第6話 呪われた辺境伯
「は? お父様、今なんとおっしゃいましたか?」
侯爵家の当主である父と対峙したグリーゼルは、真っ青に青ざめた顔で問い返した。
「此度のこと王族からの温情で、辺境伯へ仕えるように推薦があった」
「温情? 辺境伯といえば、魔力を暴走させて周りの者に何人もケガをさせているという噂のお方ではありませんか…? それに嫁ぐのではなく、仕えるって侍女!?」
「それでも身分のある方だ。侍女として仕えるのも栄誉なことであるし、箔がつく。王子に妻に相応しくないと公表されてしまったのに、すぐに嫁がせることもできぬ」
お父様も頭を抱えている。
「……何より王族からの温情を断るわけにもいかんのだ」
温情という名の押し付けでは?という言葉を、なんとか飲み込んで、私は辺境伯について記憶を探る。
使用人が次々と辞めていっているという身分の高い辺境伯に、侯爵令嬢で王子との婚約を破棄された私はちょうどよかったんだろう。
絶望が顔に浮かぶのを必死で隠して耐えたが、お父様から断ることができないと言われれば従うしかない。
小さく「はい」と返事をして、自室へと戻ることにした。
貴族の令嬢がより高位の家で侍女として働くことはよくある。
花嫁修行のような場合もあるし、そのまま侍従頭にまでなれば、立派なキャリアウーマンである。
嫁げないレッテルを貼られたから、キャリアウーマンとしての道を切り拓けという温情だろうか?
何やらお父様に「決して失礼のないように」とか「辺境伯は爵位としては侯爵位より下だが、王族に影響もあるお方だから、爵位が上だと思ってお仕えしなさい」とかいろいろ言われたが……半分聞き流して、落ち込んだまま立ち直れず辺境伯の城まで行くことになった。
*****
そこは決して華美な城ではなく、堅牢な要塞のような城だった。
それもその筈、隣国からこの国を守るために存在する城だからだ。
高く聳え立つ物々しい雰囲気に思わず恐怖が増す。
裏口から「今日から侍女としてお世話になります」と挨拶すると、トールキンと名乗る白髪の執事に案内されることになった。
「まずはこの城の城主であるレオポルド様にご挨拶していただきます。ただし絶対にレオポルド様に近づいてはいけません」
この城の城主、辺境伯であるレオポルド様。
亡くなった伯父からまだ十六歳の若さでこの城を受け継いだ秀才だと聞いたことがある。
しかしそれと同時に魔力暴走の噂も出て、使用人にケガ人も出たという噂だ。
近づくなというのはそういうことだろう。
案内される間に合う使用人も、この広い城内を管理するにしてはとても少ない。
しかもすれ違う使用人たちは、どこかに傷がある人が少なくない。
私を案内してくれているトールキンにも、目の上に歴戦の勇者のような斜めの切り傷がある。
他にも頬を縦に切り裂いたような傷のあるコック、袖の隙間から手の甲に傷が見える侍女までいるので、戦場で負った傷とは考えにくい。
私の恐怖が頂点に達しようとしていた時、ついに目的地にたどり着いてしまった。
白髪の執事が大きく聳え立つような扉を、コンコンッと軽く叩いて主人を呼ぶ。
「本日からお仕えします侍女を連れて参りました」
「入れ」
短く許可され扉を開けると、領主の執務室とは思えないほど簡素な部屋だった。
棚はほとんどなく、執務を行うデスクがあるのと、来客用の二人がけの椅子は部屋の隅に片付けてある。
壁紙には所々破れた跡がある。
ちょうど今立ち上がってデスクの前に出てきたであろう人物に既視感を覚え、思わず目を見開く。あの王立図書館で会った銀髪の青年だ。
「こちらが新しい侍女でございます」
トールキンが丁寧に手のひらを私に向けて、銀髪の彼に私を紹介してくれる。
紹介されたので、挨拶しないわけにはいかない。
「初めまして。わたくしグリーゼル・ツッカーベルクと申します。本日より侍女としてお世話になります」
いつもの癖でスカートをつまんで貴族令嬢らしい礼をする。
二度目であっても名乗っていなければ初めてとして挨拶するのが、貴族の礼儀である。
「……君はあの時の」
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