64.ふたりの名前はルマとパルテ
ショートカットの少女は
一方の姉の方は、相変わらず俺を見続けたままだ。視線が、俺の頬の辺りから
俺は両手をゆっくりとあげた。自分に害意がないと示すためだ。
「驚かせてしまって悪い。俺はイスト・リロス。冒険者ギルドのギルドマスターをしている」
孤児院の院長よりも自然だと思ったからだ。
「人さらいとか、そういうんじゃない。
「
「まあ、この状況じゃあ信じてもらえないのも無理はないが」
妹の言葉にうなずく。
こんな裏路地をたまたま歩いていました。そこでたまたまお姉さんを見つけました――っていうこの状況、確かに疑念を持たれてもしかたない。
「ただ君たちが気になったのは本当だ。ふたりとも、地元の人間じゃないみたいだし。どうしてこんなところにいるのかなって」
すると妹の方が足を止めた。視線を外し、眉間に深い
「……そんなの、
「え?」
キッとにらまれた。
お前と話すことはないと言わんばかりの表情だった。
世間話でもできればいいのだが……。それでなんとか気持ちを落ち着かせて欲しいと思う。
この放っておけない感じ。以前にも覚えがある。
「なあ。君たちの名前、教えてくれないか」
しかし、ふたりは答えない。
姉の隣までたどり着いた妹は、俺から家族を守るように立ち塞がる。
そこまでして警戒する理由って、なんだろう。
「なにか困っているなら、力になる。これもなにかの縁だ」
「嘘をつくな」
「俺は君たちを放っておけない。これは本心だ」
視線に力を込めて言う。
少しでも、俺の本気が伝わったのか。
妹の眉がわずかだが困惑したように下がった。
緊張で固くなっている妹の肩に、スッと姉が手を乗せた。
ポニーテールの毛先が、小首を
「ここはどこなのでしょう」
柔らかく、おっとりした声だった。
妹が綺麗なガラスコップを爪で打つような声なら、姉の方はふわふわの綿毛を両手で包み込むような声だ。
初めて向こうから声をかけてきてくれた。俺はできるだけ刺激しないよう、ゆっくりと丁寧に答えた。
「ここはエラ・アモという街だよ。もし路地で迷っているなら、目抜き通りまでなら案内できる」
「エラ……アモ……」
「
「レンジャー、試験……」
姉はゆっくりと首を横に振った。
「おそらく、違うと思いますわ」
少し
「おそらく、とは?」
「私たち姉妹はなにもわからないのです。ここがどこなのかも、どうして私たちがこの場所にいるのかも。そして」
姉は
「自分たちの名前すらも」
「姉様。ダメ」
抱きしめられたまま、妹が小声で言った。
「きっとここは危険なの。誰も信じたらいけないの。姉様はあたしが守るから。だからこれ以上、あの男に話しかけないで」
「ありがとう。でも大丈夫」
涙目になりながら姉を見上げる妹。
姉は俺を見て、ふわりと笑った。
「この人は信じられる。私はそう思うのです」
「姉様。けど。けど……っ」
瓜二つの少女が寄り添っている。
建物から差し込む陽光に照らされている。
自分がどこから来たのかも、どんな人間かもわからないまま、唯一、お互いの血の絆を頼りにここにいるのだ。
やはり、あのときと同じだなと俺は思った。
リマニの森で。聖なる滝に打たれながら孤独に震えていたレーデリアと同じだ。
あのとき手を差し伸べたことを、俺はまったく後悔していない。
なら、今度も。
「ルマ」
姉を手で示す。
「パルテ」
妹を手で示す。
「古い言葉で『光がもたらす景色』って意味だ。もしふたりがよければ、そう呼ばせて欲しい。君たちの本当の名前がわかるまで」
静かな時間がやってきた。
姉も、妹も、俺を見たまま固まっている。
最初に応えてくれたのは、姉の方だった。
「私は、ルマ。本当に、よい名前……ありがとうございます。イスト様。ようやく私、生き返った気がしますわ」
姉――ルマは満開の花のような笑顔を見せてくれた。目尻から涙をあふれさせる。まるで
「ほら、パルテ。あなたも」
ルマの優しい言葉かけに、妹は応えなかった。ルマの胸に顔を
そして妹は――姉を抱きかかえた。
「それでもっ! 他の人間を信じてはダメッ!」
叫ぶなり、ルマをかかえたまま走り去ってしまった。
後を追ったが、彼女の足は速く、すぐに見失ってしまう。
人ひとりをかかえて、なんて
あとに残された袋には、雑多な種類の食べ物がみっしりと詰め込まれていた。
よほど慌てていたのか、いくつかの果物は形が崩れてしまっている。
「おそらく盗品……あの子たち」
俺は袋を背負い、路地を歩き出した。
このままにしてはおけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます