第199話 倫理

 俺に与えられた能力、創造する力を最大限に活かすには、時間と忍耐、多大な労力が必要だ。


 一見するとなにをしているのか理解できない地味な作業の繰り返し、それが他の代表者と肩を並べられるくらいの戦力を生み出してくれる。


 「ファウストさん、これはなんなのですか?」


 と、キコが尋ねてきた。


 バカみたいに体が強いドワーフのガスパール、極道の世界でセンスを磨いたネアンデルタール人かデニソア人のユジー、そしてマンデイ並みの身体能力をもつウサギっ子のキコ。


 この三人はメロイアン防衛のかなめになるから、行動を共にする時間を増やして仲を深めてもらいたい。連携とかに関係してくるしね。


 どうせ一緒にいるのだから【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みも一緒にやってしまおうということで、水の拠点に招待した。


 「これは血液です。といっても僕が創造した擬似血液なのですがね」

 「血液を……、造ったのですか?」

 「えぇ、ここには、あらゆる生き物の血液を模した液体がある。どこに敵がいるかわからないから詳しくは話せないのですが、ここで生き物の血を研究しています」

 「血の研究?」

 「うん、あの血液のなかには微小な生物がいるんです。目に見えないほど小さい奴が。ちなみにコイツも僕が創造した生き物ですね」

 「その生き物を飼っているんですか?」

 「いや、その生き物が血液に及ぼす影響を調べてるだけ。なんて言えばいいかな。血液のなかには空気の一部が含まれているんだけど、それがどのくらい血と結合しているかとか、水素イオンのバランスを調べてる。例えばこれは……。ダメだね。イオンのバランスが崩れすぎている。こっちは……、イオンのバランスはまぁまぁだけど空気と血の結合が悪い」

 「それがなんになるんですか?」

 「内戦を終わらせることが出来る。あまり詳しく話すとアレなんで、この生き物についてはこのくらいにしておこうか」

 「は、はいっ!」


 さて、ガスパールとユジーの【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みに着手しようか。


 とりあえず変な成長をしないように、強さのイメージを聞き出すことに。


 「強さ……。強さか。難しいな」


 これはユジーの答えだ。


 強さに対しての明確なイメージはなさそう。どっかの竜みたいに妙なことになると困るから、いまのうちにイメージを固めておいてもらったほうがいい。


 「質問を変えようか。ユジーさんが強いと思う生き物はなんですか?」

 「仁友会のバーチェットは強い。相手がどれだけ武装していようと、どれだけの数がいようと怯まず戦える精神力。そしていくら殴られても斬られても倒れない強靭な体も奴の強さの要因だろう」


 なるほど。


 バーチェットに憧れているのなら問題はなさそうだ。ユキ・シコウやクラヴァンのようなベーシックな強化がされそうな予感。


 「わかりました。そのイメージのまま【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みに入りましょうか」


 次はガスパールなのだが、強さのイメージを聞き出したところ。


 「ワシはやはり狂鳥殿のような男を強いと思いますなぁ。ガハハハハ」


 うん、アウト。


 「ダメです。他のイメージをもってください」

 「なぜ!」

 「僕に憧れたまま未発達な細胞ベイビー・セルを打ち込んだら悲惨なことになりますよ? 翼が生えてきたり、毒を吐き出せるようになったり」

 「狂鳥殿のような翼が手に入るのなら無上の喜び。ガハハハハ」


 ダメだ。事の重大さがわかってない。


 「魔力の絶対値が上がったり、身体能力が向上するといったシンプルな強化は伸び幅が広くていい成長をする傾向にありますが、翼が生えたり毒を吐いたりといったどっかの竜(笑)みたいな成長は伸びにくい。翼が生えたとしても、とてもそれで飛べるレベルではないでしょうし、というよりむしろ自力で稼働できるかすら怪しいくらいの代物になるでしょう。毒も一緒。触れると少しピリピリするレベルの毒を生成するくらいが関の山ですね」

 「狂鳥殿のようには……」

 「なれない。断言する」

 「むむむ」

 「他にないですか? 強さのイメージや理想像」


 腕を組んで考えこむガスパール。


 「昔、一頭の狼を取り逃がしましてな」

 「ほうほう」


 数年前のこと。


 山で狩りをして生計を立てていたガスパールのまえに、それはそれは立派な狼が現れたそうだ。


 新雪のように輝く白い毛、整った顔立ちにバランスのとれた筋肉。


 「ワシはその狼に見惚れましてなぁ」


 確証はないが、その狼、俺の知り合いのような気がする。


 そこからガスパールとイケメン狼の死闘がはじまったのだが、ガスパールの攻撃は一度も当らず、相手の攻撃は一度もガスパールの肌を傷つけることがないまま、その邂逅は終わりを迎えた。


 「互いに決め手がなかったんですね」

 「うぅむ。あの毛皮が売れていたら、しばらくはゆっくり出来たのだが」


 ガスパールがその狼を狩っていなくてよかったよ。もしその狼がいなかったら俺の命はシャム・ドゥマルトで終わっていたかもしれないし、世界情勢は現在と比較にならないほど荒れていただろうから。


 「その狼を強さの象徴にしてもらってもかまいません。しかし獣に憧れる時は一つ注意が必要です」

 「注意?」

 「えぇ、体が獣化するかもしれない」

 「獣化。ワシはバカだから想像がつかんのだが……」

 「アレンと言う人間の例だと、竜に憧れた彼はウロコが生え、爪が伸び、ブレスを吐けるようになりました。まぁ見た目はそんな感じで残念な仕上がりになったんだけど、これが怖ろしく強い」

