96.こんにちは、強い人


「離れてろレーデリア!」


 警告する。同時に少女が突っ込んできた。標的は俺だ。

 全力ではないのか、それとも別の理由があるのか。少女の動きそのものは遅い。【槍真術】を修めた俺にとって、さばくのは難しくない。


 ――が、直感が「退避しろ」と叫んだ。


 ガントレットをはめた右腕を少女が大きく振りかぶる。

 俺は全身のバネを使って思いっきり距離を取る。


 ガントレットが誰もいない空間を殴った。直後、すぐ先にある滝壺に水柱が立つ。

 魔力の塊が水面で炸裂したのだ。

 大地が揺れる。

 距離を取ったはずなのに、衝撃波にもてあそばれた。

 からせき。頭を振って意識を保つ。


 そういえばレーデリアはどうなった?

 急いで辺りを見回すと、レーデリアは同じ場所に突っ立ったまま動かないでいた。


「レーデリア! どうしたレーデリア!」


 二度呼びかけて、ようやく黒馬はこちらに駆け寄ってくる。


『申し訳、ありません……我、ぼうっとしてしまって』

「無事ならいい。気をしっかり保て」


 襲撃者を見る。

 禍々しいオーラはとどまるところを知らず、吹き上がり続けている。


 少女はなにやらつぶやいていた。


『初めてならちゃんと挨拶……破壊、強さ……ムズムズする……』


 みゃくらくがない。意図がつかめない。

 こちらが戸惑っているうちに、少女は次の攻撃を仕掛けてきた。

 空中に五つの魔法陣。そこから生み出された、沸き立つ火炎球と鋭く尖った岩柱。複数属性の同時使用だ。

 俺はうなじがざわめく悪寒を覚えた。


「『サンプル』発動! ギフテッド・スキル【障壁】!」


 光の盾が現れた瞬間、少女が魔法を放つ。

 悲鳴すら上げられないほど高速で炎と岩が飛んできた。


【障壁】と魔法がぶつかり合う。

 きっこうすること五秒。生きた心地がしなかった。


 なんとか魔法をしのぐ。

 両腕に感じた圧。以前、『大地の鯨』を押し返したとき以上の手応えだ。


『――こんにちはッ!』


 また

 彼女の叫びは魔力を持って俺たちのもとに押し寄せる。

【障壁】は波動に耐えるが、他のモノはそうはいかない。滝壺は霧状になり、樹々や雑草は根元からへし折られる。


 くそ。

 この子がなにを考えているのかわからない!

 こっちを殺すつもりなのか、たわむれのつもりなのか、それとも友好を結ぼうとしているのか。


 ひとつ確かなのは、あの大きなガントレットのイメージと違い、彼女は完全な遠距離攻撃タイプだということ。それも、超が付くほど強力な。

 これで本気だとは到底思えない。

 仮に魔王クドスと同レベルの危険があるのなら、このまま魔法を使わせ続ければリマニの森はおろか、ウィガールースを含めたこの地域一帯が消滅するかもしれない。


 ここで俺がなんとかするしかない。

【障壁】を展開させたまま、俺は漆黒槍を握りしめる。


 手持ちのギフテッド・スキルでなにが使えるか。

 魔法系は駄目だ。ルマの【極位黒魔法】と少女の魔法が正面からぶつかったら、それこそどこまで被害が拡大するかわからない。

【重力反抗】で浮かせて身動きを取れなくさせようにも、相手は遠距離主体。むしろこっちが不利になる。


【障壁】は今使った。サンプルレベル4の力により、残り使用回数はあと三回。


 腹を決める。

 少女は動きが鈍い。至近距離での直接攻撃で押し切る。


『どうして……清々しい……人、たくさん……面白い……イライラする……』


 どうやら、まだ彼女には混乱があるようだ。

 大きく息を吸い、止める。


【障壁】をレーデリアのためにその場に残し、俺は突撃した。

 案の定、相手の反応が鈍い。


「ギフテッド・スキル【穿うがとき】!」


 フィロエの進化系ギフテッド・スキル。発動と同時に相手の装甲と障壁を無視してダメージを与える強力な攻撃。

 不可視のとつが少女の腹に突き刺さる。

 身体を折り曲げ、彼女は驚いたように俺を見た。

 傷口から血は出ない。そして倒れない。やはりこの子は人間ではないのだ。


 俺は眉間に力を入れる。

【穿つ刻】で穴の空いた腹部に、さらに一撃を加える。漆黒槍は、少女を地面にい付けた。

 腰に下げていた短剣を取り出す。


 狂気に染まったこの子を放置すれば、いずれウィガールースにも到達するだろう。そして、街を軽々と吹き飛ばすだろう。それだけの力が、脅威が少女にはある。

 エルピーダの家族を守るため、ここで仕留める。【閃突】で首をねるのだ――!


 目が合う。

 驚きに染まっていた彼女は、次の瞬間、表情を変えた。


『こんにちは、強い人!』


 嬉しそうな、純粋そのものの笑み。

 街ですれ違う子どもが笑顔でかけてくれるような、声。仕草。

 魔力の波動は来ない。

 ただただ、親愛を込めた挨拶であった。


 俺はスキルの発動をためらってしまった。

 距離を取り、とっさに別のギフテッド・スキルを使う。


「【絶対領域】!」


 魔王クドスからウィガールースを守った守護の壁。

 それを絞り込み、少女を捕らえるおりとして発動させたのだ。


 彼女はキョロキョロと【絶対領域】の中の輝きを見ていた。それからしばらくして、頭を押さえ呻き出す。再び意味のつかめないつぶやきを漏らしたかと思うと、【絶対領域】の中で魔法を発動させた。

 一瞬、少女の姿が見えなくなるほどの激しい炎。炎を瞬く間に凍てつかせる冷気。氷柱を斬り刻む暴風。重力を無視して乱れ飛ぶいしつぶて


 鉄壁の【絶対領域】に阻まれ、魔法が外に漏れ出すことはなかった。

 それは言葉をえれば、すべての魔法が自分に跳ね返ってくることを意味している。


 自らが傷付くのも構わず――もしかしたら気付いてすらいないのかもしれない――【絶対領域】の中で強力な魔法を次々と使用する少女。

 彼女の表情はもんと戸惑いに溢れていた。

 自身から溢れる赤と黒のオーラに飲まれていく。


 ――おかしい。

 なにが、彼女をここまで狂わせているのだろう。


『マスター……』


 レーデリアが隣にやってきた。


『あのひとはに苦しんでいます』

「なんだって?」

『あのオーラ……よくない呪いをかけられて、彼女は自分をコントロールできなくなっているのです』


 レーデリアらしからぬ、静かでよどみのない口調。

 これは……もしかして怒っている?


『マスター。差し出がましいことは重々承知で申し上げます。どうか、あのひとをお救いください』

「レーデリア……」

『嫌な匂いのする呪いから、あのひとの解放を。お願いします』


 俺は少女に向き直った。

 自らがダメージを受けるのも構わず魔法を使い続けているのは、『苦痛』を『苦痛』で紛らわせるためか。


 脳裏に、「こんにちは」と元気に声を出す少女の笑顔が蘇った。

 レーデリアの懇願が耳の奥で繰り返された。


 彼女の前に立つ。

 目を合わせる。


 今の俺に彼女を救う力はあるか。


 ――ある。



「ギフテッド・スキル【覚醒鑑定】。追加効果発動――『リブート』」



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