第219話 狂ッタ 勇者
なぜかわからないけど、ハクが少しだけ従順になったような気が……。
反抗期が終わりかけているのかも。
そんな俺の視線に気がついた女王様は。
おい、アホ。なに見てんだ○○○にすんぞ、あぁん? みたいな顔をする。
前言撤回。氷の女王様は反抗期真っ盛りだ。
「マンデイ、腸管出血性の微生物はどう?」
「問題ない。経口感染。排泄物に触れた手で食べ物を摂取することで感染する。症状は出血性の下痢、嘔吐、腹部の腫れ」
「パンデミックの可能性は?」
「限定的な流行はある。でもパンデミックまでには至らない。活動期間のリミットを定めているから」
「よし」
細菌兵器の難しいところは、思いがけない場所まで効果が広がってしまうこと、そして非戦闘員まで巻き込んでしまうこと。
草原の民にも非戦闘員はいるだろう。本心を言うと、そういう人たちを巻き込みたくはない。だが女子供といった非戦闘員を傷つけると、戦闘員の動きが制限されるというメリットもある。倫理的にはNG、でも旨味もあるのだ。複雑な心境だがメロイアンを守るためにはしかたがない。
ネズミっ子の医療部隊を草原に隣接するデルアの都市に派遣する根回しはしている。
もしデルアにまで飛び火してしまった場合のケアは必須だ。
今回、散布する細菌兵器は命を奪うほどのものではないが、体液の少ない子供や老人、元々弱っている病人にはかなりの負担になってしまう。
デルア市民はネズミっ子たちが治療を施すが、草原の民のフォローをする余裕はない。子供や高齢者のうち数%は命を落とす可能性がある。
心が痛む。
だがいま行動しなければ草原の民は短い期間で力をつけてしまうだろう。俺が留守にしている間にメロイアンを攻められたら悔やんでも悔やみきれない。
虫の代表者と会えるタイミングは、たぶんいましかないはずだ。
草原の民は囁く悪魔の息がかかってる。この戦いはおそらく最終決戦。
最後の最後で勇者の足並みがそろいませんでした、では話にならん。
水のワシル・ド・ミラは内戦を終え、現在は比較的自由に動ける。フューリーとはズッ友、ルーラー・オブ・レイスにはヨキが。エステルは恋の魔法で俺のコントロール下。あとは虫だけ。
侵略者がどこにいるかは未だにわからんが、この戦いに勝利すれば状況が変わるはず。
負けられない戦い。
この世界を救う力をもったすべての役者が、おなじビジョンをもってことに臨む。敵を圧倒し、侵略者を潰す。
以前、獣の前代表者である亀仙がある予知をした。
虫は共闘しない。
だが未来は変わる。亀仙の予知も絶対ではないのだ。
創造する力は夢の力。
何度も不可能を可能にしてきて、何度も何度も救われてきた。産廃上等。
虫の代表者もちゃちゃちゃっと説得して、味方につけてやる!
人間、慣れないことをするものではない。
虫に飛んだ俺は、どこのマンガの主人公? ってレベルでポジティブ・シンキングになってしまっていた。
「一度しか言わないからよく聞けよ、知のガキ。虫は自衛しかしない」
取りつく島もなし。
虫の代表者は姿すら表さず、鈴虫のような発音器をもつ昆虫を操作して、そう言い放った。
「以前あなたは侵略者と何度か戦っているはず。この世界を救おうという意思はあるのですよね?」
「ない。この地を守っただけだ。これからもそうする。次はないぞガキ。虫は、自衛しか、しない」
この世界の常識を一つ教えてあげよう。
強い奴は、性格が歪んでいる。
研究に没頭しすぎて歪んだジジイ、ちょっとまえのことを忘れてしまうアホな鳥、一回特殊な攻撃を食らっただけで心が折れちゃう巨大生物、恋に盲目な天才ヒーラー。
強くてまともなのはフューリーくらいのものだ。
そう、フューリーくらい。
「それではあなたは我々と敵対するということですね?」
「誰もそんなことは言ってないだろうがマヌケめ」
「いえ、侵略者の打倒は我々の義務です。すでに水、魂、獣、明暗は共闘する意思を表明している。この戦い、十中八九我々が勝利するでしょう。僕も含めた代表者五個体が力を合わせれば囁く悪魔など敵ではない」
「であれば虫が戦力を差し出す意味もないな」
「いえ、ありますよ」
「なんだと?」
「いま我々代表者が目下話題にしているのは、戦後処理です。もっと簡潔に言いましょうか。我々は揉めているのです、侵略者を討伐した後の報酬で」
「報酬?」
「その通り。獣は代表者であるフューリーが二度、侵略者と戦っています。一度目はフューリー単騎で戦い、侵略者の情報を収集、他の代表者に警告までしました。二度目は魂のルーラー・オブ・レイスと水のワシル・ド・ミラを救った。それだけの働きをしたのにもかかわらず獣の領地は狭い。不満が出るとは思いませんか?」
