29.【ざまぁ回!】虚勢と内輪揉めの末路


 その日はミニーゲルで一泊し、翌朝にあらためて探索を開始することにした。

 レーデリアの内部は比較的安全とは言え、誘拐犯がうろつく中を子ども連れで野営するリスクは犯せない。


 そして翌日。

 薄い霧の立ちこめる中、俺たちはドミルドさんの見送りを受け、ミニーゲルを出発する。


「お前が頼りだぞ。レーデリア」

『あわわ……我のようなゴミ箱にそんな効果を認めてもよいのでしょうか……』


 例によってネガティブ全開のレーデリア。

 だが探知能力は確かだった。

 わずかな気配を察知し、それをたどって道を進む。

 獣道を抜け、樹々の間をい、乾いた岩場を越えていく。

 レーデリアの耐久力があれば多少の悪路は問題にならないが、できればあまり目立つことは避けたかったので、慎重に鉄馬車を進めていく。


 いつの間にか朝霧はすっかり晴れていた。


 御者台には俺とフィロエが座り、油断なく辺りを監視する。

 子どもたちは中でじっと待機。

 外での食事もナシだ。

 我慢をさせているが、仕方ない。


 進むことおよそ2時間。

 レーデリアがとらえた気配は次第に強くなってきた。


 そんなときだ。前方にひょっこりと人が現れた。

 俺も、相手も、互いに「あ……」と声をもらす。


 そう、現れたのはミニーゲルの街で俺たちを小馬鹿にしていた、あの冒険者たちだったのだ。


 フィロエが警戒心をしにする。

 俺は昨日のせいよりも、今の彼らの有様が気になった。


「あんたたち。どうしたんだ、その格好」


 ボロボロなのである。

 ほうほうていで逃げ出してきたという感じだ。


 危険を連想して顔がこわばる俺をよそに、彼らはあからさまに舌打ちし、挑発的な視線を向けてきた。


「ふん。ご立派な馬車でのんびりピクニック気分とは、さすがタグなしはやることが違うな」

「今はそんな息巻いてる場合じゃないだろう」


 あまりに安い挑発に呆れていると、フィロエが身を乗り出して噛みついた。


「そちらこそ、ボロボロじゃないですか。なにがあったのか知りませんが、もしどうしてもと言うなら乗せてあげなくもないですよ」


 おいこら。

 いくら腹が立ったからと言って、挑発をやり返すんじゃない。ややこしくなるだろうが。


 案の定、冒険者たちは青筋を浮かべた。


「あんだと、このガキ!」


 フィロエは「ふふん」と鼻を鳴らす。相変わらず豪胆な性格だ。


「ほらほら。ここは座り心地がいいですよ? 『ごめんなさい』はまだですか?」

「フィロエ。そのくらいにしておけ」


 ぶーたれる頬をつねりながら、俺は冒険者たちにたずねた。


「目的は同じなんだ。もし襲撃があったのなら、俺たちもその情報を知っておきたい。なにがあったんだ」

「はっ! 貴様のような中途半端な野郎に心配されるいわれはないわ!」


 ……よく吠える男だなあ。

 だがやはり傷が痛むのか、きょせいは長く続かなかった。


「そう、ちょっと油断しただけだ。あんなゴロツキども、俺たちが万全であればかんなきまでに叩き潰してやったところを」

「ゴロツキ?」

「この先に沼に囲まれた古い砦がある。どこから流れてきたか知らんが、みすぼらしい男どもが大勢たむろしていやがった。まあ、そこそこ腕が立つ連中ではあったようだが」

「それってもしかして、子どもたちを誘拐した犯人グループなんじゃ……!」

「知るか! 俺たちはな、冒険者失踪というもっと大きな事件を解決するためにここにいるんだ。田舎のガキどもを探すなんてまつな出来事、俺たちの知ったことではない! 俺たちが解決すべき事件じゃないんだ、まったくくだらない!」


