けちゃった。もう好きにしなさいよあんた達……」


ディスプレイに映し出されたカグヤ先輩は、いつにもまして不機嫌そうだったが、先ほどまで感じていた険はどこか薄らいでいるようにも見える。


「どうせ今の私には、ここぐらいしか居場所がないわけだし? インスタとTik Tokで手を打ってあげるって言ってんの。感謝しなさいよね!」

「あとこのゲーム関連のアプリもいくつかいれなさい。遊んでみたいわ」

「む……? どうしてアプリを入れる流れになったのだろうか……」


結局のところ、この後ボクはカグヤ先輩の言ったインスタとTik Tokをインストールし、アリスが遊びたいといったアプリのいくつかを、条件付きでインストールしたのだった。



その後、カグヤ先輩が勝手に作ったインスタアカウントが絶大な影響力を持つアカウントになったのは、別のお話。


Fin

────────────

登場人物:江戸川 真理

     双葉 杏

     アリス

     ドロシー

     竹取 輝夜(カグヤ)


あとがき

物語が終わった後に、「あのあと、登場人物たちってどうなったんだろ……」と気になって夜も眠れない。そんなことがありますよね? それは怪異、オワリバナシのせいです。なので急遽怪異を狩り取って、終わり晴らしオワリバラシになってきました。はい。


「オトギバラシ」話が良すぎるんだよな~~~、あの後どうなったのよとか妄想を膨らませ幕間を書いていたら朝になりました。これは怪異のせいです。唐突に巻き込んでしまった双葉ちゃんには大変申し訳ありませんが、天然江戸川君の餌食になってもらいました。普段からからかわれているので意趣返し的なあれだと思います。多分本人は何も気が付いていません。でもこの後結局、相当な逆襲をされるんだと思います。

こう、オトギバラシを最後まで遊んで、キャラクターの設定とか読んだり考察したりして思ったのが「竹取先輩、救われないな……」というところ。救われないも何も黒幕で敵役なので仕方ないのですが、異なる世界から来た迷い子が、自分の居場所を求めた結果怪異になってしまった。と考えると切ないなって……。我儘な子どもが泣いているようなイメージだったのが、一人で寂しくて泣いていた。っていう風に見え方が変わってきてしまって……。

今回、江戸川は竹取先輩のかつての記憶を悪夢という形で見ていますが、居場所を求めた哀れな怪異は、Bエンドをたどることで最終的にはPC達の手元に“居場所”を得るわけですね。Aエンドをたどった場合は、ある種彼女の求めた混沌とした世界が出来上がるわけですが、結局その世界にも居場所はなかったんじゃないかと思ったわけです。だって、その世界は皆大切な人と離れることがないわけですから、そこに付け入るすきも何もないと思うのです。居場所がない存在は、結局居場所がないままでは? というのを幕間で説いてみたわけです。

と、非常にそれっぽいことを言いましたが、実際は騒動が終わった後の、人間たちと怪異たちの少しだけ交わった世界というのが書いてみたかっただけでした。ワスレモノも言ってたしね、「ヒトと怪異が共存できないとは言わない」って。

もし解釈と違うんですけど!!という方がいらっしゃれば、ワスレモノに頼んで記憶を喰らっていただくようお願いいたします!

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