 「ワシよりも?」

 「うぅん、どうでしょうか。相性的なことを考えると、機敏に動けて力もあるアレン君がわずかに有利かもしれない」

 「ガハハハハ。いつか会ってみたいものですなぁ! ところで狂鳥殿、ワシはいろいろ考えるのが苦手でなぁ。さっきから頭を使いすぎて疲れてきた」

 「じゃあこのまま打ち込みますか。それとも【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込み自体を止める?」

 「強くはなりたい。それが狂鳥殿への報恩になるから」

 「でも容姿が変わるかもしれませんよ?」

 「ガハハハハ。ワシは生来のはみ出し者! 見た目が変わったくらいでなにを嘆くことがあろうか」

 「本当にいいんですか?」

 「うむ」

 「本当に本当に?」

 「うむ」


 まぁ本人が言ってんだからいいか。アレン君、見た目はあんな風で残念な感じになっちゃってるけど、戦力にはなる。


 一般市民のアレン君があのレベルまで引き上げられたのだから、ガスパールが獣化してくれて、【人の因子ヒューマン・ファクター】と【獣の因子ビースト・ファクター】まで打ち込むことが出来たら、それはそれはすごい戦力になるだろう。安心してメロイアンを任せられるくらいにはなりそうだ。


 頼むから翼が生えたり毒を吐いたりといった意味わからん成長だけは止めてくれよ。


 ある程度の方向性が決まった所で【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みをした。


 ユジーは問題なく施術できたのだが、ガスパールの肌がとにかく硬くて厚く、針が通らないというトラブルはあったものの、振動する針を開発してからはスムーズに作業できるようになった。


 「ファウスト」

 「ん? どうしたマンデイ」

 「ゴブリンとの戦いで運用したデータがあるから【兵器】の完成が早まりそう」

 「そうか。それはよかった」

 「でも最終的なテストをしなくてはいけない」

 「わかった。ガスパールとユジーの強化も一段落したところだし、さっそく始めようか。俺の体を使おう」

 「もし【兵器】が強く作用すれば呼吸が止まる。虫下しも間に合うかわからない」

 「しょうがないだろう……。アレで生体実験するなんてあまりにも節度がない」

 「ファウストはゴブリンに使った」

 「違う。状況が状況だったから、しょうがなく使ったんだよ」

 「敵になら使ってもいい」

 「うぅんどうだろう。時と場合によるなぁ」

 「エルマーがいる。アレはファウストの敵」

 「なるほど……。そうきたか」


 バタバタと荷造りして【兵器】の開発やユジーとガスパールのことをやっていたから、すっかり忘れていた。


 ワト軍を率いていた天使。そのほとんどはゴブリンたちの反逆の末、手足を切り落とされ、傷口から侵入した感染症などが原因で命を落としていたのだが、生き残っていた者もいる。


 その一人が大天使エルマーだ。


 「手は尽くしたけどエルマーは治らない。侵略者の感化は強力。サカの開発した微生物で心は壊わして人形にするしかない。どうせエルマーは死ぬ。心が死ぬか体が死ぬか。違うのはそれだけ」


 マンデイの言いたいことはわかる。どうせ殺すんだから【兵器】生体実験に使ってしまおうということだ。非常に合理的だと思う。敵の情報を引き出しつつ生体実験によるデータを手に入れられて、しかも始末まで出来る。一石三鳥だ。


 だが。


 「マンデイ。いくらそれが合理的だとしても、超えちゃいけないラインと言うのがある。今回の生体実験がまさにそれだ。【兵器】の運用データは欲しい。でもアレはかなりの苦痛を伴う。そんなことをしたら可哀想だろ? 殺すなら殺すでいいが、せめて苦しくないようにやってあげるべきだ」

 「……」

 「わからない? 俺が言ってること」

 「わかる」

 「そう、よかったよ」


 マンデイは正直でいい子だ。


 嘘をつくということをしない。


 たしかにマンデイは俺が言っていることがわかるとは言った。


 だが俺の指示通りに動くとは言っていなかった。




 そのやりとりがあった数日後。


 対水の内戦用の【兵器】は飛躍的に完成形へと近づいた。


 「どういうつもりだ、マンデイ!」

 「生体実験はいつかは通る道。生体実験を経ない【兵器】の運用は目的以外の生物を殺す可能性がある。いつか、誰かがしなくてはいけないことだった」

 「だから俺が実験体になるって言ったじゃないか!」

 「【兵器】の実験は危険を伴う。ファウストを失うわけにはいかない」

 「だからって……」

 「大天使エルマーは侵略者に感化されて人格が壊れていた。エステルの治癒魔法でも治らないほど深く傷ついていて、回復は不可能だと判断。【兵器】の生体実験時にはエルマーが苦痛を感じないよう、脳内の活動電位をすべて消却してとり行った。だからエルマーは痛み、苦しみは感じていない。生きていれば敵になり、心を壊してしまえばただの操り人形になる。この選択が最も理想的だった」

 「でも……」

 「ファウストを被験者として扱うことは出来ない。死んでもいい生き物の体で生体実験をする必要がある。そして侵略者に感化されて不可逆的に心が粉々に壊れた重犯罪者の天使がいた。もし納得がいかないのなら、もっと早い段階で代案を出すべきだった。それが出来なかったのなら、ファウストにマンデイを批判する権利はない」

 「……」


 はぁ。


 出たよ。娘にフルボッコにされる父親の図。


 マンデイちゃんは今日も元気に正論でガツンと殴ってくる。


 ぐぅの音も出ん。


 残念ながらマンデイの言っていることは正しい。この世界に来てかなり成長したとは思うが、まだまだ甘ちゃんだ。


 こういう時にパッと判断してパッ動けるような、そういう人物になりたいもんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る