第232話 特別性 ノ 体

 「どうやら間に合ったようだのう。ガハハハハ」

 「あんた……」

 「キャロル殿の歌。たしかにワシの耳に届いた」


 さすがに、このサイズのヒュドラは少々、重いな。


 「それ、だ、大丈夫なの?」


 グッと腕に力をいれ、ヒュドラの頭を殴る。


 「なに、コイツ」

 「わからない。強いよ」

 「コイツもデスターのところに連れていこうよ。きっと小さいのより殺しやすいよ」

 「そうだね」


 発達した知能、表情からも伝わる残虐性、ありえないほどの体のサイズ。おおかた獣から逃げたヒュドラ、國呑みだろう。


 「あ、あんた。あのヒュドラから攻撃、されたのよね?」

 「ワシの体は特別性。これくらいは屁でもないわい」


 うむ。


 これを狩れば、しばらく肉には困らん。むむむ、キャロル殿が倒した合成獣の肉の処理もせねばならんな。忙しくなる。


 「潰れそう?」

 「わからない。かなり硬いよ」

 「じゃあ燃やそうか」

 「そうだね。そうしよう。少しくらい焼けてもデスターならなんとかしてくれるよ」


 そう言うとヒュドラが大きな口を開けた。燃やす? 火を噴くのか。


 「キャロル殿。ワシの胸に」

 「バカ! 私のことなんていいから逃げなさい! ヒュドラの火は……」


 ヒュドラは最も狩りのしにくい生き物の一つである。皮膚は硬く、体格もいい。そしてなにより、頭の数だけ攻撃手段をもっている。


 彼らの吐く火はなかなか鎮火せず、毒はすべてを溶かし、いかずちは天から降るそれよりも強力だという。


 だが……。


 「死んだ?」

 「死んだよ、きっと」

 「体が残っているといいんだけど」

 「そうだね」


 ふぅ。


 「ちょっと、熱かったな」

 「はぁ!? あんたの体、どうなってんの!?」

 「どう? 特別性だが?」

 「なんともないの?」

 「ガハハハハ、頑丈に生んでくれた母に感謝だなぁ!」


 ヒュドラの火なら何度か受けたことがあるが、一度もケガをしたことがない。


 たしかに國呑みの火は他に比べて強力だった。だが少し熱い程度。これくらなら、どうともない。


 「効いてないね」

 「うん、効いてない。毒を吐いてみたらどうだろう」

 「そうしよう」


 今度は毒を吐いてきた。


 さすがに体が大きいだけあって、驚くくらいの量だった。キャロル殿を守るのが大変だったが、毒自体はたいしたことがない。


 「ねぇ、確認していい?」

 「どうした、キャロル殿」

 「あんたいま、毒を食らったのよね?」

 「そうだが?」

 「なんでピンピンしてるの?」

 「だからワシの体は特別――」

 「そんなので納得できるわけないじゃない! ヒュドラの毒は金も溶かすのよ? 本当にどうともないの?」

 「そう言われれば少しヒリヒリするかもしれん」

 「……」

 「いやぁ、にしても狂鳥殿の服はすごいのう! 金をも溶かす毒がかかってもほつれ一つない」

 「そう……、ね」


 しかし、このままヒュドラの攻撃を受け続けても、こいつを倒すことは出来んなぁ。


 「キャロル殿、少し隠れていてくれるか?」

 「あんた、なんなのその体! もしかしてヒュドラの毒が……」

 「いや、毒ではない。これは狂鳥殿から授かった力。獣化というらしい」

 「それで、どうするつもりなの?」

 「國呑みを狩るのだ」

 「あんたの体が特別なのは充分理解できた。でも狩るなんて不可能よ。ヒュドラの体はとても硬いの!」

 「うむ、ワシも何度かヒュドラを狩ったことがあるが、なかなかに骨が折れたのう」

 「なに言ってるの! あんたバカなの? 単独でどうにかなる相手じゃないでしょうが!」

 「む? ワシはいつも単独だが?」

 「はぁ? じゃあ何度か狩ったっていうヒュドラは……」

 「うむ。一人で狩った。あれは立派なヒュドラだった」

 「そ、そう」


 狂鳥の造った服を脱ぎ、キャロル殿に渡した。


 ヒュドラの毒を防いだ服、ないよりはいいだろう。


 「なめてかかったらダメみたいだね」

 「噛みついて毒を注入したらどうだろう」

 「そうだね」


 生物のほとんどが臆病だ。理由は簡単、臆病でなければ生き残れないからである。狂鳥殿の強さも、無茶をせず、慎重にことを進めていくところだ。


 だが……。


 迫る巨大な牙。ワシはそれを掴み。


 「ふんぬっ!」


 折った。


 「折られたよ」

 「折られた?」

 「こいつは普通じゃないよ」

 「たしかに変だ」


 強い生き物は臆病さやよりも自信が勝ってしまう。そういうのは狩りやすい。


 うむ。


 この牙も、良い値で売れるだろう。あと三本ある。全部、拝借したいものだ。肉もかなりある。食べるのが楽しみだ。


 「退こうか。デスターに報告した方がいいよ」

 「牙を折られて逃げるなんて出来ない」

 「ダメだよ。こいつは普通じゃない」

 「うるさい。戦うんだ。こいつは許さない」


 皮も売れる。なるべく傷つけないようにしなくてはな。


 頭のうち一つが、噛みついてきた。


 ワシはそれを体で受け止め、もう一本の牙も折る。あと二本。


 そのまま頭に跳び乗り、牙を刺す。このまま絞めれば皮も傷つかずに済むと思ったが、國呑みの皮膚は、他のヒュドラより幾分か硬いようだ。牙の先が潰れてしまった。これでは売り物にならない。


 む。


 時間をかけすぎたようだ。もう一つの頭が体をぶつけてきた。


 「まったく見えておらんかった」


 さすがに重いのう。少し痛い。


 「効いてるみたいだ」

 「このまま潰そうよ」

 「わかった」


 皮や牙などと言っている場合ではない。肉だけでもメロイアンに持ち帰るとしよう。


 狂鳥殿に振る舞ってあげたら喜ぶだろう。ガハハハ! あの方の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。


 丸呑みにしようとしてきた國呑みの下顎したあご上顎うわあごを掴み。


 「ふぬっ!」


 二つに裂いた。


 「大丈夫?」

 「……」

 「ねぇ、起きてよ。ねぇってば」

 「……」

 「よくも……、よくも!」


 皮はダメにしてしまったが、あっちの牙の二本と肉は綺麗な状態で採取できそうだ。

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