第220話 跳躍

 「話はわかった。それくらいなら協力してやらんこともない」


 俺に目をつけられた時点で貴様の負けなんだザコめ。性格の悪さで俺に勝てる奴なんぞいないのだからな。


 勇者であることを諦めた男には傷つく尊厳などないのだ! 失う物がない奴は強いぞ? あははははは!


 「おぉ、それはそれは。これで少しは虫の評価も上がるでしょう。僕からも他の代表者に口添えをしてあげますよ」

 「……」

 「それではまた」

 「まて」

 「なにか?」

 「知の生物を保護している。あれは戦火の火種になるだろう。連れて行け」

 「知の生物?」




 デルアにも獣がいて、獣にも虫の由来の生き物がいる。虫の領地だから虫だけしかいない、ということはないのだ。


 そのやりとりがあった後、俺は【エア・シップ】から土の山に黒ゴマを散らしたような光景を見下ろしていた。


 黒ゴマのようそれは忙しなく動いており、光を反射してチラチラと輝いている。


 「アリ?」

 「帝国蟻。体のサイズは基本的な働きアリで五十センチ程度。女王アリや一部の働きアリはもっと大きい。複雑な群れを形成している」


 数の暴力はゴブリンでも死霊術の飛竜でも嫌というほど痛感したが、虫の生き物の群れている感じは、また一味違う。


 端的に表現するとかなりグロいのだ。


 「それで、あのなかに人がいるの?」

 「虫の代表者の話では、そう」

 「あそこに降りるのかぁ」

 「楽しそう」


 マンデイは虫が平気な女の子なのだ。


 虫が庇護している生物の一つに知の世界由来の生き物、小人がいる。


 戦闘能力は皆無と言って差し支えない小人だが、物を造るという点に言及すれば他の種族の比にならないほどのクオリティだ。


 この世界に流通している魔道具や質の高い武器防具なんかは、ほとんど小人が造っている。ドワーフのなかにも鍛冶をする者がいるが小人ほど繊細な仕事は出来ない。頑丈でシンプルな物ならドワーフ、質が高くて使い勝手の良い物なら小人、そんな感じだ。


 しかも小人のなかには創造する力と似た、古い魔法と呼ばれるものを使う個体もいるらしい。


 話を聞いている限りでは仲良くなれそうな気がする。俺と気質が似てそうだし。


 そんな小人は虫の領地に住んでおり、帝国蟻という虫と共生関係にあるらしい。


 アリは小人の身の安全と食べ物、住空間を確保して小人はアリに道具を造るという関係。


 そして小人は外貨獲得のため、帝国蟻だけでなく外部とも取り引きをしているのだが、そのなかに草原の民がいた。


 「えぇっと、草原の民はいま分裂しているわけだね?」

 「そう、死の番人ヨークが反乱を起こしてヨキの父親である剣聖ヨジンの命を奪った」

 「へぇ」


 族長を失った草原の民セルチザハルとドルワジの一部は、取引相手だった小人の住む帝国蟻の巣に逃げ込んだ。


 「セルチザハルは揺れている。剣聖ヨジンの正当後継者であるヨシュと、草原の覇権をとった死の番人ヨーク、どちらを族長にするかで」

 「正当後継者がヨシュなんだろ? 揺れることないじゃん。ヨシュが族長だよ」

 「強い者に従うのが草原の掟。長子が族長を継ぐパターンが多いけど、長子を超える力や器をもった子が生まれれば、その子が次期族長になる」

 「直接対決で負けたヨシュは」

 「族長の資格がないと考える者がいる」


 へぇ。


 思わぬところに戦力が落ちてたもんだ。


 敵の敵は仲間。


 草原の民は武芸に優れる。ヨキもそうだし、マヤも強かった。


 族長候補であるヨシュを保護すれば、大幅な戦力の増強が見込める。


 ふふふ、運が向いてきたようだ。


 「よし! 話は理解した! 帰ろう!」

 「!?」

 「いや、あのアリの群れとコンタクトするのはなしだから。だって喋れないだろ?」

 「働きアリのなかには発音器をもち、外部との交渉を担当する個体がいる。それに小人と接触できれば帝国蟻ともコミニュケーションがとれるかもしれない」

 「その個体と接触するまえに攻撃されたらどうすんのさ!」

 「帝国蟻は知的な生き物、エサとそうでないものの区別くらいはつく。急に攻撃してきたりはしない」

 「まさかとは思うけどマンデイ先生、帝国蟻の生態に詳しかったりする?」

 「ルゥの著書に記載されていた。デルアの汚点として」

 「汚点?」


 その昔、デルア王子が虫の領地で殺害されるという事件が起こった。暗殺である。


 後々判明したのだがこの一件、虫の生物にはまったく非がない。


 ヒト至上主義のデルアに敵が多いのはもはや常識なのだが、この事件はヒト以外の人種がくわだてたデルアをおとしめるための策だったのだ。


 デルア王子が虫の領地に隣接する街を訪問したタイミングで襲撃、暗殺。同時進行で帝国蟻にちょっかいを出す。


 この策により、帝国蟻がデルア王子を殺害したという事実をでっち上げた。


 昔の世界にも俺とおなじように卑怯な奴がいたのだ。


 その事件を契機として、デルア対帝国蟻の図式が出来上がった。


 「それでルゥが帝国蟻の生態を調べたんだな?」

 「そう」

 「にしても帝国蟻って不憫な生き物だな。ルゥがいた頃のデルア相手に勝てるはずがない」


 おそらく本格的な戦争になるまえに、真実が明るみに出たのだろう。運がいいというかなんというか。


 「デルアは負けた」

 「そうだろうな。ルゥ相手に……、ん? いまなんつった?」

 「デルアは撤退した。事実上の敗北」

 「いやいや冗談だよね? ルゥはラピット・フライみたいな強生物を絶滅させた男だよ?」

 「帝国蟻とデルアの戦争は十年続き、デルア国民の八分の一が犠牲になったと言われている」

 「えぇっと、それは……」

 「帝国蟻は虫の最大戦力。虫が広大な土地を死守し続けているのも彼らの功績。それに帝国蟻は他の種族と共闘したという記録も残っている。味方にすれば心強い」


 ルゥが指揮するデルアを退けた? そりゃすごい! ぜひとも味方にしたいものだな!


