第230話 小サナ 大魔法

 ルド・マウの【ゲート】を潜ると、自分の目を疑うほどの水魔法がそこにあった。


 水の魔女、メロウのハ・ラ・カイ。


 ちょうどいい。私の力を証明するにはこれくらいでなければ。


 でも不思議ね。本当にこの魔法を抑えてるのがヨキなのかしら。魔法に関してはまったくだったはずだけど。


 まぁいいわ。ヨキが私より優れているのなら魔法で潰せばいいだけ。


 そうやって一つ一つ階段を登って行った先にある。魔法の頂点が。


 私の先には誰も立たせない。


 感情のたかぶりに比例して、体の奥底で疼くエネルギーの波。それを魔力に変え、水の塊を支える。


 触れてみて、改めて理解できる敵の巨大さ。


 押し潰される。


 まだだ。まだ気持ちが足りない。怒り、野心、殺意。もっと強く。


 「あら、もしかして、あなたがジェイちゃん?」

 「あんたは……」

 「いつかは挨拶をしなきゃって思ってたんだけど、ついタイミングを見失っちゃってたの。ごめんなさいね」

 「挨拶なんていいから加勢しなさいよ! あんたのことはよく知ってるわ!」

 「あら、そう」


 ズン!


 水魔法のプレッシャーが一気に増した。ヨキが離れたらしい。


 「早く!」


 ファウストの母、知の世界屈指の魔法使いアスナ・ビズ・レイブは、ゆっくりとした足取りで私の背後に立ち、私が放った魔力のベクトルを変更した。


 すると不思議なことに、いままで感じていたプレッシャーが嘘のように少なくなった。


 「な、なにをしたの?」

 「流れを変えたのよ」

 「それだけでこんなに軽くなるわけないじゃない!」

 「ファウストから聞いてるわ。あなたはいつか世界一の大魔法使いになる。でもいまは違うわ」

 「なんですって!」

 「剥き出しの怒りは良くないわ、ジェイ。感情は力を産む。でも同時に繊細さを奪うの」

 「繊細さなんて私には必要ない。いままでだって、そんなものに頼らないで勝ってきたの」

 「それは好敵手がいなかったからね。本当にうえに行きたいのなら、すべて一人で出来ないとダメよ」

 「そんなことを言われたって、どうすれば……」

 「もっと怒りなさい」

 「はぁ?」


 なに言ってんの? さっそく矛盾してるじゃない。


 「冷たく怒るの。もっとマイルドに、そしてもっと強く感情をたかぶらせなさい」

 「そんなの無理に決まってるじゃない!」

 「やりなさい」


 冷たく放たれた言葉。でもその裏に、愛を感じる。


 いつかファウストが言っていた。


 自分の母は笑いながら殺気を放てるのだと。


 もしかするとこれが、この矛盾こそが、世界に名をとどろかせた大魔法の正体……。


 「ファウストには魔法の才能はない。感情を押し殺してしまうから。私の教えで無駄のない魔法を使えるようになったわ。でもそれだけでは足りない。強い魔法には、あなたのような強い感情が必要なの。出来る?」

 「や、やってみるわ」

 「私の魔力量じゃ、あのメロウの水魔法に対抗するのは無理ね。だからあなたが必要なの。出来る出来ないの話じゃない。やるのよ。でなければ、この街は濁流に呑み込まれることになるでしょう」


 ネズミの獣人は弱い。


 あらゆる場所で、あらゆる土地で厄介者扱いをされてきた。だから死に物狂いで魔法を鍛えた。私にはこれしかないから。


 その状況から救い出してくれたのは、一人の男だった。


 鳥人よりも速く飛び、誰よりもしたたかで、勝つために必要なことを知っている。


 そんな彼の胸を矢が貫いた。


 あの瞬間を。


 なによりも大切な人が傷つくあの瞬間を。


 「ダメよジェイちゃん。乱れてる」

 「わかってるわ」


 もう二度と、あんなものは見たくない。


 心の底から涌き出てくる怒りを、もっとうえに登りたいという野心を、その気持ちを残したまま、かつ冷静に敵にぶつける。


 「いいわ、その調子でいい」


 怒りは、まだある。


 でも支配されない。


 ファウストが貫かれた、あの矢、あの瞬間を。


 「そのまま放っていいわ」



 【水弓】



 体からすべての魔力が抜けていくのがわかった。


 私の全部を注ぎ込んで出来上がったのは、小さな一本の矢だった。


 「もう、立てない」


 放たれた矢は、メロウの水の壁に突き刺さり……。


 「吸収された……」

 「そうね」

 「ダメ、だったの?」

 「いや、ダメじゃないわ」


 アスナがまた、魔力のベクトルを変えた。すると、あれだけ巨大だった水の壁が、パッと消えてなくなってしまったのだ。


 「なにをしたの?」

 「魔法は自然の模倣であって、自然そのものではない。自然の物よりも壊れやすいのよ。勘所を知っていること、そして相手と同等かより大きな魔力があれば簡単に壊れる」

 「でも、もう私は動けないわ。次の攻撃を防げない」

 「防ぐ必要なんてないわ。だって、あのメロウはもう終わりだから」


 なにを言っているの? 理解が出来ない。



 【火弾ファイアー・ボール



 「それなりに名の売れた魔法使いの私にも苦手な物があってね。それは小さな魔法なの」

 「でも……」

 「水魔法の壊れやすい箇所を電気で突いて、分解するとね、燃焼しやすい空気になるの。私はそこに火をつける。すると注いだ魔力以上の反応が起こるの。私はこのプロセスを極めた。だから小さな魔法は使えない。小さな攻撃が出来ない」

 「え?」

 「耳を塞いで、ジェイちゃん。これが最も美しい魔法」



 【大極炎】



 なにが起こったのか、わからなかった。


 視界を覆う光、そして熱。


 その魔法の跡には、なにも残らなかった。


 「すごい……」

 「ジェイちゃんが頑張ったからね。こんなに美しい魔法は私も初めてよ。ふふふ」


 恍惚とした表情でそう言うアスナ。


 この親あって、あの子あり。といったところか。


 「ところでジェイちゃん。ファウストは無事なの? 続報がなにもないから心配なの。あなた、ファウストと一緒にいたんでしょう?」


 ……。


 「いまはまだ無事。でもどうなるかわからない」

 「どうして? エステルちゃんが付いているんでしょう?」

 「ルートの矢はファウストの重要臓器を貫いた。マンデイが延命しているけど、矢を抜けば即死する」

 「エステルちゃんは死者すら救えるんでしょう? なんの問題があるの?」

 「ただでさえ代表者としての改造を受けているうえ、ファウストは自分でその体の造りを複雑化させた。いまのエステルの力ではどうにも出来ない。命を繋ぎながらゆっくりと矢を抜き、治癒する他ないわ」

 「助かるの?」

 「……、覚悟はしておいた方がいい。私に魔力をちょうだい、アスナ。すぐにファウストのところに戻らないと」

 「私も行くわ」


 ……。


 「ダメよ。ファウストの厳命なの。エステル、マンデイ、私以外は誰も近付けない」

 「なぜ」

 「エステルとマンデイの集中力が散漫になる」

 「でも……」

 「これ以上、なにも言わないで。あなたは、この街を守るために動いて。ファウストは私が守るから」

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