「侵略者とは虫も何度か交戦している」
「あれれー? 自衛をしただけだと仰ったのはあなたではありませんでしたかー? 僕の聞き間違いかなぁー?」
「交戦したことには代わりはない」
「ほう、それで?」
「それで?」
「その交戦がこの世界のためになりましたか? たしかに虫は侵略者と戦うことでダメージを受けたかもしれない。しかし逆に言えばそれだけでは? 自らの担当するエリアを守りきったと言えば聞こえはいいですね。ですがあなたが侵略者を追い払ったところで、この世界にはなんのプラスにもなっていないのですよ」
「なんだと、ガキめ」
「失礼、これは僕の意見ではないのです。世界の総意、といえばわかりますか?」
「……」
「虫の領地はいささか広すぎるようだ」
「多様な種を抱える虫にとって、広い領地と豊富な
「素晴らしい! 同胞を守ろうとする姿勢に感銘を受けた! たしかに虫には広い領地が必要だ! 心からそう思う! 僕はね」
「含みのある言い方だな」
「お気づきになりましたか。実に残念ながら僕一人がそう思っていても虫の立場は覆りません。実に悲しいことだ。こんな立派な代表者がいる土地が奪われようとしているなんて!」
「奪われる、だと?」
「戦犯、という言葉をご存知ですか?」
「知らないとでも思っているのか」
「素晴らしい! あなたは虫に生息するすべての生命を守ろうとする立派な心の持ち主であるうえに、学もおありのようだ! ファウスト、感動」
「なにが言いたい」
「賢いあなたなら、薄々勘づいているのでは?」
「……」
虫と隣接する場所であれだけの騒ぎが起きたのだ。いくら自らの領地のことしか関知しない性悪でも知らぬはずはあるまい。
「明暗はあなたの管轄する土地の合成虫により大打撃を受けました。そして明暗の代表者であるエステルは瀕死の重傷を負い、未だに回復しきっていない」
ここに来るまえに俺が創造した飯をバクバク食っていたがな。
「
「エステルは土地の譲渡を宣言しました。明暗領はかつての三分の一になりそうです。まぁ最終決戦の活躍が認められれば少しは状況は変わりそうですがねぇ。で、虫はどうなると思います?」
「土地は渡さん」
「と、あなたは思っているでしょうが、そうはいきません。草原のその北部にある敵の本拠地をとれば、次はなにが起こると思います?」
「戦後処理か」
「たいした功績もなく自衛に徹するだけならまだしも、合成虫という負の因子を世界中に撒き散らし、明暗を瀕死にまで追い込み、最終決戦でも傍観者の姿勢を崩さない。そういうのをなんと言うかご存知ですか?」
「……」
「戦犯、そう呼ぶのですよ。その戦犯が広大な土地を所有し続けるのを許すほど、我々は甘くはありませんねぇ」
「黙れガキ。貴様らが相手であろうとこの地を譲る気はない」
頑なだなぁ。実に面倒くさい。
「いまから映像をお見せしたいのですが、この虫が見た映像をあなたが見ることは可能ですか?」
「あぁ」
もうちょっと脅しとくか。
「マンデイ」
「うん」
マンデイの胸から魔力の導線を伸び、俺と虫に繋がる。
俺がイメージしたのは、菌、カビだ。
「これは僕が所有する兵器でしてね、生きた虫の節足の間に菌糸を形成するのですよ。すごいでしょう? この白く見える部分はぜーんぶ菌なんです。あぁ美しい!」
「それがどうした」
「実はコレ、僕が造ったんです。栄養と湿度があれば際限なく広がり治療方法はなし。これの拡大を防ぐためにはどうすればいいと思います?」
「焼く。そして貴様を殺す」
「ふふふ」
「なにがおかしい」
「焼いても無駄なんですよ、これ。僕は心配性でしてね、仮想敵がこんなことをしてきたら困るなぁ、とか、こんなことをしてきたら嫌だなぁっていう選択肢を全部潰してしまわないと安眠できないのです。いやはや、この心配性は病気の域ですよ」
「貴様は愚鈍な男だな。その兵器を知って生かして帰すと思うか?」
「いいですよ。殺したら?」
「なんだと?」
「僕が帰らなかったら虫の領地全土にこれを撒き散らすように言っていますから、殺したければどうぞお好きに」
「……」
「シンプルな話をしましょうか。この戦いに協力するなら便宜を図ってもいい。ですが拒めば——」
「ちっ」
「あなたの細胞の一部を預かります。伝書鳩を使って指示を出すから、そのタイミングでアレを起こして欲しい。ね? シンプルでしょ? それだけで戦犯扱いではなくなる。みんなハッピー」
「アレ?」
「そう、アレ」
この世界の強者でまともなのはフューリーだけだ。
みんな性悪で、どっか狂ってる。
そう、俺もな。
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