第249話 草原 ノ 目
あぁ、疲れた。
なんで、ベルがこんなに疲れてるのに、マヤちゃんは普通に歩いているんだろう。
「ねぇマヤ~、ちょっと休もうよ~」
「あんたさぁ、ずっと馬に乗ってんのに、なにに疲れるわけ?」
「旅は辛いよ~」
「あんたが飛竜に乗れないから、こんな面倒なことになってるんでしょうが! ちょっとは我慢しなさい!」
「飛竜も怖いよ~」
「はぁ」
囁く悪魔の攻撃を受けて、まったく精神が乱されなかったのが、ベルとマヤちゃんだけだった。
二つの心を持つアレン君ですら暴走してしまったらしいけど、私たちだけはなんの変化もなく乗り切ることが出来た。
だから私たちだけでメロイアンに派遣されることになったんだけど、こんなことになるんだったら、囁く悪魔に接触されたことを言わなければよかったよ。
教会の人たちは優しいし、ベルを甘やかしてくれる。
メロイアンに来てなかったら、今頃なにをしてたんだろう。お花に水をやって、踊りの練習をして、信者の人たちとお茶菓子を食べたりしてたんだろうなぁ。
「ところでベル、あんたどうやって囁く悪魔の洗脳から逃れたわけ?」
うっ。
「マヤちゃんはどうやったの?」
「簡単だよ。夢って見破っただけ。よく観察したら陰影の付き方とか筋肉の形、動きに違和感がある。夢だってわかったら気合でなんとかなるでしょ? なんであんな陳腐なのにやれるんだろう。謎だよ。で、ベルは?」
「マ、マヤちゃんと一緒かなぁ~」
「そうなんだ」
「あんなのにやられるわけないじゃん。それで、剣を振って撃退したんだよ」
「へぇ」
ふぅ、なんとか乗り切ったみたいだ。マヤちゃんは意外とバカだからなんとかなった。
「本当は?」
「へ?」
「本当はどうやって囁く悪魔から身を守ったの?」
「だから、見破ったんだって」
「ねぇ、あんたさ」
「な、なに?」
「いまさ、マヤちゃんは意外とバカだから、なんとか乗り切れたって思ってなかった?」
な!
「お、思ってないよ~」
「ベルって考えてることが全部顔に出るから気を付けてた方がいいよ。付き合いもそこそこ長くなってきたし、なんとなくわかるようになってきた。で、本当はどうやったの?」
「……」
なんでわかるんだろう、気持ち悪っ。
「なんでわかるんだろう、気持ち悪っ。そう思ったでしょう?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけね」
ダメだ。この子には嘘はつけない。
あれは……。
思い出したくもない。
目を覚ますと、そこにいたのは筋骨隆々の巨大な悪魔だった。剣をとろうと手を伸ばしたけど、体が動かない。
このまま食べられてしまう。そう思っていた。
当時は目のまえにいるのが囁く悪魔だってわからなかったけど、とにかく怖くてしょうがない。ベルはパニックになってしまった。
――ベル・パウロ・セコだな。
――ぴぇぇぇええええ。
――おい! 泣くな!
――お、お、お、おごられだぁぁぁあああ!
――えぇい、黙れ!
――ぴぇ、ぴぇ、ぴぇぇぇえええ!
――ちょ、おま……。
――ぴぇぇぇえええ!
――……。
――ぴぇぇぇえええ、ぴぇぇぇえええ!
――わかった、怒ってないから泣くなよ。な? とりあえず話をしよう。
――
――あぁ怒ってない。
――でも、顔がぁ、顔がおごっでるがらぁぁぁあああ!
――わかった。俺の顔がいけないんだな? よし、これでどうだ。
――ぴぇぇぇえええ!
――おい、泣くな! 見ろよ。顔を変えただろうが。ほら、見てみろ。まだ怖いか?
――顔がぁ、顔が変わってるぅぅぅううう!
――おい、バカ! 気を確かにしろ! 深呼吸だ。ほら、深呼吸をしろ。
――ううう……。
――よしよし、良い子だ。
――あなだは誰なんですか、こんな夜中に。
――俺は囁く悪魔、そう呼ばれている。
――ぴ、ぴ、ぴ……。
――泣くな、泣くなよ。
――ぴぇぇぇぇぇぇえええええ!
