第200話 狂鳥

 過程にはすごく時間がかかるのに、結末は案外あっさりしてたりするもんだ。


 特に創造する力はそういう事態を招きやすい。


 敵の能力や実力を考察して必要な物を創造し続ける。あれこれ考えて造っているが、実際に使ってみると一発で仕留められたり、すぐに結末を迎えたりしてしまう。不測の事態というのはそうそう起こるもんじゃない。


 その傾向は俺の初陣デ・マウの時もそうだったし、対ゴブリンでも変わらない。きっとこれからもそういうのが続いていくんだと思う。


 準備、準備、また準備。


 造った物をお披露目する機会は一瞬だけ。


 「はぁ、はぁ、はぁ。な、人間んん! この病をぉぉおお――」


 なんだかすごく息が苦しそうで不憫だから、助け舟を出してあげよう。


 「苦しそうですね。僕が話すから喋るのをやめなさい。窒息しますよ?」


 目の前のカニ? エビ? は知能をもった甲殻類だ。


 名をラガーという。ある日、突然に破壊衝動に目覚め、水の実力者を巻き込んで絶対王者である水龍カトマトにケンカを売った。だがあまりにも強力なカトマトの水魔法を受けて沈黙、冷戦状態が続いていた。


 ラガーは俺の指示通りに喋るのをやめて、乱れた呼吸を整えはじめる。


 「残念ながらあなたが感染してしまったのはメロイアン住血吸虫という寄生虫です。メロイアン住血吸虫は肺やエラといった器官に卵を産みつけて、呼吸不全を引き起こしてしまう。放っておけば窒息状態に陥り、命を落とすことになる」


 ……。


 かなり苦しがってるようだけど、俺の言葉を理解しているだろうか。


 「僕の言葉が理解できたらハサミをあげて」


 理解は出来ているようだ。


 「僕の名前はファウスト・アスナ・レイブ。メロイアン住血吸虫の研究をしている。というのも、昔、親友がメロイアン住血吸虫に感染して死んでしまったんだ。奴らを駆逐するために、この寄生虫を撲滅するために寝る間も惜しんで研究を続けてきた。そしてようやく発見したのがこのマイクロチップ! これを体内に埋め込めば、メロイアン住血吸虫が卵を産むのを防ぐことが出来るのです!」

 「なにっ!」


 ラガーの息がまた乱れた。


 「ほら、興奮しないで。本当に死んじゃうよ? メロイアン住血吸虫の呼吸不全をあなどったらダメだ。心を穏やかにして僕の話を聞いてください。理解しましたか?」


 うん、ハサミが上がった。


 「まぁ、さっき言ったのは表向きの話で、真実は違うんですよね。あっ、最後まで怒らないで聞いてください。実はメロイアン住血吸虫は僕が造って広めたんです」

 「!」

 「ヤミガイという貝がいるのをご存知ですか? これは水出身の貝でして、繁殖期になると周囲の光を吸収して深い闇を作りだすことから、その名がつきました。繁殖期以外は身の回りの光をコントロール、周囲から見えないように隠れています。擬態の達人といったところですね。繁殖力も強く、ラガーさんが思っている以上に数がいる。メロイアン住血吸虫はヤミガイの体を利用して繁殖と変態をします。感染経路は経皮感染。メロイアン住血吸虫が生息する水に触れたらアウトです。つまりこの寄生虫に感染したくなかったら水に触れなければいい。まぁ、それが出来ればの話ですが」

 「貴様がぁぁああ――」

 「こらこら、興奮しないで。窒息するよ? で、先程申しあげた通り、僕はメロイアン住血吸虫を不活化させるマイクロチップを保有しています。水龍カトマトや、ワシルに付き従うと決めた生き物にはすでにマイクロチップを埋め込んでいるのですが、ラガーさん、あなたはどうしますか? このままメロイアン住血吸虫に蝕まれて死にます? それとも助けて欲しい? 僕としてはどっちでもいいんだけど、どうする?」

 「殺して、やる。殺して――」


 メリメリメリ、とラガーの背後から音が。


 「マンデイ」

 「うん」


 ラガーの種族は優れた外皮をもっている。カチカチに硬くてなかなか傷がつかない。でもスーツのアシストでアホみたいな腕力を手にし、(頑丈さ)の特徴が付与されているメイスを振るマンデイなら。


 「おぉ、われるもんだね」

 「うん」


 夏の浜辺のスイカと一緒だ。


 「残念ながらラガーさんは僕たちに協力するつもりはないようだ。まったく嘆かわしいことです」


 もともとラガーには期待していない。マンデイに甲羅を潰されてしまったこの個体は、おそらく侵略者に感化されている。


 サカの調べによると、心の底から侵略者に感化された生き物はなにをしても元の性格に戻ることはない。ゴブリンを率いていた大天使エルマーも破壊衝動や憤怒をコントロール出来ず、最後の最後まで本来の人格をとり戻すことはなかったそうだ。


