65.双子姉妹の行方


「いやあ旦那。助かりましたぜ。とりあえず商品が戻ってきただけでも儲けモンですからな」

「早めにお返しできてよかったです」


 俺は果物店の主から感謝されていた。


 ――あの双子姉妹を見失って間もなく、俺は果物店の主とばったり出くわした。

 彼は盗みに気付いて犯人をさがし回っていたらしい。

 最初は俺のことを疑っていたけれど、事情を話すとわりとすんなり信じてくれた。

 どうやら、俺が色付き冒険者だとわかって信用してくれたようだ。


 肩書きがここまで効果的とは。ミニーゲルで出会ったあの色付き冒険者が自信にあふれていた理由、なんとなくわかった。


 盗品の状態を詳しくチェックする店主に、俺は声をかける。


「そういえば、盗みの犯人に心当たりはありませんか。どこに行ったのか、とか」

「いやあ、それがサッパリでさ。チラッと白い髪が見えたんスが、なにせ足が速い速い。あっという間に見失ったって有様でさ。ありゃ名のある盗賊かなんかっスかねえ」


 どこに行ったのかかいもく見当もつきません――と店主は肩をすくめた。

 やはり彼女らの行方は分からずじまいか……。


 店主に別れを告げ、きびすを返したときだった。


「あれ。イスト先生じゃん」


 聞き慣れた声に振り返る。

 ティララ、アルモア、そしてリギン。【エルピーダ】の3人が手に袋を持って立っていた。


「どうしたんだ、お前たち」

「見ての通り、買い出しだよ」


 ティララが答える。


「食料品が心許なくなってきたから。やっぱり先生だけに全部任せるのはいけないと思って、皆で話し合って決めたの」


 そうか。相変わらずウチの子はよくできる。いい子だ。


「それと、アルモアさんからのごほうね。なんでも好きなものを買っていいよって言ってくれたの」

「ちょっとティララ! それはイストには言わない約束……!」

「えー、いいじゃないですか。7日間も戦闘訓練を頑張ったご褒美だって、アルモアさんが言ってたでしょ。全然悪いことじゃないし、いまさら先生にバレたからってなにを恥ずかしがることがあるんですか」

「それは、そうだけど」


 アヴリルを胸元に抱くアルモア。力が強かったのか契約精霊が『こふっ』と鳴いた。

 俺は笑った。


「やっぱり、なんだかんだ言いつつアルモアは家族思いだなあ」

「あああ……。そういうことを素で言われるから黙ってて欲しかったのに」


 背を向ける銀髪少女。一方、彼女の態度にティララは納得していない様子だった。


「イスト先生へ絶好のアピールチャンスなのに。わっかんないなあ」


 頬を膨らませて言う。

 いったいなにを期待していたのかなキミは。

 今のセリフ、フィロエが聞いてたらまた騒ぎになっていたぞ。

 ちなみにフィロエは留守番になったのか、ここにいなかった。不幸中の幸いである。


 ティララが俺を見る。


「ところでイスト先生、ギルド連合会に行ってたんじゃなかったっけ。もう終わったの?」

「いや、ちょっとな。少し寄り道をすることに――」


 言いかけ、俺は目をしばたたかせた。

 約1名、明らかに様子のおかしい子がいたのだ。


「はあ……。ふぅ……。はーぁ……。」


 リギンが、さっきからため息を連続で吐いている。普段の様子からは想像もできないほど、うれいを帯びた表情である。


「なにがあったんだ?」

「ああ、アレリギンのこと? ちょっとしたこいわずらいよ」

「恋わず……は!?」


 予想の斜め上の回答。ティララは肩をすくめる。


「買い出しの途中でね、すっごいれいな人とすれ違ったのよ。で、どうやらリギンの奴、その人にひとれしちゃったみたいで」

「な、なんとまあ」

「おかげでずっとあんな感じ。心ここにあらずってね。まあ、一番ウルサイのが静かになってくれたのはよかったけど。心おきなく買い物できるし」


 うーんキツい一言だ。

 けど確かに、ため息をつく以外はずっと静かだ。瞳もどこか遠くを見つめている。


 ふと、なんの気なしにティララに聞いてみた。


「ちなみにいもうとぶんとしてはどう思う? 兄貴分の恋愛。やっぱり寂しかったりするのか?」

「は? 私が妹分? 寂しい? 冗談でしょ」


 しんらつ


「別にリギンが誰と恋愛しようが好きにしたらいいじゃない。私としては、すぐそこまで迫った探索者レンジャー試験であいつがポカしなきゃそれでじゅーぶん。そうでないと、わざわざスキルまで使ってサポートした意味がないじゃん」

「もうちょっと兄貴に優しくしてあげような」

「家族なんだから、変に気を遣う必要はないわよ」


 それはもっともなのだが。リギンへの容赦ない評価もティララなりの親愛の表れなのだろう。


「それで、リギンが惚れたっていうのはどんな子だったんだ?」

「うーん。まずひとりじゃなくてんだけどね」

「……?」

「双子なのかな。そっくりな見た目。アルモアさんよりも真っ白な髪で、肌の色も違ったから、たぶん別の国の人なんじゃないかな」


 それって。

 人差し指をあごに当て、双子の人相を思い出しながら語るティララ。さすが【記憶整理】のスキルを持つ少女の説明は正確で、漏れがなかった。

 間違いない。ルマとパルテだ。あの双子姉妹だ。


「その子たちがどこにいったかわかるか?」

「さあ。慌てた様子ですぐに路地に入っていっちゃったから。なに? 先生、気になるの?」


 ティララの質問に答えず、俺は通りを見た。


 人がたくさん行き交っている。

 活気の塊のようなこの光景は、あの双子姉妹の目にはどんな風に映ったのだろう。

 自分が何者なのかさえ忘れてしまった彼女たちは、この人のうねりを避けて、今、どこに――。


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