第185話 狩 ノ 仕度

 ゴブリンの侵攻が遅れたおかげで、迎撃の準備が間に合いそうな気配がしてきた。


 そもそもデルア王国の首都、シャム・ドゥマルトはバフ・デバフおじさんことデ・マウ、死霊術師のドミナ・マウがいてこそ真価を発揮していたのだ。


 ちょっと引くくらいの規模の死体貯蔵庫、デ・マウの魔術の射程を計算してデザインされた都市、すべては彼らの能力を活かすために設計されたもの。


 その二枚看板を失ったシャム・ドゥマルトの防衛力は、以前とは比較にならないほど低下している。


 砦を創造するという発想は、もう少し早い段階で出てきていてもよかったかもしれない。


 ユキ・シコウの喪失や、【皇帝】ショックで頭がよく働いていなかった。地味でも勇者感がなくてもいいが、必要な時に必要なことを考えられない、行動に移せないのは最悪だ。反省しなくては。


 高さのある砦が欲しい。


 平地で絶命した兵士は、ゴブリンの食糧になる。高いところからチクチクと弓矢などの中・遠距離武器で攻撃するのなら、もし仮にゴブリンの投石を受けて戦死したとしても、死体の回収が可能。


 と、なると遠距離武器がいる。誰もが使えて破壊力のある物だ。クロスボウとかな。設置型の投石機やバリスタのような据え置き型の大弓も欲しいかもしれん。


 死者はなるべく少なく抑えたい。ガソリンを創造して投石機で投げるのもアリかな。ワイズ君夫妻の【飛榴弾】との相性もよさそうだ。


 しかし問題は倫理面か……。


 ガソリンぶん投げて爆弾投下とか、前世なら非難轟々だ。俺がそんな外道なことをする奴だと知れ渡ったら、どうなる?


 デルア国民は……。


 元々悪人のイメージだろうから、そう変わらないか。


 メロイアンのアホ共は……。


 「げはははは、さすがは狂鳥様だぜエ! 反吐が出そうなくらい臭ぇゴブリン共を丸焼きにしたんだ! 殺してから? 俺たちの狂鳥がそんな生優しいことをすると思うか? 生きたまま、だ。そうさ! 最高にイカれたクソッタレの狂鳥はゴブリンを生きたまま焼いたんだ! なんで生きたまま焼いたのかって? そんなのは簡単さ、あの男が世界で一番イカれてるからだ!」とかなりそうだ。


 まぁ、大丈夫かな。嫌われはせんだろう。


 リズとかミクリル王子みたいに比較的まともな人たちのリアクションが気になるが……。


 「ファウストさん?」


 おっと、自分の世界に没入しすぎてた。


 「あぁキコさん。ごめんね、考えごとをしていました」

 「いえ、とんでもない! ファウストさんは忙しいからッ!」


 ゴブリンの侵攻が遅くて救われた面として、未発達な細胞ベイビー・セルの成長期間を確保できたことが一番だろう。


 「やっぱりキコさんにスーツは無理みたいですね」

 「申し訳ないです……」

 「謝らないでください。これを使いこなすのにはセンスと長い期間の訓練が必要だから」


 と、フォローをしてみたが、キコは絶望的にセンスがない。魔法を用いたパワードスーツはもちろん、簡便なアシストスーツですら使えるか怪しいところだ。


 だが、それを差し引いても余りあるほどに身体能力が向上した。


 「体が軽いッ!」

 「いい成長をしましたね」


 元々、勇者召喚のエネルギーを吸収して産まれた存在、セカンドである可能性を疑うほどに身体能力が高かったのに、未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込みで、さらに磨きがかかった。


 脚力だけならスーツ装着時のマンデイを凌ぐかもしれない。反射神経もいいし、ボディバランスも優れている。


 欠点はスキルのなさだろう。彼女は格闘スキルや戦場での立ち回り方を知らない。とにかく体が強い、速い、そんなイメージだ。


 キコの強化はおおむね成功だろう。こういったシンプルな強化をした例として魔術師のルド・マウや天災ジェイ、ゴマちゃんなどが挙げられるが、みんな強くなっている。キコには将来的にメロイアンの防衛を任せようと考えているから、こういう成長をしてくれたのは本当に喜ばしい。


