第2章 覚醒鑑定が照らす精霊術師の道 銀髪少女アルモアに愛される

26.因果応報が示す不穏な未来


 ひととおり買い物をすませグリフォーさんの館に戻ると、案の定、レーデリアがいじけていた。

 先に戻っていた子どもたちの言葉も、あまり効果なかったようだ。

 彼女は敷地の隅っこでシクシク泣いていたのだが、車体も馬もぐにゃりと曲がってうずくまっていたためかなりシュールな光景だった。


 知らない人が見たら絶対叫ぶぞ、あれ。


 実際、俺たちがいない間に屋敷では騒ぎになっていたらしい。

 ごめんなさい。


『我なんて……我なんて……。このゴミ箱に相応しいゴミを入れてください……いやいっそゴミとして廃棄を……!』

「よしよし。ごめんごめん。今日は一緒に寝ような?」

『マズダァァー……!』


 ――そして翌日。


 なんとか機嫌を直して元の姿になったレーデリアを従え、俺はグリフォーさんとあいたいしていた。


「お世話になりました」


 頭を下げる。

 シグード支部長の依頼を果たしに行くため、ウィガールースをつのだ。


 グリフォーさんは笑いながら俺の肩をバンバンと叩いた。


「なに言ってやがる。依頼に片が付いたら、またここに戻ってこい。こんじょうの別れみたいな挨拶はやめろ」

「ですが」

「ワシがいいと言ってるんだ。子どもたちのためにも、人の厚意はしっかりと受けておくべきだぜ」


 俺が答えに詰まると、グリフォーさんはたたみかけた。


「お前がやりたいことはなんだ。大切にすべきことはなんだ。ん?」


 肩の力を抜く。俺は言い直した。


「それでは遠慮なく、ご厄介になります。こっちに帰ったときには、またおもしろいやげばなしでも」

「いいね。そのときは酒でもみ交わそうぞ」


 拳を突き合わせる。


 そして俺たちはウィガールースを発った。

 向かうのはミニーゲルという街である。


 道中のレーデリアの中はにぎやかだった。

 新しいエルピーダ孤児院には、ナーグら子どもたちの姿がある。

 いろいろと悩み、グリフォーさんやミテラとも相談した結果、子どもたちを一緒に連れて行くことにした。

 彼らの将来のため、少しでも経験を積みけんぶんを広めるべき――そういう結論になったのだ。


 その代わり、子どもたちは必ず護る。


 せっかく安心できる環境を得たのだ。

 また路頭に迷わせることだけは絶対にさせない。させてはいけない。

 商店街でのひとときをとおして、俺は子どもたちのことをさらに身近に感じていた。

 もはや家族も同然だ。


「もちろんお前もな。レーデリア」

『ふええ!? な、なにごとですか!? なにごとですか!? 失態ですか謹慎ですか処分ですか!?』

「落ち着けって。お前も家族だよって言ったんだ」


 突然話を振ったのが悪かった。ガクブルするレーデリア結晶。

 まあ、もはや見慣れた光景である。

 結晶の表面をなでてやると、少しずつ震えが収まっていく。これも、いつもどおりだ。


 うれしそうにまたたいていたレーデリアが、ふと真剣な声で告げた。


『マスター。ご報告です』

「どうした?」

『この先で妙な気配がします』


 俺は表情を引き締めた。


『大地の鯨』の一件以来、俺はレーデリアの探知能力に信頼を置くようにしている。

 彼女にしかわからない脅威が再び迫っているのかもしれない。


「詳細は?」

『申し訳ありません。まだぼんやりとしていて……。距離が近づけばもっとはっきりしたことがわかるかもしれません。ご警戒を』


 俺はうなずいた。


 この先はミニーゲルの街。やはりなにかあるのか。

 簡単に聞き込みをして終了――というわけにはいかないようだ。


「なにかわかったらすぐに教えてくれ」

『はい』


 俺は御者台から周囲に目を光らせる。

 大規模な掃討作戦が一段落したためか、以前よりも行き交う人の姿は増えていた。

 怪しいものは見当たらない。何事もなく鉄馬車は進んだ。


 お昼時になり、いったんレーデリアを止め、青空の下で大皿を囲む。


 努力の甲斐かいあって、孤児院で炊事洗濯のできる環境が整い、旅の途中でもできたての食事にありつけるようになった。

 ありがたい。


 調理は主にグロッザの担当。

 料理人志望で有用スキル持ちなだけあって、味も見た目もバッチリだ。


 皆で談笑している間も、俺は周囲への警戒はおこたらない。レーデリアの情報を伝えていたミテラも同様だ。


 そしてフィロエも。


 直接話してはいなかったが、俺の雰囲気から察したのだろう。手に入れたばかりの盾を食事中も手放さずにいた。


 ちなみに、あの盾は『あかつきの盾』と名付けた。彼女の明るい未来を願っての命名。


 ――いくらなんでもキラキラピカーンは、ナイ。


 1日目は無事に過ぎる。

 2日目。


『マスター』


 レーデリアが緊張した声を出した。

 俺は御者台で報告を聞く。


『この先、モンスターの気配を感じます』

「数は」

『多いです……が、これは。どうやら生きている個体はいないようです。でもどうしてこんなに強く感じるのだろう……』


 レーデリア自身が自分の感覚に疑問を持っている。

 ただ事じゃないな。


 しばらく進むと、街道に沿うように地面がえぐれているのを発見した。

 まるで巨大な蛇がのたうったようだ。


 襲撃を警戒しながら、えぐられた地面の様子を慎重にうかがう。

 谷底のようになった場所に、20体を超えるモンスターのがいが転がっていた。

 何か硬いもので殴り倒されたような個体もあれば、胴体に大きな穴があいている個体もある。


 大地の鯨……とは違うな。誰がやったのだろう。

 もしかしたら、ミニーゲルの冒険者失踪事件と関係が?

 そうだとしたら、かなり厄介だぞ。


 情報を得ようとゆっくりと視線をめぐらせる。


「うっ……」


『それ』を見つけた俺は、思わず口を押さえた。


 モンスターの死骸が集まっている場所に、人の身体の一部と思われる遺体があったのだ。

 周囲は血の海。すでに乾ききった後だ。


 そこに、見覚えのある装飾品を見つける。

 遠目だが、間違いない。

 あの男が身につけていた盗品だ。


「ガビー……」


 こんなところにいたのか……。


 状況からして、逃げる途中であやまって転落して、そのままモンスターのじきになったというところか。


 哀れだ……。

 だが、いんおうほうと言うしかない。


 もう少し進めばミニーゲルの街が見えてくる。

 ガビーがなんのもなくミニーゲルの街に逃げ込むとは、俺には思えなかった。


 レーデリアも正体がつかめない奇妙な気配。

 不可解なモンスターの群れ。

 ガビーとの繋がり。


「相当に、厄介なことが待っているようだな……」


 つぶやきが子どもたちに聞こえないようにして。

 俺はゆっくりとレーデリアを進めた。


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