24.《スローライフ回》とある古書店にて
「おお……!」
無意識のうちに声がもれた。
路地の一角にある、庭付きの二階建て。
建物全体を植物がおおっていて、一見すると森林の奥にひっそりとたたずむ神殿のようだ。
路地に立て看板がある。ここが目的の本屋であることは間違いない。
『
雰囲気たっぷりの庭を横切り、店の中に入る。
うお……これはまた。
驚きの声がもれそうになるのを、今度はこらえた。
足の踏み場もないほどおびただしい数の本が積み上げられている。
まるで本で組まれた迷路のようだ。
いいのかこれ、本屋として。
穴場というより、これはもう異世界だろ。
いったいどんな人がやっているのか。
店員さんの姿は見えない。
わりとマジで、本の下敷きになってるんじゃないかと思った。
隣を見る。ティララがぶるぶると震えていた。
「天国はここですか」
おおう……いたく感動しておる。
スキップでもしそうな勢いで書店の奥へと進んでいく。
いつのまにかエーリも本を探しにいってるし。
さて。それじゃ俺も久しぶりに本屋を楽しむことにしますか。
手近な本棚をゆっくりと眺めながら、しみじみとギルド時代を思い出した。
あのときは趣味で本を読むことなんてほとんどなかったからなあ。
小説、劇画、伝記、歴史書――そそられるタイトルの中をぶらぶらと歩く。
床がきしむ音。古書の匂い。空気が重みを持ったような静かさ。
いいね。
ときどき足を取られたり頭をぶつけたりするのはご
――というか。
ここの古書店、蔵書ヤバくね?
ギルド関係の専門書とか統計資料とかもシレッと置いてるんだけど。
守備範囲広すぎでしょ。
ホント、何者だろうここの店主。
中二階への階段を歩いていると、ようやく人の姿を発見した。
カウンターの向こうに座る、店主とおぼしきお婆さん――と、なぜかエーリ。
しかもエーリ、編み物をしていた。
店主が俺に気付く。
「おや、あんたこの子の保護者かい」
「あ、はい。エーリ、お前はなにをしてるんだい」
「ひざかけ編んでる」
短い答え。棒針をスイスイと手際よく動かしている。
「お婆さん、指をケガしていてうまくできないから、手伝ってあげてる」
「そっか。なんだかんだ、やっぱり優しいなエーリは」
ぐ、とうめいて手が止まる。
照れることないのに。
店主のお婆さんはほがらかに笑った。
「しかし見事なもんだよ。どんなスキルが身についているのかね。ほらあんた、鑑定はしてやったのかい」
「いえ、それはまだ――って!?」
ちょっと待った。
この人、俺のスキルのことを知ってる!?
キラリと店主の目が光った。
「もう現役は引退しているがね、私は判定師だったんだ。この子もなかなかだが、あんたからはより大きな【
「それは……」
「ま、グリフォーの坊やにお前さんのことは聞いてたんだけどね。すぐにあんただとわかったよ。イスト・リロス」
「……
ああびっくりした。
誰かが知らぬ間に俺のことを探っているのかと思った。
作業するエーリの邪魔をしないように、そっと【覚醒鑑定】をかける。
《『モニタリングLv1』発動。
対象の所持スキルを表示します。
【細かな指先】
――規定人数に到達。
『モニタリング』のレベルが2に上がりました。
対象者が次に習得可能なスキルを表示します。
【金物細工】》
おお。『モニタリング』にこんな追加効果が。
これなら、子どもたちのやりたいことをフォローしやすくなるぞ。
エーリは職人向きなんだな。
「才能を見定めるだけで満足しちゃいけないよ。イスト・リロス。大事なのは『才能』と『心』をすり合わせてやることさ」
ふと店主が俺に言った。
「人の鑑定を長年やってきた先輩からのアドバイスだよ。ひざかけ代として受け取りな」
「肝に
直後、バサバサと本の崩れる音がした。すぐ下の階だ。
もしかして。
「大丈夫かティララ!」
急いで駆け付ける。
頭に本を乗っけた状態で、ティララが転がっていた。
助け起こすと、ティララがちらりと俺を見た。
「イスト先生」
「なんだ」
「先生はやっぱり、ギフテッド・スキルの持ち主だったんですね」
スキル発動時の声を聞いていたのだろう。
隠す必要はないと思って、うなずく。
「すごいな。私、才能ないから」
本に額をくっつけるティララ。
普段は気の強い彼女が、ぽつりと本音をこぼした。
「エーリ――お姉ちゃんのことえらそうに言えないよ。私は根暗で、こうして暗いところに閉じこもって本を読んでいる方がお似合いだ」
なるほど。
気が強い分、悩みは心にためこんでしまうってことか。
俺は静かにティララの頭をなでた。
「本は好きか?」
「うん」
「この場所は好きか?」
「大好き。すごく落ち着く」
「そうか。実は俺もだ。ギルドで働いていたとき、こんな感じの地下にこもって、ずっと書類整理していた」
ティララが顔を上げる。
「楽しそう」
「そう言えるティララはギルド職員の才能があるぞ。ほら、スキルなんてなくてもひとつ見つかったじゃないか。お前のいいところ」
「そう、かな」
俺は力を込めて言った。
「世の中には書類と向き合うことを地味で意味のないことだと言う人がいる。けど俺はそう思わない。書類のひとつひとつ、1ページ1ページにちゃんと意味があり、想いがあるんだ。それらをすくい取り、見抜くことは絶対に必要な仕事だ」
「うん……私もそう思う」
ティララが本を閉じる。
「ね、イスト先生って、ギフテッド・スキルが使えるんでしょ。他の人のスキルがわかるっていうスゴイやつ。私のスキル、みてよ」
ぐっと唇を噛むティララ。
「どんな結果になっても、先生が見てくれたなら受け入れるから」
「そんなに構える必要はないぞ。どんなスキルがあったって、お前がお前らしくあればいい」
「だから、そんな風に言ってくれる先生にみてもらいたいの。……わかってよ」
口を尖らせる。
すまんと謝ってから、俺はティララにも【覚醒鑑定】をかけた。
《『モニタリングLv2』発動。
対象の所持スキルを表示します。
【記憶整理】
対象が次に取得するスキルを表示します。
【速記術】》
結果を伝えると、ティララは「やっぱり微妙だね」と眉を下げた。
「本で得た知識なんてだいたい覚えてるのは普通のことだし」
いや普通じゃないだろう。
十分すごい。
「ティララはなにかなりたいものがあるのか?」
「……」
彼女にしてはだいぶ迷っている様子だった。
この店を訪れる前に見せたような、ためらい。
「私……」
「うん」
「教師に、なりたい」
小声で付け加える。
「イスト先生みたいな。誰かを勇気づけて、正しく導ける人になりたい」
「そっか。ありがとよ。一緒に頑張ろうぜ」
「うん」
えへへ、とティララは笑った。
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