157.大人たちの危機感


 ――翌日の朝。


「ウィガールースのトップに。そしてゴールデンキングを成敗、か」


 自室を出て廊下を歩きながら、俺はひとりつぶやいた。昨日のミウトさん夫妻の懇願を思い出す。

 ギルドマスターのトップに君臨するなど、正直、想像ができない。

 だが、ゴールデンキングについては――。


「せんせー! おはよー!」

「おはよう、お父さん」


 後ろから勢いよく走ってきたミティとスノークに、俺は思考を中断して「おはよう」と微笑みかける。年少組の二人は今日も仲良く手を繋いでいる。


「ミティ。もう体調は大丈夫なのか?」


 俺が尋ねると、彼女は空いた方の腕で力こぶを作った。


「ぜんぜん、だいじょうぶだよ!」

「そうか。よかった」


 心から言う。

 昨日、俺がグリフォー邸に戻るまでの間に、ミテラの手配で知人の医師に診察してもらったそうだ。結果は問題なし。後遺症の類も見られないとのことだった。

 朝一番の元気溢れる笑顔が、それを物語っている。俺は心底ホッとした。


「せんせー、今日はね。ご飯食べたら、またキノコ狩りに行くの。の皆や、メイドさんたちと一緒だよ」

「そうか」

「さっきね、アルモアお姉ちゃんが起こしに来てくれたんだけど、昨日の今日だから大人しくしてなさい、って言うんだ。わたし、こんな元気だからだいじょうぶなのに。せんせーからお薬ももらったし。ねえ、せんせーもそう思うでしょ?」


 アルモア、やっぱり『家族』のことが心配でたまらないんだな。わざわざ朝一番で様子を見に行くあたり、不器用な彼女らしい。


「アルモアはミティを心配してるんだ。そこはちゃんとわかってあげないと」

「むー」

「でも、メイドさんたちの言うことをきちんと守れるなら、行っても構わないよ。今日のこと、楽しみにしてたんだろう」

「うん、わかった! ミティ、メイドさんの言うこと守るよ!」


 今度は両手を挙げて応える。俺は内心でアルモアに謝った。

 すると、スノークが俺の裾を引っ張った。


「お父さん。あのね」

「うん?」

「ぼく、おねえちゃんのことみてるよ。また、つらくなったりしないように。だから、いっしょに行ってもいい?」

「ああ。スノークが見てくれるなら安心だ。期待してるぞ」

「うん! いこ、ミティおねえちゃん」

「あ、まちなさいってばスノーク!」


 二人連れだって、階段を降りていく。俺は二人の後をゆっくりと付いていった。

 本当に仲が良い。そして元気。昨日のことが嘘のようだ。


 食堂にはエルピーダの皆が揃っていた。朝の挨拶を交わしながら席に着く。今日も美味しそうな食事が湯気を立てていた。


「イスト様」


 メイドさんの一人が耳打ちした。


「今日のキノコ狩りの件。遠出はせず、お昼までには戻りますので、どうかご安心を。午後はこちらでゆっくりと過ごしていただこうと思っております」


 俺は小さく頭を下げた。ひたすら感謝しかない。


 手を合わせ、スープを口に運ぶ。エルピーダの子どもたちだけでなく、フィロエたち冒険者メンバーも賑やかだ。メイドさんたちが穏やかな表情で彼らを見守っている。


 ふと、俺はテーブルの一角に目をやった。空席である。本来ならそこは、キエンズさんが座っている場所だった。今日もまた、研究小屋に詰めているのだろう。


 ――俺は昨日の夜、キエンズさんに会いに行ったときのことを思いだした。ミウトさん宅から回収した、あの種を届けるためだ。

 小瓶から取り出し、種を慎重に検分したキエンズさんは開口一番、『参りましたね』と言っていた。


 見た目は徒花の種にそっくりだが、どうやら特殊な加工が施されていたらしい。その証拠に、除草薬の効きが違うとキエンズさんは話していた。

 しかもただの品種改良のレベルではなく、根本的に『別物』へ変わってしまっているとキエンズさんは見立てた。ゴールデンキングで働いていたときは元より、研究者の端くれとして学び初めて以降、このようなものは初めて見ると彼は言っていた。


「イストさーん。こっちのソーセージ、いかがですか? 食べさせてあげますよ」

「それはいいからしっかり食べなさい。自分のものは自分でな」


 キエンズさんは、『この種は、誰かが徒花とは別の用途に使うために作り上げたのではないか』と推測していた。そこに、俺が【天眼】で見た情報を掛け合わせる。


 ――魔王ディゴートが、人間から力を奪い取るために種を作った。

 ――そしてその種を、ゴールデンキングの息がかかった者たちが広めようとしている。


「イスト様。こちらのデザートはいかがです? 私とパルテのふたりで作ったんですのよ」

「へえ。パルテはともかく、ルマがそういうのを作るのは意外だな」

「む。どういう意味ですの?」


 魔王の意図は何か。

 ゴールデンキングが為そうとしていることは何か。

 まだ、俺たちの手にその答えはない。


 頬を膨らませて怒るルマ――その隣でなぜかパルテも怒っていた――をいつものようにあしらいながら、俺は心の中で目に角を立てた。

 いつもどおりの、この愛すべき平穏を脅かそうとしている者たちが、おそらくすぐそこまで迫っている。


 俺も、キエンズさんも。そしておそらくミテラやグリフォーさんも。

 子どもたちへの微笑みの裏に、強い危機感を隠している。


 ――朝食後、皿を運び終わった俺を、グリフォーさんが食堂の出入口で待ち構えていた。


「イスト。悪いがこれから一緒に連合会支部まで来てくれ。ただし皆には内緒だ。ミテラにもな」


 すれ違い様、表情をまったく変えることなく、俺にだけ聞こえる声でグリフォーさんは言った。


「ここだけの話だ。シグードの体調が良くない」


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