146.気が強いネガティブ


 魔力の糸がどこに繋がっているのかはわからない。だが、双子から少しずつ力が流れ出しているのは少し観察してわかった。一部、俺たちが双子にかけた【神位白魔法】の力も混ざっているようだ。

 どうやら、ミウトさん夫妻には見えていないらしい。


 するとパルテがスッとその場にかがんだ。


「えいっ。えい、えいっ!」


 掛け声を上げながら、なんと素手で魔力の糸を引き抜こうとしたのだ。

 だが、手は虚しく糸をすり抜ける。

 魔力の糸が見えていないミウトさん夫妻は、困惑の表情でパルテの白い髪を見下ろしていた。


 こういうのはパルテらしいと思う。大切なものの前では行動的で、やや向こう見ずなところだ。そんな彼女の必死さを滑稽な姿のままで終わらせてはいけない。


 俺は再び双子に手をかざした。


「サンプル発動。ギフテッド・スキル【絶対領域】」


 柔らかな光の繭が双子を包み込んだ。驚きに目を丸くする夫妻。俺は視界の端で、魔力の糸が【絶対領域】によって切り離された様子を確認する。魔力の糸は間もなく跡形もなく消えた。光の繭も、それに合わせて静かに消える。

 双子は変わらず安らかな寝息を立てていた。うん、大丈夫そうだ。


 ミウトさんが不安げに目尻を下げる。


「あの……今のは」

「お守りですよ」


 安心させるように微笑む。


「どうやら、少し悪い虫が付いていたようです。でももう大丈夫。この子が全部駆除してくれました」


 そう言って、パルテの頭を撫でた。事態を理解したのか、パルテは顔を赤くして今にも俺に噛みつきそうな様子で歯を剥いた。その手があるならもうちょっと早く言え! ――と心の中で声高に主張しているようだった。


 幸い、ミウトさんたちは俺たちを信じてくれた。再び頭を下げると二人は声を揃えた。


「このご恩は何があっても返します!」


 俺は「そのお気持ちだけで十分です」とやんわりと言った。


 ギルドを施錠し、連れだって自宅へ帰っていく彼らを見送ってから、俺たちは鉄馬車に乗り込む。


「まったく! はじゅかしかったんだから! ああいう手があるにゃらもっと早く言ってくりぇりぇれれば、あんにゃにゃ真似しにゃかったのに!」


 御者台に収まるなり憤然と文句を言うパルテ。恥ずかしさを紛らわせたいのか、さっきから噛み噛みである。


「悪かったよ。けど、ああいう行動力はさすがパルテだと思った」

「ふん……。それで? あんたはアレ、どう思うの?」


 気持ちを切り換えたパルテが尋ねてくる。俺は顎に手を当てた。


「あの魔力の糸は、双子ちゃんから力を吸い取っているように見えた。あの子たちが体調を崩したことに関係していると思う。だが、誰が、何のために、どうやってあの魔力の糸を繋いだのかは、まだわからない。徒花と関係があるのかも不透明だな……」


 レーデリアを見る。彼女は小さく首を横に振った。


『徒花の種が転移したときと似た気配を感じたのは確かです。けれど、それ以上のことは』

「理由とか事情とかどうでもいいわ。あんな小さな、しかも双子に手を出すなんて、許せない」


 パルテが両手を組んで強く握りしめている。癖のないサラサラの白髪が、彼女の怒りでわずかに浮き上がっているように見えた。

 彼女もまた双子の姉を持つ身。柳眉を逆立て、息巻く。


「イスト。こうなったら一刻も早く、迅速に、可及的速やかにヤルわよ。枯らして枯らして、枯らしまくってやる!」


 まだ徒花絡みと決まったわけじゃないが――という意見を俺は飲み込んだ。危機感を持つべき状況なのは変わりない。


「そうだな。皆のためにも、俺たちが何とかしないとな」

「当たり前よ! ちょうど暗くなってきたし、こっそりきっちり素早くやるのにもってこいの時間なのよ!」

「……ん?」

「さっきみたいな恥ずかしい真似を見られるのも嫌。そんな醜態をさらしたと姉様にバレるのも嫌。だから誰にも知られないように、目立たないように仕事をこなすのが最善! ねえレーデリア!」

『そのとおりです!』

「人知れずやってやるわ!」

『我らに日の目は似合いません!』


 揃って雄々しく手を上げ、後ろ向きな決意を叫ぶ二人。

 パルテの新しい一面が見られたのは嬉しいけれど……気が強く行動的なネガティブ思考って、いいのか、これ?


「仲が良いな、お前たち」


 とりあえず、それだけを口にした。




 それから俺たちは、ミテラから預かった地図を元に、徒花が群生していると思われる箇所を回った。幸い、どの場所もまだ被害が拡大する前に除草薬を散布することができた。

 他にもミウトさんのような事例が起こっていないか調べたかったが、今回は持ち越した。徒花の分布が街の広範囲にわたっていて、その駆除を優先したためだ。


 目標箇所をすべて回り終え、俺たちはグリフォー邸に戻った。


「おかえりなさいせんせー! おねえちゃんたち!」


 玄関に入るとミティが抱きついてきた。肩の荷がふっと軽くなる感覚。やはりこういうのはいいなと思いつつ、ただいま、と返す。

 結構遅い時間だが、ミティは元気だ。そろそろ寝なさいと言うべきかな。


 グロッザとステイがやってきた。裏リーダーの少年がミティをつかまえる。


「ほら。ミティは部屋で休むよ」

「やー。もっとせんせーとお話するー! フィロエおねえちゃんたちがいっぱい持って帰ったやつー!」


 じたじたと裏リーダーの腕の中で暴れるミティ。慣れた仕草でグロッザはあやす。

 ミティのことは彼に任せ、俺はステイに尋ねた。


「フィロエたちが持って帰ったやつって、何のことだ?」

「むふ。すっごいよイストせんせ。見る?」


 急に不安になってきた。


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