121.潜入、地下研究施設


 通気口を滑るように移動する。

 腕の中で、ルマが【全方位超覚】をフルに発動する。出口付近に人の姿がないことを確認すると、俺は一気に通気口を飛び出した。


 そこは通路の行き止まりであった。

 外気が入ってくるためか、石畳の床が少し濡れている。

 ルマをそっと降ろし、気配を伺う。俺の傍らでルマが短剣を抜き、逆手に握った。目立たないよう黒塗りの刀身である。


「ルマ」


 敵地なので短く言う。


「無理はするな。ギフテッド・スキル発動が辛くなったら、いつでも交代する」

「お心遣い、ありがとうございます。イスト様。ですが要らぬご心配ですわ」


 しとやかな言葉遣いで、探索者少女は片目を閉じた。


「今日の私、絶好調ですもの。ミティ様の特製スープのおかげですわ」


 短剣を器用に回す。

 実はこの任務に出かける前、ミティが俺たちのためにこっそり作っていてくれたのだ。精霊氷から採取した、あの幻のキノコをふんだんに使っていた。

 夜更かししちゃ駄目――なんて小言を忘れるくらい、衝撃的な味だった。

 あんまり思い出すと腹が鳴りそうなので止めておく。


 とにかく、幻のキノコを使ったスープは味だけでなく、効き目も凄かった。一日の疲れが吹き飛び、後から後から力が湧いてくる感じ。

 ルマが絶好調と言ったのも、あながち間違いではないだろう。


 引き続きルマを先頭にして、【ゴールデンキング】の地下通路を走る。

 いつの間に習得したのか、ルマからは足音がほとんどしなかった。

 キエンズさんの話、そしてミテラたちが集めた情報は頭に叩き込んでいる。

 弟さんは地下研究施設の北端にいるはずだ。

 そこにたどり着くには、どうしても一度、中央ホールを抜ける必要がある。


 暗闇に紛れ、時に小部屋で身を隠しつつ、ホールを目指す。

 やがて通路の先が明るくなる。深夜であってもホールの灯火は消えることがないようだ。


 一階と二階が吹き抜けになった地下中央ホール。さすがに、無人というわけにはいかなかった。

 一階の隅に置かれたベンチに座って資料を読んでいる研究者、二階で手すりに寄りかかり軽食を食べている冒険者。他にも二、三人が行き来している。

 俺たちがいるのは、二階の南東通路。そして目指すは一階の北側通路である。


 ルマが周囲の様子をスキルでうかがう。

 俺は通路の影から、ある一点を見据えていた。


 目的の通路――ではない。


 北側通路とは反対側。二階の南西通路入口。その手前。

 二階から吊り下げられた角灯ランタン

 手すりの根元と角灯の留め具とを繋ぐ、わずか三十センチほどのロープ――見据えているのはそこだ。


 俺は短剣を抜いた。ルマと同じように黒塗り処理をしたものだ。

 狙いを定める。

 そういえば、これを使うのは久しぶりだな。


「スキル【遠投】」


 とうてき

 レベル五十代に達した俺の力は、短剣にとんでもない加速力を与えた。

 細く小さな的を、あっさりと貫通する。


 一瞬だけ、気の抜けたような沈黙。

 そして――。


 カシィィンッ!

 ガッシャアアァァァアアッ!


 甲高い音がふたつ、ホールに居た者たちの耳をつんざいた。


「なっ!? 何の音だ!」

「びっくりした、なに? 何の音? 何が起きたの?」


 ――注意が、一階のホールに向く。落下して砕けた角灯に向く。

 好機。


 俺たちは通路を飛び出した。真正面に手すり、その先に一階の北通路。

 二人同時に、手すりに足をかける。


「ギフテッド・スキル」


 つぶやきながら、ルマが俺に横から抱きつく。


「――【縮地】」


 景色が引き延ばされた。

 誰にも止めることができない高速移動。

 瞬きする間に、俺たちは目的の北側通路に着地していた。明後日の方向で湧き上がるざわめきと狼狽えを尻目に、通路を走る。


「お見事。さすがです」


 走りながらルマが言う。俺は首を振った。


「お前にばかりギフテッド・スキルを使わせているな……悪い」

「なにをおっしゃいますか。イスト様は万能の強者。もっとも良い場面で華麗に登場し、最高の能力を発揮するのがじょうせきというものですわ」


 ……何だかこのお嬢様、だんだんフィロエに似てきたような気がする。

 いかん。気持ちを切り換えよう。

 すでに侵入者がいると気付かれたはず。ここからは時間との勝負だ。

 一気に目的の部屋へと走る。


 これまでと明らかに違う臭いが漂ってきた。えた臭い。そして血の臭い。肌にまとわりつく湿気。

 扉の窓から、一際明るい光が漏れ出ている場所に来る。


「さぁて、お待ちかねの時間だヨ」


 男の粘つく声。かちゃりかちゃりと、金属物を取り出す音。


「見えるかーい? 綺麗な釘だろう。魔力がこもったこれをねぇ、君の喉にブスッと刺すわけさ。そうするとアラ不思議。君の泣き声がすべて魔力の波動に変換されるわけさぁ」


 ルマと二人、扉に張り付く。


「たくさん泣いてたからねえ。まだまだ泣き足りないだろ? ずっと泣いていいヨ。それだけたくさんの魔力を生み出せるんだからさあ」


 窓から、中を覗く。


「君はこれから貴重な動力源となるんだ。我々の研究機材のネ。仕方ないよネ、君のお兄さんは裏切っちゃったんだから。そうそう、仕方ない。仕方ない。だから――」


 壁際に設えられた椅子。両手足を固定され、口を大きく開けさせられた男の子。

 剥き出しの肌に痛々しく残る赤い鞭痕。

 薄ら笑いを浮かべる研究者たち。たかぶる彼らの加虐心。


「だから死ぬまで鳴き続けな坊やあああぁっ!!」


 ――全力で扉を蹴破った。


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