158.グリフォーの願い


 俺は自室に戻った。ギルド連合会支部に出かけるのは別々のタイミングが良いだろうと、グリフォーさんが言ったからだ。


「ふう……」


 ベッドに腰かけ、短く息を吐く。眉間に寄っていた皺をもみほぐす。

 シグードさんが体調不良。

 見舞いに行くにしても、それを周囲に内緒にするのは普通じゃない。心配だった。ここのところ頻発している魔王絡みの出来事に無関係とは思えない。


 そのとき、自室の扉がノックされた。


「イスト君。いる?」

「ミテラか。大丈夫だぞ」


 エルピーダの渉外担当が入ってくる。彼女は俺の表情を見て、即座に何かを察したようだ。だが、口にしたのは別の話題だった。


「今日のギルド活動、どうする? フィロエたちがムズムズしてたみたいだけど」

「ああ、実は今日は休みを入れようと思うんだ。ここのところ、少し根を詰めすぎたからな。夜中までかかった急な案件もあったし。何より、ミティのことがあるからね」

「なるほど」


 彼女は室内に入ると、持っていた書類を近くの棚の上に置いた。ミテラがまとめた報告書だ。


「それじゃあ、あの子たちには私から伝えておくわ。アルモアなんか、ミティが心配で仕方ないって顔してたし、今日はそっちに付いてあげなさいって言っておく」

「助かる」

「ん。そういうことなら、私も今日はゆっくりしようかしら。たまにはも悪くないわね。


 背伸びをするミテラ。若干のわざとらしさは、もしかして俺に合わせたためだろうか。何も言わずとも、彼女にはお見通しなのだ。ふっ、と軽い笑みがこぼれた。


「ありがとう、ミテラ」

「いいのよ。私たちの気持ちは同じなんだから。さ、早く行ってきなさいな」


 ――そうやってミテラに送り出された俺は、レーデリアを使わず徒歩で街へ出た。事前にグリフォーさんから聞いていた待ち合わせ場所に向かう。

 まだ閉まっている酒場の前で、グリフォーさんは立っていた。大柄な身体、特徴的なヒゲ、歴戦の冒険者としてのオーラで、遠くからでも彼とわかる。


「おう、来たかイスト」

「どうも。けど、何か変な感じですね。グリフォーさんとこうして待ち合わせするの」

「そうかもな。じゃあ歩くか」


 連れだって朝の街道を進む。人と荷車が行き交い、準備と確認の声が響き、時々、どこかの見習いが些細な失敗をする音が聞こえてくる。

 俺は複雑な気持ちでその光景を見つめていた。街の平穏に和む気持ちと、シグードさんの異変を不安に思う気持ちがせめぎ合っている。


「……相変わらず、賑やかですね。この街は」

「ああ。最近は特に活気がある。お前がいたからだな、イスト」

「そんな」

「魔王クドスを倒し、今も各ギルドを精力的に回っているお前たちの姿を見て、街の人間も励まされているのさ。俺たちも負けていられないってな」

「それは、街の皆さんの方がたくましいですよ」


 グリフォーさんとゆっくり歩調を合わせる。


「なあイストよ。お前、この先どうしたい?」

「どう……とは」

「最高位の冒険者ランクに上り詰めた。街の人間からも慕われ尊敬されている。実績、名声、ともに十分だ。この先、お前は何を目指す?」


 グリフォーさんは前を向いたままだった。俺は自分の胸に、同じ言葉で問いかけてみた。

 胸の奥から来た返事は、自分でもあっさりと感じるものだった。


「なにも」

「ほう」

「俺にとって六星水晶級の冒険者ランクも、ギルドマスターとしての名声も、求めて手に入れたものではありません。自分のしたいようにして、結果的に付いてきた称号のようなものです」

「他の連中が聞いたら怒りそうだな」

「ええ、まったく。上昇志向の人から見たら、何を甘いことを言っているとなるのでしょうが……俺は昔も今も変わりません。子どもたちを支え、守り、育て、送り出す。孤児院の院長としての在り方が、俺の目指すべきところです。これからも、それは変わらないでしょう」


 なるほどな、とグリフォーさんは言った。彼はヒゲをいじった。


「そうなると、意図せずくっ付いてきた称号に対してのフォローは必要だな。ミテラ嬢ちゃんだけだと負担がでかそうだ」

「え?」

「いや、何でもない。こっちのことだ」


 そう言いつつ、グリフォーさんは何事か考えているようだった。

 大通りから路地に入る。ギルド連合会支部に繋がる裏道だ。人通りが一気に少なくなった。


「ボスの――シグードのことだがな」


 俺は表情を引き締めた。


「容態はどうなのですか。体調不良、とは」

「うむ。ここ数日、ボスはずっと寝たきりになっている。どうやら【夢見展望】から戻ってこられない状態らしい」


 なんだって。


「今は側近がうまく誤魔化しているが、このことがいずれ公になれば騒ぎになるだろう。特にゴールデンキングの連中にはな。ボスは腐っても優秀な指導者だ。連合会支部は元より、ウィガールース中のギルドに影響が及ぶ可能性がある」


 加えて、ここ最近の働きにより名が売れているミテラまで俺たちと一緒にシグードさんへ会いに行けば、それだけであらぬ噂が立つかも知れないとグリフォーさんは言った。だから敢えて彼女に声をかけなかったのだと。

 どうやら、彼女にはほぼほぼ見抜かれていたようだが。


「確かに、それは言えていますね……。しかし、【夢見展望】から戻ってこられない状態って」

「側近の話だと、眠っているとは思えない形相をしているようだ。つまり、醒めない悪夢に延々と苦しめられている。もしこれが誰かの仕業なら、そいつは一時的にシグードの未来予知を封じたことになるだろう」


 立ち止まる。グリフォーさんは俺に向き直った。そして――。


「ボスとは歳が離れているが、ワシにとって恩人であり親友だ。彼を助けたい。イスト、どうか力を貸してくれ」


 深々と頭を下げた。


「お前なら、何か良い手立てを打てるのではないかと思っている。ボスが助かった暁には、ワシからも礼をしたい」

「何を言ってるんですか。礼なんていいです。むしろ、普段から世話になっているのは俺だし、エルピーダの皆なんです」


 俺は鍛え上げられたグリフォーさんの肩を叩いた。


「さあ急ぎましょう。手遅れになってはいけない」

「すまん。ワシも覚悟を決めよう」


 そう言って俺の隣に並んだグリフォーさんは、何かを決意したような表情をしていた。

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