第226話 高台 ノ 悪魔
――いいですか、リズさん。突発的な戦闘になったら第一に高台を占拠しましょう。そして呼吸を落ち着けるのです。ゆっくりと時間をかけて状況を把握する。
ファウストさんが示してくれた私の生きる道。
逃げてばかりの私に授けてくれた弱虫の武器。
もう迷わない。
彼の言葉は、すでに私の細胞の一つ一つに染み込んでいる。
考える必要もない。体が勝手に動く。
これが、私。
――リズさんが狙うのは敵の最重要生物。指揮をする者、いるだけで場を支配してしまう者、最初にやっとかないと厄介な者。一発で一つ、確実にとる。もし出来ないのであればターゲットやアングルを変えてみましょう。
指揮をする者。
――狙ってから発射するまでの時間は短く。
ファウストさんが耳の保護のために創造してくれた、イヤー・パット。
これを装着すると、私は世界から隔絶される。
世界に存在するのは、私、そしてターゲット。
ドンっ!
反応された。
――撃ったらすぐに移動です。いくら良いポジションだとしても居座らないで。
高台から降りて近くにいたネズミの獣人に伝える。
「草原の民を指揮している者がいます。長距離からの狙撃に反応されました。場所を教えますから強い方を送ってください」
「はい」
手短に報告を済ませると次のポジションへと移動。
ターゲットを変える。
今度、狙うのは死の番人ヨークの側近。
難しい一射になる。
集中。
かつ時間はかけずに。
顔の近くは反応しやすい。だから。
ドンっ!
一発撃ってまた、高台から降りる。
「ヨークの膝を撃ち抜きました。治癒されるまえに潰してください」
――僕も前世で銃器を使っていたわけではないのですが、狙撃にはいくつかの種類がありました。
壁向こうの敵を狙う壁撃ち、固い物質に弾を当てて反射させる跳弾。
――そして本来のターゲットの手前の生物ごしに受傷させる貫通弾。存外ライフルも奥が深いのです。ぜひ色々と練習してみてください。
あの人には、きっとここまで見えていたんだと思う。
いつか、こうなる日を予測して。
ピッ!
危ない。集中しすぎていた。
「悪魔のリズベット」
「ルートさん……」
「あなたの命を奪いに来ました」
「復讐、ですか?」
「えぇ復讐です」
――リズさんは成長しましたね。
――そうですか?
――以前とは比べ物になりません。
――自分ではなにが変わったのかわかりません。私、鈍感だから。
――ならば僕が教えてあげます。あなたは素晴らしく成長した。狙撃の技術なんかはもちろんですが、それ以上に心が、大きく強くなった。
ファウストさんはそう言ってくれるけど、本当にそうでしょうか……。
「ルベルさんは最後まで立派でした」
「そんな
「そうですね。奪いました」
ルベルさんの最後の姿。
私の心を折った、一途になにかを想う姿。
「覚悟を」
「えぇ、そうしたいところなのですが」
ルートさんの後ろにいたのは……。
「お礼参りに来たぜぇ」
「ちっ!」
ウォルターさんと、その一味。
「極道者にケンカを売ったんだ。覚悟はできてんだろ?」
ランダー・ファミリーの一斉射撃。
流れ弾に当たらないように移動しながら、状況を観察する。
すべての弾が切れた。
普通の生き物なら体中が穴だらけになっていてもおかしくない。でもルートさんは立っていた。パッと見ただけで、三発は貰っている。
ファウストさんに強化された生き物はちょっとやそっとじゃ死なない。生物の限界を簡単に超えていく。
致命傷を避けたのだろう、ルートさんは手負いの獣のようにウォルターさんを睨み付けている。
「邪魔を……、邪魔をするな!」
と、ルートさんがククリ刀を抜く。
銃が相手、距離を詰めたらなんとかなると考えたのかもしれない。
「なぁガキ」
ピッ!
ウォルターさんが口からなにかを吐き出した。
手元にばかり注意が向いていたこと、そして怒りと痛みで集中力を失っていたことが原因だろう。ルートさんは致命的なその攻撃を、受けてしまった。
「なっ!」
「オヤジの銃だけが俺らの武器だと思ったか?」
「もう少し、もう少しなんだっ!」
「まだ死ぬなよガキ。俺らの仕事はここからはじまんだ」
このままでは、いけない……。
「ウォルターさん、待ってください」
「口を挟まねぇで貰えるか、リズさんよぉ。これは俺らの問題なんだ」
私はウォルターさんに歩み寄る。
「銃を、貸して頂けますか」
「なにをするつもりだ」
「すべきことを。ファウストさんはいつもそうしていましたから」
「これは俺の仕事だ」
「あなたのすべきことは、なんですか?」
「なんだって?」
「彼を痛めつけることがあなたの仕事ですか? ファウストさんはあなたに、そう言ったのですか?」
「それは……」
「ここは私が責任をもって処理します。あなたは、あなたがすべきことをしてください」
「……、チッ」
「ありがとうございます」
「俺は弱ぇな、バーチェットにもあんたにも負けちまった」
「いいえ、ウォルターさんは強い方です。誰かのことを想い、譲れることを強さといいます。少なくともファウストさんはそう考えています」
「ははははは。オヤジの仲間はみんなすげぇな。最高にクソッタレだ」
苦しげに呼吸するルートさんに、私は銃口を向けた。
「ルートさん、あなたはもう助かりません。ここで生き残ったとしてもファウストさんが許しても、メロイアンの市民が許さない」
「高台の悪魔、リズベット。はぁ……、あなたを……、僕は……、許さない」
「どうぞ、あなたの気が晴れるなら、そうしてください。ただ私は祈ります。あなたのために」
「祈りなんて……、いらない……」
「あなたの叔父さんは立派な方でした。最後まで弓を離さなかった。最後の一瞬まで、デルアのことを想っていた」
「僕は……」
ルートさんは自分の手に握られたククリ刀に一瞬視線を送った後、小さく息を吐いた。
私は、静かに引き金を引く。
ブンッ!
ルートさんのために祈りをささげている時、聞き慣れた羽音が耳に入ってきた。
「!?」
「ん? どうしたリズさん」
「すぐに建物のなかに避難してください」
「は?」
「彼女が、来ます」
私はすぐさま銃口を空へと向けた。
速い。速すぎる。
ブンッ!
メロイアンの空に、羽音が、もう一つ。
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