68.嵐の確信


 温かな感触が伝わってくる。

 かすかに震える背中から、ルマが泣いているのだとわかった。

 俺は黙って彼女の頭をなでる。


 元は純白だった髪に汚れがこびりついている。

 昨日、今日とルマが耐えてきたであろう辛さを思うと、ただ好きなようにさせておくべきだと思った。


 そのとき、妹がルマの手を握り、俺から姉を引っ張った。

 妹の視線が俺に向けられる。

 友好的ではない。

 けれど、昨日会ったときのようなてきがいしんしにしたものでもなかった。姉を引き寄せるときも、どことなく遠慮があった。


 双子は、かなりしょうすいしている。


「言わないから」


 ふと、妹の方がつぶやく。


「あたしは、まだあんたを認めたわけじゃないから。名乗らないから。名前なんて」

「パルテ。だめよ、そんなけんか腰では」


 ルマが妹をさとす。妹は不満そうに視線をそらす。姉の手をぎゅっと握る。

 いじらしいと思った。


「うおおおっ……!」


 後ろでだんを踏む音がする。リギンだ。


「くっそお、さすが先生! だが俺も負けていられないぜ!」


 さすがってどういう意味?

 振り返ると、買ったばかりの服を噛みながらリギンが天井に向かってなげいている。隣ではうっすら笑いながらティララが兄貴分の背中を叩いている。


「落ち着きなさいっての。イスト先生が相手じゃ、あんたが逆立ちしたって無理なんだから」

「にゃにおう! そんなの万が一でもやってみなきゃわかんねえじゃねえか」

「あんたでも『万が一』って言葉を使うのね。まあせいぜい頑張りなよー」


 ぷーくすくす――と口で言いながらティララがあおる。


 まあ、その。

 ふたりとも元気そうで先生とっても複雑だよ。


 気持ちを切り換え、俺は双子姉妹にたずねた。


「ところで、どうして君たちが探索者レンジャー試験を?」 


 涙をぬぐったルマが妹と顔を合わせる。


「私たち、冒険者になりたいのです。そして、この試験に合格することが冒険者への近道になるとうかがいました」

「けどここの受付、あたしたちが怪しいからって試験を受けさせてくれないの」


 妹が吐き捨てる。

 受付に目をやると、女性職員が肩をすくめていた。


 詳しく聞くと、どうやら名前を書くのも――主に妹の方が――渋るし、身分を証明するものはなにも持っていないし、なによりろくな装備をせずのまま試験を受けようとするので、冷やかしだと判断したらしい。


「なるほど」


 あらためて姉妹を見る。

 じっと俺のことを見つめ返す姉のルマ。

 姉から片時も離れず、全身から緊張感をみなぎらせる妹。

 ふたりに共通していたのは、強い意志を感じさせる瞳の輝きだった。

 ウィガールースでリギンが見せた表情と重なる。


 ――ふたりの覚悟は、本物だ。

 双子姉妹は本気で冒険者になろうとしているのだと、俺は確信した。

 あとは彼女たちに、願いを叶えるだけの力があれば――。


 そのとき、俺は双子姉妹の耳飾り――【運命の雫フェイトドロップ】の異変に気付いた。

 よく見ると、かすかだがふたりとも【運命の雫】にヒビが入っている。

 もしかしたら、彼女らに記憶がないことと関係しているのだろうか。

【覚醒鑑定】の『モニタリング』の力でふたりの適・不適を確認しようにも、【運命の雫】があの状態ではむやみに使わないほうがいいかもしれない。


 たとえ【覚醒鑑定】を使わなかったとしても。

 ルマたちの意志は、んであげたいと俺は思った。


「あのね、用がないならさっさと帰ってもらえないかしら。見ての通り、後がつかえているの」


 双子姉妹に向け、迷惑そうに受付職員が言う。

 俺は無言で、懐から冒険者タグを取り出した。

 黄色に輝く水晶に、受付職員だけでなく周りの受験者もざわめいた。


「ウィガールースの黄水晶シトリン級冒険者、イスト・リロスです。このふたりは私の知人。私が後見となりますので、どうか彼女たちの受験を認めてもらってはいただけませんか」

「ウィガールースのイスト……あっ、もしかしてミニーゲルを救った英雄の……!?」


 英雄じゃないです、と伝えたかったが、話がややこしくなりそうなので我慢した。

 さすがにギルド連合会支部なだけあって、せいよりも情報に詳しい。


 職員はいったん奥へ引っ込み、すぐにまた出てきた。


「確認しました。問題ありませんので、こちらの書類に記載をお願いします。あ、ただし署名はご本人で。試験参加の意思確認も兼ねておりますので」


 態度をなんさせた職員の手から、登録用紙を受け取る。

 姉のルマはその場でサラリと署名し終えた。妹の方はペンを握ったまま固まっている。


「ほら。パルテ」


 姉が優しくうながすと、渋々ながら妹は『パルテ』の名を登録用紙に記載した。


 用紙を受付職員に返しながら、俺は双子姉妹の育ちのよさを感じていた。

 字が綺麗でクセがない。なにより、記憶喪失にもかかわらず文字自体はきちんと書けている。

 身体に染みついた習慣は忘れないということか。


 続いて俺とリギンも登録用紙に署名し終え、これであとは本番を迎えるのみとなる。


「なあ先生」


 リギンが小声で言った。


「あの子たち、行くとこないんだったら俺たちンとこに来てもらえないかなあ?」

「もっと仲良くなりたいか?」

「うん。ダメっすか?」

「いいや。俺も同じことを思っていたんだ」


 リギンの頭を乱暴になでる。

 そして双子姉妹に向き直る。


「ふたりとも。もしよかったら、試験本番まで俺たちの拠点にくるかい?」

「え?」

「さいわい、スペースも蓄えも余裕がある。もちろん無理強いはしないが、きてくれるなら俺も嬉しい」

「はい。はい! もちろんです! ありがとうございます!」


 勢い込んでうなずくなり、腕に抱きつくルマ。


「まあ、姉様がいいならあたしは別に、それで」


 そう言って姉の腕に自分の腕をからませる妹。

 後ろではリギンがガッツポーズを決める。

 そしてその隣では――。


「これは嵐の予感」


 ティララが腕を組みながらうなっていた。


「イスト先生。私も別に反対しないけどさ、フィロエ姉さんやアルモアさんの説得はどうすんの?」

「いきなり人が増えると言われたら確かに騒ぎになりそうだが……ま、骨が折れるけど説得してみるさ」

「ふーん」


 双子姉妹の手前、できるだけ前向きに聞こえるように答えたし、なにもおかしなことは言っていないはず。

 なのに。


「嵐の予感。いえ、確信ね」


 わざわざティララは言い直した。

 なぜ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る