 「僕が求めているのは、新しい世界のために働き、決断できる心のあるリーダーだ。誰かいませんか?」


 心を失った生き物は求心力がない。欲しいのは心のある新しいリーダーだ。


 「ガァァァアア!」


 急に魚人が襲いかかってきたが、メロイアン住血吸虫にむしばまれた個体がまともに動けるはずはなく、マグちゃんの針で沈黙した。


 こいつの名前は確か、ラ・イだったかな? ラガーの性格が変貌したのとほぼ同時期に変になっちゃった奴。コイツもダメそうだ。たぶん侵略者に感化されている。


 俺はスーツから針を取りだして、ラ・イに刺した。


 「いま、痛みの閾値いきちを下げる毒を打ち込んだ」


 ラ・イの額にフッと、息を吐く。すると、苦しげにのたうちまわりはじめた。


 「残念ながら彼の命もここまででしょう。彼は息が吹きかけられただけで、地獄のような痛みを味わう体に変わってしまいました。気の毒に。うまく呼吸が出来ず、わずかな刺激がいままで経験したことのないような痛みになってしまう。彼はそんな苦しみを味わうようなことをしたのでしょうか? どう思います? たしかあなたはデ・ニエスさんでしたか?」

 「……」

 「僕が怖いですか?」


 コクコクと小さくうなずくデ・二エス。


 「あなたたちは苦しんで死ぬべきです。頭がおかしくなるくらいの最高の痛みを味わい、息も出来ずに、誰にも救われず、惨めに死ぬべきだ。なぜだかわかりますか?」


 今度はフルフルと首を振る。


 「争いを求めるからだ。水の内戦で多くの命が失われた。未来ある若者の命が、子を愛でる母の命が、いままで水の平和に貢献してきた強者の命が。その内戦の発端となったあなたたちが楽に死ねると思いますか?」

 「……」

 「ですが僕は寛容な男だ。たしかにラ・イさんやラガーさんのように物わかりの悪いバカを救うほどの心の広さは持ち合わせていない。でもデ・二エスさん、あなたは賢い生き物のようだ」

 「……」

 「事と次第によっては助けてやってもいいのですが、どうしますか?」




 俺が以前住んでいた土地に、寄生虫がいた。


 風土病と呼ばれたその虫は、多くの命を奪い、人々を恐怖のどん底に叩き落とした。長い時間をかけ、幾人もの医師が人生を捧げて原因究明と寄生虫の根絶を果たした英雄譚えいゆうたんは、後世に語り継がれることになる。


 前世の寄生虫はたしか消化器官に卵を産みつけて肝臓の機能を低下させるというものだったが、俺が創造したメロイアン住血吸虫は、もっと素早く、もっと凶悪だ。


 息が出来ないという状況は、死を直感させる。もしもその苦しみから救われるのなら、なんでも捧げるだろう。


 「カトマト様。水棲生物のなかにも侵略者に感化された生き物がいるかもしれません。彼らを根絶やしにしてください。そしてカトマト様に服従し、僕のマイクロチップを受ける個体だけを集めて欲しい」


 通訳のスキュラ、マ・カイがうなずいた。


 「水の内戦はこれで収束します。メロイアン住血吸虫は不完全な生き物なので、マイクロチップを埋め込まなくても放っておけば絶滅しますが、処置をすることで劇的に改善する。水の生き物は病を滅ぼした男として僕を崇拝するでしょう。僕が平和を望む以上、僕を崇拝する彼らも、そのように動くはずだ。もしデ・二エスが性懲りもなく反乱を起こした時のために、別の型のメロイアン住血吸虫の卵を置いていきます。カトマト派に埋め込んだマイクロチップと侵略者側に埋め込むマイクロチップは別物で、新しいメロイアン住血吸虫を抑えられるのはカトマト派の生き物だけ。デ・二エスの反乱は一晩で終結するでしょう」

 「カトマト様は、なぜデ・二エスにすべてを話した、と仰っている」

 「リスクヘッジです。もし敵方が真実を知らずにこの内戦が終わったとする。なにかの拍子に真実が曝露されることになれば、彼らは必ずカトマト様や僕に復讐をしようとするでしょう。病を創造し、それをコントロールしたように演じたと知られれば、彼らが怒るのは目に見えている。だから敵方の主要な生物であるデ・二エスを利用しました。デ・二エスは僕の行為をすべて理解したうえで平和的に内戦を終結させるために動くと約束したわけです。あの男は小心者だ。そして自らの行為が侵略者側の仲間にばれたらどうなるかくらいのことを考える知能はある。全力で真実を隠蔽しようとするでしょう」

 「お前は悪人よりずっと悪いな、狂鳥」

 「それは褒め言葉でしょうか?」

 「どうだろうな」

 「可能なら平和的に水を統一したいのですが、もしまだ反乱分子をコントロール出来ないようなら報告を。今度は手加減はしない」

 「手加減?」

 「マイクロチップを造らないと言っているのです」

 「……、把握した」


 獣は亀仙の抜けた穴をイケメンのフューリーがほぼ抑えてしまったようだ。水の内戦もこれで終わる。デルアの脅威も去った。明暗はボロボロになってしまったが、代表者のエステルはなんとか生きている。


 後はメロイアンを再生して拠点と戦力を確保。それが終われば攻めに転じる。


 さて、ちゃちゃちゃっと準備をして世界を救うとしようか。


 いい加減うんざりだ。誰かが傷つくのを見るのは。

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