 言ってくれるじゃないか。


 顔をゆがめた俺を満足気に見上げながら、黄水晶シトリン級の冒険者は言った。


「まあ、お前らのような冒険者崩れにはちょうどいい仕事だろうな。気になるならお前が行って助けてみればいい。きっと無様な姿をさらすだけだろうがな。せいぜい頑張れよ。はっはっは!」


 高笑いをしつつ、足を引きずりながら去って行く冒険者たち。

 まったくサマにならない。巨大な自尊心はある意味たいしたものだが。


 ま、そんなことはどうでもいい。

 重要な情報が手に入った。


 この先に、誘拐犯と思われる連中のアジトがある。


「レーデリアの感覚はやはり正しかった。子どもたちはこの先だ。気を引き締めていくぞ」

「はい」

『ふぁい! あふ……マスターに褒められてしまった。ハッ、もしや明日は究極の嵐……!?』

「次に褒めてもらうのは私だからねレーデリアちゃん」


 そこ。張り合うんじゃない。



◆◇◆



「あぁクソッ。ちくしょう! あいつらムカつく!」

「うっさいなあ。もとはと言えばあんたが突っ走ったからこんな情けないことになってるんだろ」

「あんだと。もう一回言ってみろ!」


 イストたちと別れた後――。


 戦略的撤退てったいという名の逃走を続けていた黄水晶シトリン級冒険者たちは、うちめを起こしていた。

 その場にいた全員が、自分以外の誰かに今回の失態の責任を押しつけあっている。

 しまいには剣を抜いていっしょくそくはつの状態になる。


 そのとき――。


「あん?」


 ひとりが草葉の揺れに気付いた。

 残りのメンバーも眉をひそめる。


「なんだ?」

「やけに静かに――」


 直後だった。

 物陰から巨大な『口』が冒険者に襲いかかる。


「へ?」


 背後を取られたのは、大声でイストをけなしていたあの男。

 彼は一歩も動けないまま、謎の口に喰われる。


「うわああっ!? なんだ、なんだ!?」


 暗転する視界、どんどん下に落ちる感覚。

 3階ほどの高さはあっただろう。固い床に身体を叩きつけられて、冒険者は脂汗を浮かべてうめく。


 悪態をつきながら顔を上げると、そこは奇妙な空間だった。

 出入口の扉も継ぎ目も見当たらない四角い部屋。床も壁もツルツルだ。薄暗く、肌寒い。


「なんだ……ここは……?」


 ひとりということもあって途端にづく冒険者。


 反応は言葉以外で返ってきた。

 床から壁から、槍のように尖った硬質な棒が何本も生えてきたのだ。


「ちっ、やはり罠か。だがこの程度――?」


 冒険者は首をかしげる。


 下半身が動かない。

 それどころか感覚がまったくないことに、今になって気づく。


 恐る恐る振り返る。


 床から突き出た別の突起に両足が貫かれていた。


 突起の表面からは得体の知れない銀色の液がしみ出し、冒険者の傷口をおおっていた。

 これが痛覚を麻痺させているのだと知る。

 足がまったく動かないことを考えると、ダメージは見た目以上に深刻だと彼は直感した。


 これは――危険だ。やばい。やばい。ヤバイ!


 悟る。焦る。身体に力を入れる。

 しかし、どうしようもない。首から下が人形になったみたいだった。


 動けなくなった時点で、すでに手遅れ。

 そのことを彼はようやく理解した。


 見てわかるほどに青白くなる黄水晶シトリン級冒険者。歯の根が鳴る。指先が震える。

 その姿を「ざまだ」とわらう者すらいない状況が、冒険者の平常心をじんに打ち砕いた。


 突起が触手のように迫ってくる。

 まるで肉に向かってナイフとフォークを近づけるように。


「やめて」


 突起の先端が冒険者の腕に刺さる。皮膚を裂く。血が吹き出る。肉が左右にバラされる。

 なのに痛みがない。


 恐怖は倍、倍、倍と増える。


 脳を満たす。


 あっという間に臨界点を超える。


「やめろ。やめて。やめてくぎゃああああっ!!」


 四角く冷たい空間に、冒険者の悲鳴が長々とこだました。


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