88.追放された元ギルド職員、【覚醒鑑定】で天才少女たちの隠れたスキルを覚醒&コピーして伝説の冒険者(不本意)となる


 力の魔王クドスの襲撃から1ヶ月――。

 ウィガールースの街は平穏を取り戻していた。


 冒険者タグもギルドマスターの証も返納した俺は、孤児院を運営するひとりの人間として、今日も街を駆けずり回っている。

 簡単に言えば、お手伝いだ。


 シグード支部長から孤児院に援助をする見返りと言われれば、拒否はできない。

 支部長の命令を一度蹴っているのだから、この街で活動できるだけでもありがたいことだ。


 クドスが消滅したことで、モンスターの経験値は本来の水準に戻った。これにより、レベルやスキルに絶対の価値を置いていた風潮は変わりつつある。

 そうなると大変なのが冒険者とギルドだ。


 まずギルドへの依頼内容が変わった。経験値の高いモンスターを競って狩るものが減り、代わりに、より生活に密着した依頼が増えたのだ。

 冒険者たちは依頼をこなすことで食いつないでいるため、自然、さまざまな依頼に柔軟に対応できるパーティが増えていくことになった。


 急激な時代の変化――あるいはむかしがえり――にうまく対応できない冒険者やギルドのところへおもむき、他の冒険者たちとの橋渡しをする。それが俺に課された役割だ。


 ギルド連合会からはなぜか働きぶりを絶賛されている。俺自身はそんな派手なことはしていないつもりなのだが……。

 まあ確かに、どんなに揉めた現場でも俺が顔を出すとなぜかうまくまとまるというのはある。

 理由はこちらが聞きたい。


 そういえば、この手伝いをする中で知ったのだが、どうやら経験値増大モンスターで喜んでいたのは一部の冒険者のみで、一般の人々はむしろモンスターが大量発生して困っていたらしい。

 かつてギルドに関わっていた者として申し訳なく思う。もっと視野を広く持つべきだったと。


「ほらイスト君。なにぼーっとしてるの」


 背中を叩かれ、俺は我に返った。

 書類を満載した手提げ袋を持ち、ミテラがはつらつとした顔で指示を出す。


「じゃ、これ報告書ね。支部長のところへ持っていってちょうだい。あ、それ届けたらもう今日は上がっていいよ。私は次の現場に行ってるから。ああ忙しい」


 いい汗をはじけさせながら、満面の笑顔でミテラが走り去っていく。

 充実してるなあ。

 俺は働き者の姉からの依頼を果たすべく、ギルド連合会支部へ走った。



◆◇◆



「あ、せんせー!」

「イスト先生だ。やっほー」


 目抜き通りを走っていると、聞き慣れた声に呼び止められる。

 見ると、エルピーダ孤児院の子どもたち――ミティ、グロッザ、ステイ、ナーグ、ティララ、エーリ――がそろってテーブルについていた。

 どうやらオープンテラスでお茶会中らしい。


 テーブルに近づくと、真っ先にミティが駆け寄ってきた。「はいせんせー」と小さなお弁当箱を差し出してくる。

 礼を言いながらフタを開けると、ほっとするいい匂いとともにキノコご飯が姿を現す。


「ミティね、がんばってキノコの勉強してるんだよ! そのせいかです!」

「そうか。ありがとうなミティ」

「えへへ」


 休憩がてら、テーブルについてご飯を食べる。ほくほくの食感がクセになりそうだった。


「それ、ミティとあたし、それとグロッザの合作。最強でしょ」


 ステイが豊かな胸を張る。


「将来お店を出すときに、こういうメニューも出せたらいいねって話してたんだ」


 グロッザが微笑みながら言った。

 ナーグはじっと俺の食べる様子を見ている。


「……なあ先生。余ったらちょっともらえね?」

「最低」


 ばっさりと兄貴分を斬り捨てたのは、やはりティララだった。相手がリギンだろうがナーグだろうが変わらない。


「ティララ、なにを読んでいるんだ?」

「リギンからの手紙。今日届いたの」

「時間見つけて集まったのも、皆で手紙を読むためだったんだよ」


 遠慮がちにエーリが言った。

 どれどれと俺も手紙を読ませてもらう。


『いやっほーみんな! 先生! 元気してるっ!?』


「あいつめ……」

「もっと言ってやって」


 ティララが頭を抱えている。

 お調子者のリギンらしい。ただ、文面からは毎日を本当に楽しく過ごしていることが伝わってきた。


「元気そうだな。安心した」

「私は不安でいっぱい。大丈夫かなあの子たち」


 エラ・アモで出会った少女パーティのことだろう。

 ま、リギンはあれでやるときはやる子だ。大丈夫だろう。


 さて。お弁当もいただいたし、そろそろ行くか。

 席を立つと、グロッザに呼び止められた。


「先生。できるだけ早く帰ってあげてね。フィロエたちがレーデリアの中で待ってるって」

「ああ、わかった。ありがとう」


 なんだろうと思いつつ、俺は再び走り出した。



◆◇◆



 報告書を提出するだけだったのだが、なぜか受付の人に支部長室まで案内された。


「やあ、わざわざ来てもらってすまないね!」

「えっと……?」


 俺は頬をかいた。一応、確認する。


「シグード支部長?」

「そうだよ。他に誰がいるっていうんだい」


 そう言って両手を挙げる男性。

 ……めっちゃ表情がキラキラしてるんですが。

 はだつやがよすぎて、鏡としても使えるんじゃないかと思うくらいである。

 確かに久しぶりに顔を見るが……変わりすぎじゃね?


