84.次の段階


 ギフテッド・スキルが第2段階へ進化――。

 フィロエの心が大きく成長した証だと直感した。


 そして。

 彼女の強さが、黒いもやを打ち払う剣になるはずだ。


「ギフテッド・スキル【覚醒鑑定】」


 フィロエの【運命の雫】に光が染み込んでいく。



【絶対領域】あらゆる攻撃を遮断する広範囲の結界を創り出す。【障壁】進化による追加取得。

穿うがとき】相手の装甲・障壁を無視し、発動と同時にダメージを与える。【閃突】進化による追加取得。

【不滅の士気】範囲内の自軍を鼓舞し、スキル効果を大幅に上昇させる。【槍真術】進化による追加取得。



 まさに聖騎士の名にふさわしいスキルがフィロエの中でいていく。

 同時に彼女の【運命の雫】が強く輝き、黒い靄を追い払う。


『おおお……』

「偽物は立ち去れ。この娘の成長を邪魔するな!」


 はじき出されていく靄に向かって俺は叫んだ。

 エラ・アモでルマに【覚醒鑑定】をかけたときと同じだ。

 あの黒い靄は人間の【運命の雫】にく。

 そして、【覚醒鑑定】は秘められたスキルだけでなく、黒い靄の束縛からも解き放つ。

 これで彼女は自由だ。



《解放条件『第2段階への進化』をクリア。

 これにより、新たなギフテッド・スキル【てんがん】が解放されました。

 対象のあらゆる特徴、本質について天からのメッセージを受け取ることができます》



 俺に新しいギフテッド・スキル、だと?

【天眼】……つまり、いつでも天からのメッセージを聞くことができるということか。

 俺は苦笑した。スキルの内容ではなく、習得のタイミングに。


 ――【覚醒鑑定】を覚えたのも、フィロエを助けたときだったよな。

 まったく。つくづく俺はこの子と縁があるみたいだ。


「フィロエ。大丈夫か」


 靄が完全に消え去り、元の姿を取り戻したフィロエに優しく声をかける。

 返事がない。俺の胸に顔をうずめたまま動かない。

 ぽんぽんと頭を叩く。


「寝たふりしてもダメだぞ」

「えへへ」


 いたずらがバレた子どものようにフィロエが舌を出して俺を見上げた。


「私のこと、全部知ってるんですね。さすがイストさんです」

「それは大げさだぞ」

「私はそう思ってますもん。……ありがとうございます、イストさん。それから……ごめんなさい。迷惑をかけて」

「そうだな」

「うっ……」

「他の人に迷惑かけたこと、これから一緒に謝っていかないとな。家族ってのはそういうもんだろう」

「イストさん……」


 フィロエが瞳をうるませる。


「あの。それで、ですね? あのときの言葉は、もしかしてプロポ――」

「はいそこまで」


 いきなり声がしたので振り返ると、アヴリルに乗った少女たちがこっちを恨めしそうににらんでいた。


「フィロエ。ひとりだけ幸せにひたるのはどうかと思うわ」

「ア、アルモアさん……」

「ずるいですよフィロエ様。私もイスト様の体温を感じていたいのに」

「ル、ルマさん」

「あんた、今がどういう状況かわかってんにょ?」

「パ、パルテさん……」


 仲間たちから順番になじられ、フィロエがたじろぐ。

 俺はフィロエの背中を押した。


「ほら。皆に言うことがあるだろ」


 アヴリルの背に乗ったフィロエは、つっかえながら言う。


「えっと、その。皆さん、心配をかけてすみませんでした……それから、あの……ただいま、です」

「はい、おかえり」


 肩をすくめながらアルモアが言った。

 フィロエはルマに抱きつかれる。パルテに小言を言われながら抱きつかれ、アルモアには頭をなでられている。


 よかった。彼女を取り戻せて。

 もうフィロエは大丈夫だろう。


 俺は街を見下ろした。

 ルマとパルテの合体魔法により、ウィガールースの煤人間はほぼ一掃された。残った奴らもグリフォーさんたち冒険者の手にかかればすぐに片付くはずだ。

 フィロエの【運命の雫】に取り憑いていた靄は完全に消えた。これまで俺が遭遇した中ではもっとも知能があったので、奴が本体と見て間違いないだろう。


 背後を振り返る。

 大地と空との境は、まだ夜の闇に沈んでわからない。

 夜明けにはまだ時間がある。

 シグード支部長が言っていた滅びのリミットにも間に合ったようだ。


「なんとかなったな……」


 そのとき、誰かが俺の袖を引っ張った。

 アヴリルである。


「どうした? 早く戻りたいのか?」

『なんか、変』


 いつもどおり、たどたどしい口調で大精霊が言う。


『なにか、いるよ』


 俺はアルモアたちと顔を見合わせた。

 それから辺りを見回すが、空の様子も、照明魔法に照らされた街の様子も、これといって不穏な気配はなさそうだった。


 だが、アヴリルはいち早くフィロエの異変を感じ取ったことがある。

 無視はできない。


「グリフォーさんと合流して、街を巡回した方がよさそうだな」

「イスト様、それでしたら私をお使いください」


 ルマが進言する。


「イスト様に教えていただいたギフテッド・スキル。私の【全方位超覚】で周辺を探査いたします」


 確か『五感能力を大幅に引き上げるスキル』、だったか。


「わかった。それじゃあ俺も『サンプル』を使って――」

「いいえ。イスト様のお手をわずらわせるわけにはまいりません。ここは私に任せてくださいな」

「姉様……イストのことになると譲らないよね……」


 パルテのつぶやきをさりげなく無視し、ルマは祈りの姿勢を取った。


「まいります。ギフテッド・スキル【全方位超覚】」


 ルマの【運命の雫】がぼんやりと輝く。


「うーん。やはり街の中には怪しいものはなさそ――」

「……ルマ?」


 突然口をつぐんだ白髪はくはつの少女に、俺たちは首を傾げる。

 それまで目をつむっていたルマが、カッとどうもくして立ち上がった。360度、全方位を見渡す。


「イスト様……」

「どうした。なにがあった」

「囲まれて、います」


 照明魔法に照らされた彼女の顔が、見る見る青くなっていく。


「ウィガールースの外、すべての方向から大量の煤人間が押し寄せてきています……! 1000や2000では足りません、大地を埋め尽くすほどの数です……! もしや、国中から集まっているのでは……!」


 なん、だって。


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