195.リオが抱える問題


「リオの能力を、覚醒?」

「はい」


 うなずくギールトーさん。表情が変わっていない。冗談を言っているわけではないのだ。

 俺は困惑した。


「お言葉ですがギールトーさん。リオは自ら、ギフテッド・スキル所持者だと言っていました」


 え、そうなの? ――とミテラが目を見開く。


 リオ自身の証言、レーデリアやノディーテの反応、そして実際に起きた出来事。

 俺に、ギフテッド・スキル【天の見守り】を否定する材料はない。


「彼女の言葉は真実だと俺は考えています。リオはもう十分、『天才』と言っていい逸材ではないでしょうか。それは、あなたの方がよくご存知でしょう。ギールトーさん」


 皆の視線が老執事に集まる。「確かに」と彼は答え、静かに言葉を続けた。


「お嬢様はたぐまれなスキルをお持ちです。しかし……スキル以外の能力が平均以下なのです。身体能力、学力、協調性。どれを取っても同年代の皆様と比べ見劣りする」


 グリフォーさんが「嬢ちゃんは何歳なんだ?」と尋ねた。八歳だと老執事が答えると、自身のヒゲを撫でて渋面を浮かべた。


「まあ、確かにその年齢にしちゃあ少々小柄だとは思うが……そこまで心配することかね」

「イスト様。本日一日、お嬢様と行動を共にされたあなたは、どのようにお考えですか」


 水を向けられ、俺は言葉を選んだ。


「リオはとても活発で、元気な子です。ただ、かけっこの速度はミティ――うちの最年少の子と同じくらいでした。体力切れを起こして突然へばってしまうことも二度ほどあったので、身体があまり強い子ではないのかなと思いました。協調性については……」


 口を閉ざす。

 後先考えない無謀で滅茶苦茶な子で、とてもじゃないが集団生活は無理だ――なんて、世話係の執事には言いにくい。

 しばらく考え、別の言い方に変える。


「俺が六星水晶級冒険者であることは知っていました。受け答えもしっかりしていますし、賢い子だと思いますよ」

「恐れ入ります。お嬢様の美点をそのようにおっしゃって頂けるとは、あなた様らしい」


 俺のフォローを、やんわりと否定されたような気がした。


「私も執事の端くれ。お仕えする方々に、その地位に相応しい教育を施すのも務めでございます。ですが、恥ずかしながら私の経験を持ってしても、リベティーオお嬢様の能力を伸ばすことは困難を極めております。成長の兆しが、見当たらないのです」

「何もそこまで言わなくても」

「私のような平民であれば、問題はないでしょう。しかし、お嬢様はルオ・グロリア領主のご息女。いわば後継者であらせられる。将来を見据えたとき、お嬢様にとって現状は大きなハンデなのです」


 あくまで静かにギールトーさんは言う。

 逆にそのことが、老執事の長年の悩みを表しているように思えた。


「そんなとき、イスト様、あなたの噂がルオ・グロリアまで流れてきたのです。魔王を倒し、最高位の冒険者となりながらも、孤児院を開き、子どもたちを導く者がいると。その力は、数々の天才を世に送り出すものだと」

「ほう」


 声を漏らしたのはグリフォーさんだった。


「イストの名声が、遠くディグリーヴァ聖王国まで届いていたとはな。ま、ワシの見込んだとおりの展開となったわけだ。良いことだ」

「ちょっと。グリフォーさん」

「いつも言うが、イストよ。過剰な謙遜は逆に嫌味だぞ? ギールトー氏の言っていることは事実だろうに」

「だから、それは俺がすごいわけではなくて――」


 言いかけたとき、気付いた。

 もしかして、ギールトーさんが意図しているのは。


「……俺の【覚醒鑑定】で、リオの隠されたスキルを解放して欲しい――ということですか?」

「そのとおりでございます。あなたなら、それができる。私も、旦那様も、そう信じております。ゆえに、ここまで参りました」

「……」


 再び困惑してしまう。


 俺のギフテッド・スキル――【覚醒鑑定】は、ギールトーさんが言うほど万能じゃない。

 元々対象者が持っていて、かつ、いまだ発現に至っていない力を解放するものだ。

 本来得られないスキルを無理矢理身につけさせるものではない。


「ご期待には添えられないと思います」


 そのように俺が説明すると、ギールトーさんは黙り込んだ。

 目線を下げ、何かをじっと考え込んでいる。


 ミテラが遠慮がちに声をかけた。


「失礼ですが、このような回答になることはあなたも、あなたの主人も十分予想できたはず。何か、特別なご事情があるのですか。遠路、イスト・リロスを頼ってまで、リベティーオさんの能力解放をしなければならない何かが」


 ギールトーさんはさらに黙考した。

 時間にして、二分ほどだっただろうか。


「これからお話しすることは旦那様を含め、ごく少数の人間しか知らぬこと。どうか他言無用に願います」


 腹を決めたのだろう。老執事の鋭い視線が俺たちを射貫いた。


「私は執事職のほか、判定師の資格も持っております。リベティーオお嬢様がお生まれになったときも、私が判定を致しました。その結果、驚くべき事実が明らかになりました」


 夕暮れの差す室内に、わずかな静寂が訪れる。


「お嬢様の現在のレベルは――99。八歳という年齢にして、すでに限界にまで到達しているのです。モンスターと交戦したことなど人生で一度もないにもかかわらず、です」


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