第252話 シナリオ

 囁く悪魔の生い立ちや背景についてはすでに調査済み。なんで心がねじ曲がったのかも理解はしている。この手の奴は、やたらと頑固でひたすらに面倒くさい。どう攻めたものか。


 俺の勝利は揺るぎないのだが、ニィルのお仲間さんとの約束通りコイツを生かすとすると、今後また妙なことをしないように、破滅願望だけを確実に抹殺せねばならん。


 「ニィルさん。戦いに最も必要なことはなんだと思いますか?」

 「……」

 「僕はあなたと友好的な関係を築きたいと思っています。そう無視をされたら話が進まない」

 「俺は誰かと馴れ合うつもりはない」

 「でしょうね。あなたは愛情深い悪魔だから」

 「愛情深い? この俺が?」

 「なぜあなたは、この穴倉から出ないのです?」

 「それは身の安全の――」

 「違う。デスターやアゼザル、あなたに協力してくれた者たちを愛してしまうのを怖れたからだ」

 「そんなわけが――」

 「ないと断言できますか? あなた、相手の目を見なくなったらしいですね。妹さんから聞きました」

 「フィルが!?」

 「えぇ、そうです」


 と、その時、若い男が部屋に入ってきた。


 「ねぇファウスト君、やっぱりダメだよ。動かない」

 「となるとやはり、その肉体が魂を保有していたかどうかが鍵になっているのかもしれませんね。次はレイスに協力してもらいましょうか」

 「レイスに?」

 「えぇ、レイスの器を造り、結合してもらう。それで――」


 デスターと話をしていると、ニィルが遮った。


 「おい! なにをしているんだデスター! コイツは敵だぞ!」

 「そう思ってるのは君だけだろ? 魔術師もテイマーも合成獣共も巨人も、君の友達ですら、ここにいる生き物は全員、ファウスト君の味方だよ?」

 「嘘だ! ありえない! なんで! なんで……」


 おっと、また興奮させてしまった。


 「マンデイ、囁く悪魔に【ホメオスタシス】を」

 「うん」


 熱くなった時の会話ほど無駄なものはない。【ホメオスタシス】を使用すれば、安定するだろう。


 「さて、話の続きをしようか」




 目が覚めた俺は、ある事実に気が付き、ハッとした。


 俺の胸を貫いた矢、これがマンデイの胸に刺さっていてもおかしくなかったのだと。


 デ・マウと戦った時は、ミクリル王子を誘拐に成功、主戦場を不干渉地帯付近に移せた。ゴブリンの討伐もかなり厳しい戦いだったが、それなりに時間的な余裕があった。


 しかし今後も都合よくことが進むとは限らない。ネズミっ子たちや、アスナやテーゼ、ウォルター・ランダーが犠牲になる可能性もる。


 そもそも合成虫による強化を阻止しないと話にならない。


 ――マンデイ、胸の矢をずらせ。


 ――ずらす?


 ――抜かずに致命傷になる部位から外すんだ。


 ――なぜ。


 ――俺が、いまから、世界を救う。矢を心臓からずらしたら、いまから言うメンバーを抱き込み、死を偽装する。


 ――死の偽装?


 ――昔は失敗したが、いまならいける。これを通さないと、次、負ける。


 ――わかった。


 ゲノム・オブ・ルゥは、デルアの宰相デ・マウを殺害したことにより、一部の生物から英雄視されるようになった。その功績のお陰で物事がスムーズに進んだり、ゲノム・オブ・ルゥというチーム名がある程度の抑止力になったというメリットは確かにあったのだが、それとは非にならないほどのデメリットが生まれた。


 隠密性がなくなったのである。


 俺の能力は対策されていない箇所への奇襲や暗殺、罠によるハメ殺しを得意としている。しかし、メロイアンという派手な街で地位を確立してしまい、しかも街の治安維持と防衛のために構築したネズミっ子たちによる監視システムのせいで、常に俺の動きが誰かに見られているような状況が生まれてしまった。


 ゲノム・オブ・ルゥの強みが完全に死んでいたのだ。


 ルゥの感知があったから、矢を抜けば敵もそれを知ることになるだろう。死因はルート君から受けた矢にする予定だったから、抜くわけにはいかない。


 エステルに協力してもらいつつ、創造する力を行使、体内で矢を曲げ、心臓から外した。もちろん痛くないはずがなかったのだが、いままさに敵が攻めてきている状況、弱音は吐いていられなかった。