 「よし! そういうわけならメロイアンに帰ろう!」

 「なぜそうなるのかがわからない」


 おバカなマンデイ。


 「ルゥ込みのデルアと十年戦争して退けた奴らと揉めたらどうすんの? 囁く悪魔だけならまだしも草原の民もいるんだよ? おまけに帝国蟻まで敵に回ってみろ。終わりじゃん。勝ち目がない」

 「帝国蟻は賢い。知の代表者であるファウストと敵対するとは思えない」

 「だぁかぁらぁ! 万が一ってことがあるだろう? 草原の民は欲しいよ? あぁ欲しいとも。ヨキとおなじレベルの奴らが味方になるなんて最高じゃん。ついでに帝国蟻と仲良しになってたら言うことないさ、でももし敵になったら? そのへん考えてる? いまこのタイミングで敵対してみろって。絶望だよ?」

 「虫の代表者に見せた菌を使えばいい」

 「あんなものはない!」

 「かと思ってた」

 「そりゃ時間をかけたら造れるだろうけど、俺も勇者の端くれだ。無意味に生物を傷つけるようなことはしないよ。というか虫のアホに言ったことはほぼハッタリだ! ほとんど嘘!」

 「詐欺師……」


 あぁ、愛情表現。今日も俺は愛されてる!


 「詐欺師でけっこう! これが俺の戦い方なのだぁ! ガハハハハハ!」

 「ファウスト、着陸するならどこがいいと思う」

 「着陸? そりゃアリがいないところだろうな。あの辺とかどうだ?」

 「うん」


 ……。


 「なぁ、マンデイ」

 「なに」

 「とりあえず【ダイバーN1】に着替えるのは止めような」

 「いやだ」

 「なぁ頼むよマンデイ大先生。メロイアンの戦力確保の観点からリズもハクも置いてきたんだ。いまは二人だけなんだよ? 誰がマンデイのフォローをするの?」

 「ファウストがすればいい」

 「わかった、わかったからちょっと話を聞け!」


 マンデイのイヤイヤループなら何度も攻略してきたじゃないか。今回だけじゃないだろ。


 ここで冷静さを失ってしまったら俺の負けだ。親より強い娘がいるものか。


 俺は口八丁手八丁でこの混乱極まる世界を生き延びてきた強個体。こんなところで負けてなるものか。


 「よし、では武器を造ってやろう。モーニングスターにもメイスにも負けないクールでホットなやつさ。その名をスパナと言う」

 「いらない」

 「いらない? スパナだぞ? ちょーかっこいいぞ? それなら、おまけに六角レンチもつけてやろうな」

 「いらない」

 「わかった! じゃあマスキングテープとインパクトドライバーも造ってやる! よかったな、マンデイ。DIYもなんのその! ん? マスキングテープ?」

 「いらない。それよりも帝国蟻との交渉が大切」


 ちっ、ついには物で釣る作戦も効果がなくなってしまったか。


 「マンデイ、この世界には触れちゃいけないものというのが確かに存在しているのだよ。なぁ考えてみろ。ルゥがだよ? あの最強最悪の魔術師であるル・マウが攻めあぐねて勝てなかった相手なんだぞ? 触らぬ神に祟りなし。あぁいうのは放っておくのが一番なんだ。変に接触しない方がいい。な? 俺のいうことを聞いとけって」

 「私情を挟んでる」

 「私情? ちょっとなに言ってるかわんない」

 「ファウストは虫が苦手」

 「いやいやいやいやいやいやいやいや! ないないないないないないないない! そんな理由で嫌がってると思うか? 俺がそんなに器の小さい男に見えるか?」

 「……」

 「いや、なんか言ってくれ。傷つく」

 「なんとも言えない」

 「いいかマンデイ、俺は虫が苦手とかそういう理由でアレと交渉しないとか言ってるんじゃない。断じて違う。そりゃ気持ち悪いしグロいし見ててムカムカするよ? でも今後の世界のことを考えるとだな――」

 「もういい」

 「おい! まて! いや、本当に、マジで、冗談じゃないからな。跳ぶなよ? フリじゃないぞ?」

 「いつかファウストが言ってた」

 「なにを?」

 「知の世界では、跳ぶなと言われたら跳ばなくてはならない」


 鳥肌が立つくらい婉然えんぜんとした笑顔をつくったマンデイは、それはそれは美しい跳躍で【エア・シップ】から飛び降りたのだった。


 なんで俺はジャパニーズ・コメディのお約束なんて教えたのだろうか。かつての自分をぶん殴りたい。度し難いアホである。


 こりゃ困ったことになった。


 あのなかに飛び込むのかという恐怖はもちろんある。だがアリの群れに飛び込んだマンデイを無視したまま幸せな人生を送れるほど、俺は図太いハートの持ち主ではない。


 これだから小心者は……。


 俺はマンデイの後を追い、【エア・シップ】から飛んだ。

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