(9)好きと感じる瞬間


 土のかたまりが降ってくる。積もっていく。

 壁となっていく。おおい尽くしていく。

 空気が押し潰されて、匂いが変わる。肌触りが変わる。


 差し込んでいた陽の光は完全に塞がれ、周囲は暗闇に包まれた。

 ほんの数分前までの明るさから暗転。

 彼らの視界は心臓の鼓動と連動するようにチカチカとまたたいていた。


 やがて崩落が収まる。

 リギンは止めていた息をゆっくりと吐いた。


「お前ら……無事か?」


 腕の中の温かさを頼りに声をかける。

 彼は3人分のぬくもりを確かに感じていた。


 ややあって、それぞれがうなずく気配がする。

 だが、いつもの元気さとはほど遠い。


 動揺。うろたえ。恐怖。

 メルム、シニス、デクアトラ。3人とも声が出せないほど震えていた。


 やがてぽつりと、シニスが言う。


「……私たち、閉じ込められたの?」


 生きていることを喜ぶのではなく、これからのことを思って絶望した声。


 シニスの言葉に、メルムは息を呑んだ。

 デクアトラはさらに強く震えだした。


 シニスは、リギンの服のすそを握りしめた。自分の言葉が自分自身を追い詰め、ちぢこまったのだ。


「私たち、ここで……」


 シニスはそれ以上、口にできなかった。

 ハッ、ハッ、ハッ……短く荒い、誰ともわからない息づかいがせまい空間にまる。

 時間とともに膨らんでいく不安と緊張と恐怖で、3人娘は皆、がんめんそうはくだった。


 やがてリーダー格であるメルムが、かすれた声でつぶやいた。


「私のせいだ」


 髪をきむしる音。

 ざんするような口調。


「私が、洞窟に入ろうって皆を無理矢理誘わなければ」

「ちがう。ちがうよ」


 かぶりを振るシニス。


「きっと私のスキルが未熟だったんだ。ううん、それだけじゃない。意地張って、目立とうとして、バカをやったのがいけなかったんだ……!」


 シニスの息づかいが一番荒い。我を失いかけていて、今にも目尻から涙がこぼれ落ちそうだった。

 そしてデクアトラも――。


「私、だって……」


 口数少ない長身の少女。

 デクアトラの頭の中では、後悔の言葉が何度も行ったり来たりしていた。


 もっと早く危険に気付いていれば。

 仲間に伝えられていれば。

 リギンが訴えていた違和感に、もっと耳を傾けていれば。

 そもそも、不注意で足を滑らせなければ――!


 シン……と重苦しく痛々しい沈黙が降りる。

 そんなとき。


「お前ら、よーく聞け。これから大事なことを聞くぞ」


 リギンの力強い声がビリビリと反響した。

 彼の息づかいを頼りに、少女たちは視線を向けた。


「どっか身体の痛いヤツ、手を上げろ」

「……え?」

「怪我してるヤツ、手を上げろ」

「……」

「ん? 聞こえなかったか? どっか痛いヤツ――」

「って、こんな暗闇じゃ手を上げたかどうかわからないじゃない!」


 反射的にメルムが声を上げる。


 リギンがいち早くかばったおかげで、皆に怪我はない。ただ、こんな状況でも仲間の様子を気遣った少年に、3人娘はすぐに返事ができなかったのだ。


 不思議なことに。

 メルムも、シニスも、デクアトラも。

 何も見えないはずなのに、リギン少年が満面の笑みを浮かべているとわかった。


「心配すんなよ。俺たち、しっかり生き残ったじゃんか」


 リギンは言った。


「俺たちがそろっていれば無敵だって。俺が世界で一番尊敬してる先生も、きっとそう言うぜ」


 そして、再び3人娘を抱きしめた。


「俺はヤバいって思ってねえから。そんな感じしねぇもん。だからぜったい、何とかなる。何とかできる。俺たちなら。だから心配すんなよ」


 客観的に見れば。

 彼の台詞は状況をまったく理解していない脳天気なものと言えるだろう。


 その脳天気さが。

 その前向きさが。

 その他人を責めない優しさが。


 3人娘の胸と心に染みた。


 互いの顔も見えていない彼女らは、ほぼ同時に、まったく同じことを考えた。


 ――ああ、彼はすごいな。

 敵わないな。

 他の娘もそう思ってるよね。

 やっぱり好きだな。


 誰からとなく手を伸ばし、リギンを抱き返そうとして――。


「ひゃっ!?」

「わぷっ!?」

「きゃっ!?」


 同時に声をあげた。

 彼女らの頬に、腕に、足先に、水滴が落ちてきたのだ。


 反射的に3人娘はリギンにしがみつく。

 彼女らの鼻先にリギンの顔があった。

 暗闇にだんだんと慣れてきた目が、彼の表情をぼんやりととらえる。


 リギンは強く抱きついている少女たちに目もくれていなかった。


(……おいこら)


 メルムとシニスが心の中で叫ぶ。


(なんでそんな反応が薄いのよ! こんなに近いのに!)

(ま、まあまあ……)


 心の声を敏感に感じ取ったデクアトラがなだめる。

 それは、もういつもの彼女たちだった。

 つい数分前まで心を支配していた不安と恐怖は、れいになくなっていた。


(それにしてもズルイよね)

(うんズルイ)

(やっぱり、そう……だよね)


 彼女らは口元に笑みを浮かべる。


 ――そっちが鈍感のままなら、こっちだって容赦しないから!


「リギン……」

「あ、悪いちょっと待ってくれ」


 3人娘の気持ちを知ってか知らずか、リギンがさえぎる。

 正面の壁に手を伸ばす少年。


「なんだこれ?」


 指先が壁をこする。するとボロリと石が剥がれた。

 割れ目からしたたり始める水。



 ――――……ゴ。



「お?」

「ん?」

「あれ?」

「……?」



 ――ゴゴゴ……。



「おおっと」

「これは」

「ちょっと」

「……やっちゃった?」



 ゴオオォォッドォオオオオオオオッ!



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