 ――でもファウストなしでルゥを抑えられるかがわからない。


 ――ルーラー・オブ・レイスに会った。いまのヨキは最強だ。ヨキが間に合いさえすれば、ほぼ確実に勝てる。


 【ホメオスタシス】で冷静だ、ルーラー・オブ・レイスと結合したお陰で、なんとなく戦況がどう流れていくかも理解できる。だがそれでも自分だけが戦わずにいるという状況がなんとも腹立たしく、仲間やメロイアン市民が傷つかないかが心配で、気が気じゃなかった。


 とはいえ【ホメオスタシス】のお陰で頭だけは妙に冴えていて、風車のようにグルグルと回り、次々にアイデアが浮かんできてはそれぞれが組み合わさっていく。


 デ・マウと戦闘で学んだことは多かった。敵に情けをかけてはいけないこと、ちょっとした油断が敗北を招く可能性があること、そして、自分がされて嫌な行動を押し付けるのが強いことを。


 ――マンデイ、戦況は?


 ――ルートを仕留めた。


 ――こちら側の被害は?


 ――逃げ遅れた市民と、草原の民と交戦した兵士、救援が間に合わなかった者が死んでる。


 ――療養所は?


 ――機能してる。


 相手がされて嫌なことを……。


 ――ファウスト、マクレリアが飛んでるらしい。被害報告が上がってきてる。被害が大きい。


 マクレリア……。


 ――俺が出る。


 ――ダメ。


 ――マクレリアは俺かマグちゃんじゃないと抑えられない。


 ――そのマグノリアが帰ってきた。


 ――ということはヨキも?


 ――おそらくは。ファウストが死の偽装を企てたのには理由がある。


 ――そうだな。


 ――自分の判断に自信をもって。ファウストには仲間がいる。そして、運が。


 ――運?


 ――懸命に生きようとしたファウストをムドベベが救ったように、最後まで足掻き、人事を尽くす者には神が微笑む。


 ――だといいが。


 生物界でも最高峰の速度を誇る親子、マクレリアとマグちゃんの勝負は、すぐに決着がついた。種族的に時間をかけて戦うようなタイプじゃないのだ。


 そして、その報告を受けた時、頭のなかで散らばっていたアイデアが、すべて一つに繋がった。


 ――マンデイ、どうしてもマクレリアの死体が欲しい。


 ――なぜ。


 ――たぶん、出来る。


 ――なにが。


 ――マクレリアを復活させられるかもしれん。


 ――どうやって。


 ――レイスとして意思を持たせるんだ。


 ――たとえ意思の獲得に成功したとしても、毒の魔法は使えない。


 ――いや、使えるんだよ。


 ――どうやって。


 ――いままでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう……。


 ものすごく、簡単な話だったのだ。


 俺はデルアでも、対囁く悪魔の先頭でも苦労していたじゃないか。死霊術に。


 自分がされて嫌なことをしましょう。


 そんなのは最初の戦いで学んだ、基本中の基本じゃないか。


 ――ファウスト、ちゃんと説明して。


 ――マグちゃんがどうやって生まれたか憶えてる?


 ――神の贈り物だった。


 ――それから?


 ――ファウストが無から生物を生み出すという発想に至り、かつ、ファウストを保護している生物が近くにいることが契機となり、最後に見た種族の姿で誕生した。


 ――その通り。でだ、マグちゃんの生態情報はなにを元にしていると思う? 最後に見た生物は?


 ――マクレリア……。


 ――髪や瞳の色は違うし、マグちゃんは俺の改造を受けて速くなり、マクレリアはルゥと魔力をシェアしているという強みを持っていたよな。よって、まったく別のタイプになった。だから、いままで考えもしなかったんだ。マクレリアとマグちゃんの生態情報が同一だということを……。


 ――確実におなじだとは限らない。


 ――体のサイズ、外皮のライン、ハネの形。


 ――そう。……確かに似ていると思う。


 ――マクレリアの遺伝的な情報がマグちゃんの体のなかにあると仮定するな? じゃあそれを元にして体を造ったとしたらどうなると思う?


 ――まさか。


 ――ヨキとおなじ粒子でもいい。ただデザインをもっと生物に近づけたものに、精巧にすればいいんだ。


 ――でもマクレリアが復活した程度でどうにかなるとは思えない。確かにマグノリアよりも毒の扱いはうまいけど、マクレリアを蘇らせただけで囁く悪魔には勝てない。


 ――マクレリアは……、実験だ。


 ――なにをするつもりなの。


 ――いるんだよ。囁く悪魔の天敵で、かつ未練を残して死に、生体情報を調べやすい奴が。


 マクレリアがもし、特殊な毒魔法を使えるようになるとするなら、きっと彼女の特殊な魔法も……。


 ――誰。


 ――アシュリーだ。

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