23.《スローライフ回》これ、ケンカ?
「本屋さんにいきたい」
会計を済ませ、食堂から出てきた俺をティララが待ち受けていた。
そういえば、ウエイトレスさんがステイにそんなことを話していたな。
すごく古くて近寄りがたい雰囲気の本屋が近くにあると。
ウエイトレスさんにしてみればちょっとした恐怖スポットのつもりだったのだろうが……。
「すごくいきたそうだな、ティララ」
「大肯定」
目をキラキラさせながら難しい言葉を使う。
ダメとは言わないが、ひとりでいかせるのは気が引ける。
俺はミテラに他の子たちの
さすがである。
集合場所と時間を決め、自由行動とする。
「じゃあいこうかティララ……ん?」
振り返ると、ミテラたちと一緒に歩き出したはずのエーリが、ひとりで
「どうしたエーリ。ナーグたちと一緒にいかないのか?」
「ナーグ、はしゃいで行ってしまった。あっという間に。リギンと」
あちゃあ……。
あのふたりが意気投合したらやっかいだな。
それにしても、自制は効かないのか表リーダー。
「それで……その。あたしも、本屋さんに……いこう、かなって」
もじもじと。
下を向き、消え入りそうな声でエーリが言う。
ティララを見る。
彼女は「ふん」とばかりそっぽを向いていたが、嫌とは言わなかった。ティララのことだ。嫌ならきっぱり拒否するはずだ。
「じゃ、いくか。いっしょに」
声をかけると、エーリは控え目にうなずいた。
ウエイトレスさんの話を思い出しながら路地を歩く。
道をひとつ奥に入っただけなのに、商店街の
こういうのを
うん、ゆっくりこの道を歩くのも悪くない。
「一度でいいから、大きな街の本屋さんにいってみたかった。どんなところだろう」
ティララは珍しくはしゃいでいる。
――が、不意に彼女は後ろを振り返った。俺もつられて顔を向ける。
エーリが、俺たちから少し距離をあけて歩いている。
なんとなく、俺たちを避けているような印象だ。
もしかして、出会った頃のことを気にしているのだろうか。
エーリは、ナーグとともにフィロエをいじめていたメンバーのひとりだ。
「……まったく。過ぎたことをいつまでも」
ティララがぽつりとつぶやいた。
微妙な表情だ。
責めているようにも、心配しているようにも見えた。
グロッザやステイと違い、うまくフォローの言葉が思い浮かばないようだった。
――こういうときこそ、先生の出番だよな。
「エーリ。こっちにおいで」
俺が呼ぶと、彼女は遠慮がちに近寄ってくる。
まるで叱られるのを覚悟した子犬のようだ。
「エーリはどんな本がほしいんだ」
そんな彼女に、俺はごく自然な口調で問いかける。
もうお前を責めたりしない。
安心していい。
そんな想いを声に込めて。
エーリはしばらくためらってから、ぽつぽつと答えた。
「
「へえ、いいじゃないか」
「あたし、物を作るのが好きだから……自分で
そりゃすごい。
ナーグと一緒にいることが多いから、どちらかというと身体を動かすのが好きだと思っていた。
「エーリはまだ
ぶっきらぼうな口調でティララが言う。
「なにかモノが壊れたら、まずエーリのところにもっていく。そしたらいつの間にか直してるの。まったく、どうやったらあんな簡単に修理できるのかしら」
「勘……?」
「そういうのが気に入らないのよ。こっちは毎回直し方を必死に本で調べてるのに」
悪態をつくティララ。
本心で
だがエーリは少しだけむっとした表情を浮かべた。
「ティララは本に頼りすぎ」
「あんたは直感に頼りすぎよ」
「ティララはもうすごく知識を持っているのに。まだ頭に詰め込むの?」
「エーリだって、もう十分センスは備わっているんだから、本でしっかり基本を固めるべきだわ」
「ティララの石頭」
「エーリの意地っ張り」
……これはケンカ、なのか?
思わず苦笑しながら、俺は話題を変えた。
「それじゃあティララは、どんな本がほしい?」
「それはもちろん――」
おや?
少しだけ赤くなって「やっぱ秘密」とつぶやく。
気になる。
エーリがじっとりとした視線をむける。
「ティララの方が意地っ張りじゃない」
「うるさいなあ。違うわよ」
ぎゃいぎゃいと、
まあまあと2人をなだめながら、俺は思った。
やはりこの子たちの絆はたいしたものだな。
本当に仲のいい家族なのだ。
こんな子たちをガビーは見捨てたのか……。
エルピーダ孤児院がモンスターに襲撃されてから、ガビーは行方不明になっている。
ウィガールースに来たという話は聞かないから、どこか別の街に逃げたのだろう。
――いかんいかん。
あの男のことはもう忘れよう。
今は俺がこの子たちの保護者であり、先生なんだ。
ガビーがいた頃のことを思い出させて、彼女たちに辛い思いをさせてはいけない。
あの男が今、どこでなにをしていようが、俺たちには関係ないのだから……。
そうこうしているうちに、くだんの本屋が見えてきた。
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