30.杖の少女とフィロエの成長


 ――俺は後ろを振り返った。

 フィロエが隣で首をかしげる。


「どうしたんですかイストさん」

「いや、どこからか声がしたような気がするんだが……気のせいだったみたいだ」

「それならいいですけど。あっ、レーデリアちゃん。もうそんなにムリしなくていいんだよ?」

『うー……うぅうー……!』


 俺たちの前でレーデリアの結晶がしきりにまたたいている。


『うぅーっ! ずみまぜんマスタァー……やっぱり我にはよくわかりませんんんっ! ああーっこのゴミ箱ぉー!』


 もしレーデリアに人間の身体があったなら、地面に膝をついて頭をかきむしっているんじゃないか。

 その姿、すごく想像できる。


 彼女がこれほど悩んでいるのは、これまでしっかりととらえていたはずの気配がここにきてうまく感じ取れなくなったから、らしい。

 落ち着け、と俺は言った。


「とりあえず目的地には着いたんだ。次のことを考えよう」


 そう。

 俺たちはついに、誘拐犯の本拠地とおぼしき砦にたどりついたのだ。


 正門につづく砂利道じゃりみち以外は沼で囲まれている。

 砦の入口まで約200メートル。目をらせば人の姿も見えそうな距離である。

 いにしえようがいほう彿ふつとさせる大きな古砦こさいだ。高い壁に鉄の大扉、砦の奥にはせんとうもある。

 外から眺める限り、見張りの姿はなさそうだ。


 それにしても。

 大勢の子どもたちをかんきんしておくのだからそれなりの拠点があると予想していたが、まさかこんなにも立派な砦をじろにしているとはね。


「うわあ、すごーい! おっきー!」

「あっ、コラお前たち!」


 はしゃいだ声に振り返ると、いつの間にか子どもたちが数人、レーデリアの中から出てきていた。

 興味本位で暴走しそうなリギンを先頭に、ステイやミティまでもが興味深げに砦を見ている。


 ミテラが連れ戻しに出てこないところを見ると、彼女は彼女で孤児院内の子どもたちをなだめているのかもしれない。

 俺は眉根をつり上げ、叱った。


「ここは危ないと言っただろう。約束を忘れたのか? 中に入っていなさい」

「えー、だってもう退屈で死にそうだし」


 リギンが口をとがらせる。

 まあお前ならいつかそう言うと思ってたよ。

 他の子どもたちまで一緒に引っ張り出してくるとは思わなかったが。


「あのな」と俺が言葉を重ねようとしたとき、おもむろにフィロエがリギンの前に立った。

 そしてあろうことか、エネステアの槍をこのお調子者の前に突きつけたのだ。


「大人しく中に入りなさい。イストさんが注意してるでしょ」

「なんだよもー。フィロエばっかりズル――」

「いいから、も・ど・れ」


 すごむ。言うことをきかないとどうなるかわかるな?――と目が言っている。


 リギンは即座に観念して、両手を挙げた状態でレーデリアの中に引っ込んでいった。


 ……槍と盾を手に入れてから、すっかり精神的にもたくましくなっちゃって。

 いやまあ、リギンの日頃の行いもあるだろうが。


 緊張感をみなぎらせているためか、リギンを追い立てたフィロエの顔付きはまさに衛兵のそれだ。

 事情を知らない第三者が見れば、まるで彼女のほうが馬車に人質を押し込む悪者のように映るかもしれないな……。


 ちなみに、こういうヤバイ空気に敏感なステイは叱られる前にじょさいなく引っ込んでいた。


 残るは、小動物のようにクンクンと空気の匂いをかいでいる最年少のミティ。

 俺は彼女を後ろから抱え上げた。


「さ、ミティも戻るんだ」

「やーぁ」


 控えめに抵抗するミティ。

 このところずっと孤児院の建物内ですごしていたから、うっぷんがたまっているのはわかる。


「ぜんぶ終わったら、ちゃんと遊ぶから。外で思いっきりな」

「ぶう」


 頬を膨らませつつもようやく大人しくなってくれた。

 レーデリアの中から顔をのぞかせたミテラに、ミティをたくす。


「ミテラ。ここからが本番だ。子どもたちのこと頼む」

「わかってる。あなたたちも無理しないでね。イスト君。フィロエ」


 うなずく。

 フィロエを除く子どもたちが全員レーデリアの中に戻ったのを見て、ふぅと大きく息を吐く。

 さて、ここからどうやって砦の中に侵入し、子どもたちを救うか。

 思案をめぐらせながら砦を振り返る。


 ――3メートル先、矢のように飛びかかってくる人影があった。


「イストさん危ない!」


 間一髪だった。


 フィロエが間に入り、暁の盾で襲撃者の武器をはじく。

 きぃいいんと甲高い音がした。


 襲撃者は空中でクルリと体勢を変えると、軽やかに地面へ着地した。

 ほとんど音がない。なんてしなやかな動きだ。


 襲撃者は小柄だった。

 軽くウェーブした銀色の長い髪。背丈は俺より頭ふたつ分ほど小さい。女の子だ。

 10歳?

 いや12歳くらいか。


 自身の背丈ほどある杖を構えている。どうっていた。

 なぜこんな子がこの場所に。


「ひゅッ!」


 短く

 低い姿勢から少女がフィロエに突進していく。


 瞳には明らかな敵意と怒り。

 無駄のない動きで杖を振りかぶる。

 じょうじゅつ使いか――!

 後衛も積極的にモンスターに打撃を加えることが珍しくなくなった最近、スキルで魔法が使える人間もを修める機会が増えた。


 杖を使った近接戦闘術――それが杖術だ。


 まずい。相手は戦う術を心得ている!


「フィロエ、気をつけろ!」


 鋭く警告する。


 フィロエは恐れない。ちょっとやそっとの相手では、フィロエ・アルビィはひるまない。


 振り上げられた杖の一撃を、今度は槍の柄で受けるフィロエ。

 一撃、二撃と連続で続く攻防。


 フィロエは相手の攻撃を俺の予想以上に冷静にさばいていた。


 こんな状況ながら、驚く。

 いつのまにフィロエはこれほど強くなっていたのだろう。


 そして気付く。

 フィロエは少女と戦いながら、相手の動きを真似まねている。

 なんてこった。戦いながら相手から吸収しているのか。


 相手の少女の表情に若干の焦りがにじみはじめる。

 だが瞳の中の闘志はまったくおとろえていない。


 このまま続けさせてはいけない。なんとかして止めなければ……!


 直後、別の気配の接近に気付く。

 樹々の陰から、大人の胸ほど体高があるオオカミがゆうぜんと歩いてきた。

 その目はただの獣にはない理知的な光が宿っている。無論、モンスターでもない。


 オオカミは迷うことなく少女に近づいていく。

 俺も腹を決めた。


 エネステアの槍を振りかぶるフィロエの前に、身をさらす。


「やめるんだフィロエ!」

『ガウッ!』


 互いの味方に、俺とオオカミは同時に声を上げた。


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