215.取り戻した笑顔と自信


 ――イストたちがギルド・アリャガで働いている頃。


「こっちの皿も頼むよ!」

「はい!」


 厨房詰めの職員から洗い物を預かり、元気よく返事をする少年の姿。

 エルピーダ孤児院のグロッザである。

 髪の毛が落ちないよう巻いた布をしっかりと締め直し、グロッザは洗い場に立つ。


 ――ここはウィガールースの一角にあるギルド・カダウ。ギルドとしては中規模の大きさだ。


 面倒見の良いギルドマスターがいるためか、ギルド職員や所属冒険者をまるで家族のように扱っている。できるだけ寝食を共にするのがモットー。

 ゆえに、食事時ともなると食堂と厨房は一種の戦場と化す。

 グロッザはこのギルド・カダウで、厨房詰めとして働いていた。


 大量の洗い物を、手際よく綺麗にしていくグロッザ。その動きに、以前のようなためらいや気の重さは感じられない。


 ふと、彼の隣に立つ人影があった。


「手伝うよ」

「ステイ。ありがとう」


 同じく頭に布を巻いた少女ステイが、洗い物を手分けする。

 同じ孤児院の子として付き合いの長い二人だ。あっという間に洗い物が片付いていく。


「食堂の方はよかったの? ステイは配膳係だったでしょ」

「うーん、そうなんだけどさぁ」


 手を忙しなく動かしながら、ステイは首を傾げた。


「あたしが配膳すると、なんかやたら声をかけられるんだよねえ。さっき、『あなたは厨房に入ってなさい』って職員の人に言われちった。ヘンなことした? あたし」

「あはは。ステイはどこに行っても人気者だからなあ」

「別にあたしは構わないんだけどな。いろんな人と話ができるの楽しいし、ギルドの人や冒険者の人、皆優しいし」


 不満げに口を尖らせる少女。

 グロッザは知っている。


 この娘が年齢の割に早熟で、その自然な色気と、耳をくすぐる魅惑的な声が様々な人間――主に荒事をこなしてきた男性冒険者――を惹き付けていること。

 それはいいことだと、グロッザは思っている。ステイが持っている力、備わっている才能を存分に発揮することは、彼女の将来にとってプラスになるはずだ。あとは、ステイ自身が己の魅力を上手くコントロールできるようになれば、なおいい。

 きっと、イスト先生なら同じことを考えるだろうな――皿を洗いながら、グロッザは微笑んだ。


 ――エルピーダ孤児院の子どもたちが家出をして、十日あまり。


 ティララが発案した当初の予定通り、彼らは旧ギルド・バルバを拠点として、様々なギルドに顔を出していた。

 一見、無謀にも映る子どもたちを、ウィガールースの各ギルドは温かく迎えた。


 今はギルド・カダウで全員が世話になっている。グロッザ、ステイ以外の子どもたちも、なにかしらの仕事で忙しくしていた。


「よかった」


 ふいに、ステイが言った。文脈がつかめず、首を傾げるグロッザに少女が微笑む。


「グロッザ、もう大丈夫そうだね。前みたいに戻ったカンジ」

「うん。まあ、おかげさまでね」


 皿を洗う。皿を手渡す。流れるようにステイが次の作業を行う。


「いつまでも落ち込んでいられないってのもあるし、ここでの仕事が忙しいってのもあるけど」

「けど?」

「やっぱり一番は、初心を思い出せたことかな」


 グロッザは言った。

 ギルド・カダウには、腕の良い料理長がいる。グロッザは与えられた仕事のかたわら、料理長に基本から教わっていた。


「料理長は厳しい方だけど、ちゃんと僕に機会をくれるし、上手くいったら評価もしてくれる。やることなすことすべて駄目――ってのは、僕の勝手な思い込みだった。それに、こうして誰かのために料理に携わるって、腕を振るうって、やっぱり気持ちいいことなんだなあって思えるようになったんだ」

「だから初心、か。昔から頼りにされてたもんね。グロッザ、厨房でさ」

「先生たちと一緒に旅をしたときとかは特に大変だったなあ。でも楽しかった。だから無駄じゃなかったんだよ。ぜんぶ。上手くいかなかったこともひっくるめてさ」

「よかった、よかった」


 しみじみうなずくステイに、グロッザは笑った。同時に、肩の荷が降りていた。

 実は彼もまた、ステイのことを心配していたのだ。グロッザのために怒ったステイ。だけどそのために、彼女はいらぬ負い目を背負ってしまったのではないかと。


 洗い物が少なくなってきた。

 そろそろ、食事時の喧噪も落ち着く頃合いだろう。

 首を回してほぐしていると、「あ、そういえば」とステイが声を上げる。


「あと十日だっけ。ギルド対抗の料理対決イベント」

「うん。前の大会と違って、余興みたいなものらしいけど」

「今度こそ負けないよね」


 ステイは目を輝かせている。

 今度のイベント、グロッザはカダウのギルドマスターの厚意で、特別枠として参加させてもらえることになっていた。


 冷静なグロッザは肩をすくめる。


「どうかな。個性的な人たちがきっと集まるだろうし。お祭りだから参加できたってのもあるだろうし」

「でもグロッザだって頑張ってきたじゃん」

「まあね。料理長には本当にいろいろ教えてもらった。だから」


 にっ、といつもの彼らしからぬ不敵な笑みを浮かべる。


「自信を持って、胸張って挑むよ」

「むふー、このっこの。生意気言ってー!」


 ステイがじゃれついてくる。「服が濡れるってば」と言いつつ、グロッザも笑っていた。久しぶりの、心からの笑顔だった。


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