「がっはっは。驚いただろうイスト。ま、これが本来のボスの姿だ」


 隣でグリフォーさんが豪快に笑っている。


「ようやくここ最近の悪夢から解放されて、ぐっすり眠れた結果なんだとよ」

「ああ、なるほど」


 そういえば、ここしばらく面会できなかった。そうか、今まで眠れなかった分、たっぷり睡眠をとっていたということか。


 シグード支部長が俺の前まで来て、両手を握った。


「ありがとう、イスト氏。改めて礼を言わせてくれ。君がいなければこの街も、そして私も今頃ここにいなかった」

「いえ。俺だけの力ではないです。本当に」

「相変わらずだね。ふーむ。その様子だと、まだは聞いていないようだね」


 あの話?


「いや、そうだな。若者から楽しみを取ってはいけないね。引き留めて悪かった。今日は久々に会って直接礼を言いたかっただけなんだ。さあ早く帰った帰った! 先生が子どもたちを待たせてはいけないよ!」

「は、はあ。それでは失礼します」


 やたらハイテンションなシグード支部長に背中を押され、俺は首を傾げつつ連合会支部を後にした。



◆◇◆



 グリフォーさんの館まで戻ってきた。

 広い庭の片隅にいるレーデリアの元まで行く。


「ただいまレーデリア」

『おかえりなさいマスターァァッ! お待ちしておりましたぁああぁっ!』

「いったいどうした?」

『我が力足らずなばかりにッ。マスターがいつお戻りになるかわからないゴミ箱ですみませんんんッ!』


 ……フィロエたち。俺がなかなか戻らないからってレーデリアに当たるんじゃないよ。

 よしよしと結晶をなでて落ち着かせてから、俺は荷台の中に入った。


「ただいま……ってどわぁっ!?」

『おかえりなさーい!』


 フィロエ、アルモア、ルマ、パルテの4人にいっせいに抱きつかれ、俺はその場で尻餅をついた。

 フィロエやルマはともかく、なぜアルモアやパルテまで?


「いたた……お前たちもどうした。そんな嬉しそうな顔して。わざわざ『早く帰ってこい』って伝言までさせてさ」

「んふふー。実は一刻も早くイストさんにご報告したかったんです。【エルピーダ】の拠点であるこの場所で!」


 フィロエが満面の笑みを浮かべて言う。

 それから4人はおもむろに整列すると「せーの」と息を合わせて手を差し出した。

 皆の手の平には色とりどりの水晶が乗っていた。


「これは冒険者タグ? そ、それにこの色は」


 4人全員が色付き、しかも黄色と紫色が美しく混じり合った『黄紫水晶アメトリン級』の冒険者タグだったのだ。

 ギルド連合会に認められなければ支給されない、実力者中の実力者に与えられるものだ。

 階級で言えばグリフォーさんと並ぶ。

 つまり4人とも個人で豪邸を構えてもおかしくないほどの成功者ということになる。


 俺の驚きを知ってか知らずか、フィロエが上機嫌に言う。


「私たち、晴れて昇級が認められました。これでイストさんと並んでもそんしょくないと思います!」

「遜色ないって……俺はもうただの孤児院経営者だ。冒険者でもギルドマスターでもないんだぞ? むしろ俺の方がお前たちには不釣り合いだよ」


 これは第2、第3のリギンになるのかなあ――とかんがいぶかく天井を見る。

 すると天才少女たちがそろってクスクスと笑い出した。

 ……仲がいいのは結構なんだが。

 いったいなにを企んでるんだ、この子らは。


「実はご報告はもうひとつあるんです」


 フィロエが前に出てきて、懐から小箱を取り出した。

 やたらと装飾が細かい。腕のいい職人がせいこん込めて作り上げたことがすぐにわかる逸品だ。


「どうぞ」

「……?」


 促されるまま小箱を受け取り、中を開ける。

 そこに入っていたのも、冒険者タグの水晶だった。


 しかし――おい、待て。

 あかつきの空に見る太陽のように、半透明な水晶に浮かぶ光点とそこから伸びる6つの筋。

 自然に手に入れることも、人工的に作り出すことも極めて難しい超希少な水晶を使ったこのタグは……!


六星水晶スタークオーツ級……世界に数人しか認められていない最上位の階級じゃないか!」

「ようやく私たちの夢が叶ったんです」


 おい。まさか。

 この冒険者タグは……!


「おめでとうございます! 今日このときから、『伝説の冒険者イスト・リロス』の爆誕です!」

「いやいやいや! 大げさだから! こんな大それたもの、俺にはさわしくないだろ! お前たちもそう思わないか!?」


 全力で、心から叫ぶ。

 果たして天才少女たちの反応は――。


「え? なぜです?」

「魔王を倒したんだから当然の結果じゃないかしら」

「さすがイスト様です! 最強最高の名に相応しい称号ですわ!」

「ま、いいんじゃにゃいの? ……似合ってりゅんだし」


 おい。

 全員が全員、「なんで?」って顔するんじゃないよ。

 俺はだな、いち孤児院の単なる院長であってだなあ!


「イストさん! 私たち、これからもずっと、ずうっとあなたのそばにいますから!」

「イスト!」

「イスト様」

「……イスト」


 ああもう。


「好きにしてくれ……」

「はい! 好きにします!」

「はぁ……」



 こうして。

 ギルド追放というどん底から始まった俺の人生は、ついに伝説の冒険者になってしまうところまで上り詰めたのだった。


 肩書きに書き加えさせてくれないかな。

 不本意だった、って。








(第1部 終わり)



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