――えぇ……。
いつの間にか、囁く悪魔はいなくなっていた。こんなの恥ずかしくて言えるはずない。ミクリル王子にも剣を振って撃退したって嘘をついちゃったし。
「頑張った……」
「はい?」
「頑張って、頑張った」
「どういう意味?」
「ベルは頑張ったの!」
「なにそれ。もっと詳しく教えてよ」
「それ以上しつこくしてきたら、嫌いになるよ?」
「わかった、言いたくないならそれでもいいや」
よかった。諦めてくれたみたいだ。草原の民ってみんなマヤちゃんみたいな能力を持ってるのかな。だとしたら今後は草原の民には気を付けないと。
「もしかして、泣いた?」
「へ?」
「いや、囁く悪魔のことが怖くて、いつもみたいに号泣、囁く悪魔をドン引きさせて助かったのかなぁって」
「ナンノハナシデスカ?」
「……」
「ベルニハワカラナイナァ」
「いくらベルでも、そんなわけないよね」
草原の民、嫌い。
メロイアンに到着すると、すぐにサカさんのテストを受けることになった。最初は怖かったけど、頭がボーっとなって、気が付くと終わってる。痛みもなにもない。
「さぁ、デルア舞将ベル様。終わりましたよ」
ファウストさんの育てたネズミの獣人は優秀だっていうのは、よく耳にしていたけど、本当にその通りだと思う。とても紳士的だし、優しい子ばかりだ。この子たち、教会に来てくれないかなぁ。きっとベルと仲良くなれるのに。
「それにしても、さすがは舞将のベル様。まさか涙一つで囁く悪魔を撃退してしまうとは」
「へ? なんで知ってるんですか?」
「なんで? テストをしたので……」
「全部わかっちゃうんですか?」
「はい。こちらが質問したことはすべて答えて頂きました」
「それじゃあ……」
ベルが知られたくない、あんなことやこんなことも……。
「なんでもわかるんですか?」
「はい、質問すれば、なんでも」
ネズミの獣人、嫌い。
「ところでマヤちゃん、私たちってなんでメロイアンに派遣されたの?」
「なにも知らないの?」
「うん、王子さまからはマヤについて行けばいいって言われただけだから」
「なんで外部の私が知ってて、将のあんたが知らないのよ……」
「だって、話してくれなかったんだもん」
「まぁ王子の気持ちもわからなくはないけどね。囁く悪魔の拠点に近いメロイアンなら、新しい情報があるかもしれないでしょ。だからこの目で見た、確かな情報をデルアに持って行くの。ファウストさんと囁く悪魔に関係することを」
「へぇ、そうだったんだ」
「それにヨキ兄さんは存命らしいから、剣の稽古もしたい。時間はあるし、まずはヨキ兄さんに会いに行こうか」
「わかった」
メロイアンはとても綺麗な街だった。もしかするとシャム・ドゥマルトよりも進んでいるかもしれない。様々な人種や生き物が、なんの違和感もなく共生しているのも衝撃的だった。
魚人とエルフに手を引かれる子供がいたり、小人とドワーフが言い争いをする光景は、デルアでは絶対に見ることが出来ないだろう。ここは、どんな相手にも偏見なく接していたファウストさんの街なのだ。
「ねぇそこのお兄さん、狂鳥の配下のヨキさんを探してるんだけど、どこにいるか知ってる?」
「なんの目的でヨキ様に会いに行くんだ? もしや囁く悪魔の手先じゃねぇだろうな?」
「違う違う、私マヤ。ヨキさんの妹だよ。テストも受けてきた。ねぇ、ベル」
マヤちゃんは、なにも考えずに行動するから怖い。そんな言い方で信じて貰えるはずがない。
「そうか! ヨキ様の妹さんなのか。よっしゃ、俺について来い。案内してやる」
なのになぜかうまくいっちゃうから不思議だ。
「ねぇお兄さん、狂鳥は本当に死んじゃったの?」
「あぁ」
「そうか。残念だったね」
「うむ、彼がいなくなったメロイアンは、まるで酒のない食堂だ」
「彼はなにかと目立つ人だったからね。死んじゃうまえに一度、戦いたかったなぁ」
「狂鳥様と? ははははは。止めとけよ。クソッタレに卑怯なお方だ。いくら相手が強かろうと、最後にはあの人が勝つ」
「だね」
そんな話をしながら、メロイアンでファウストさんが拠点にしていた、【天守閣】と呼ばれていた場所に到着すると、残骸のところで作業をするヨキさんがいた。
「ヨキさん、お久しぶりです」
「あぁ、お前たちか。なにをしに来た」
「メロイアンとかファウストさんの情報を集めに来ました」
「ご苦労だな」
「それと、マヤちゃんがヨキさんと剣の稽古をしたいって」
「息抜きにちょうどいい。相手になってやる」
ベルとヨキさんが話をしているのを、不思議そうに眺めているマヤちゃん。なにをしているのだろう、と見ていると、マヤちゃんは、こう言った。
「なんでヨキ兄さんの真似なんてしてるの?」
「なに言ってるの、マヤちゃん」
「なにって、コレ、ヨキ兄さんじゃなくて、ゴブリンのヨナだよ?」
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