 だけど奴隷で家政婦のキャロルは失敗だった。


 「これだけなの?」

 「そのようですね。生命兆候な感じからも成長は終わってそうだ」

 「そんな……」


 元々この子は戦闘要員としてカウントしていなかったから、落ち込むようなことではない。だが、仕事に結びつく能力や、生活をしていくのに役立つような能力でなかったのはちょっとショックだ。


 「まぁ暴漢に襲われそうになった時なんかは役に立つだろうから」

 「そ、そうね」

 「すみませんね、針を刺したりして痛い処置に耐えてくれたのに……」

 「それはいいの、でも狂鳥、少しでもアンタの役な立てるような力がよかった」


 キャロルが手に入れた能力は【叫び】だった。どういう意味かというと、読んだ字のごとく。叫ぶのだ。すごい音量で。


 最初、よくわからないまま至近距離でキャロルの叫びを聞いた俺は、そのまま意識を失ってしまった。


 目を覚ますと実験用ビーカーなどのガラス製品はことごとく割れ、造りかけの細胞はもれなく死滅した。一番被害を受けたのは耳がよすぎるリズベット。俺と一緒に気を失ってしまい、しばらく意識が戻らなかった。


 【農園】の壁にヒビが入っていたといったらキャロルの【叫び】の威力が伝わるだろうか。ケリュネイア・ムースの攻撃に耐えた壁をだ。


 「キャロルさんの叫びは封印しておきましょうね」

 「そうね」


 【叫び】の使い勝手の悪さは、共闘のしにくさと、キャロルが接近戦をまったく出来ないという二つの特徴のせいで際立っている。


 敵陣に突っ込んで叫べば、それなりに敵の数が削れるはずだ。


 だがもし【叫び】に耐性がある奴が敵にいたらどうだろう。元々聴力のない種や、振動に強い種がいたら。誰かがフォローをしなくてはならないが、あの叫び声の近くでまともに戦える奴がいるか? 少なくとも、いま俺の周りにそういう奴はいない。


 だからキャロルは、【叫び】に耐えた敵との対面を、一人で乗り越えなくてはならないのだ。


 キャロルは小人だ、戦闘が得意な種ではない。魔法も苦手だからフライング・スーツも使用不可、空に逃げる選択肢もなし。残念ながら未発達な細胞ベイビー・セルでは身体能力の向上はほぼ見られなかった。


 一芸特化、しかも目立ちまくり、対策されていたら十中八九アウト。


 こんな危ない子と一緒に戦うのは無理だ。心が休まらない。こんなにフォローしにくいスペックの子と共闘し続けたら、そのうちストレスで胃に穴があく。


 キャロルはあれだったが、キコの方は普通に戦力として計上できる。近接主体、しかも動きが速く派手。


 こういうタイプは敵の注目を集めやすいから、マグちゃんや俺みたいな急襲部隊の動きの幅を広げてくれる。


 ヨキのような立ち回りをしてくれたら、味方の負担がかなり減るだろう。


 と、なるとある程度の重量は覚悟して、敵の攻撃を受けても怪我をしない防具の方向で考えた方がいいかもしれない。


 素の運動能力が高いから、少し重くても大丈夫だろう。下半身に致命傷を負わなければ、キコの足だ、たいていの敵からは逃げられるはず。


 キャロルにもなんか造ろうかな。あの叫びを拡張するメガホンみたいなやつ。あの振動に耐えて、かつ増幅させて敵に届ける兵器、か……。


 時間かかりそうだな。タフな作業になりそうだ。


 まぁこの辺の創造は余裕のある時にやるとして、いまは砦が優先だ。


 「マンデイ」

 「なに」

 「お引越しをするから手伝ってもらっていい?」

 「どこに」

 「砦を一から創造するのは実に面倒だし時間がかかる。ゴブリンたちの侵攻速度が上がっても対応できるよう、時間には余裕をもっていたい」

 「それで、なに」

 「【エア・シップ】を変形させて砦にする。ゴブリンたちの進路の予想はだいたいついているけど、それも確定事項じゃない。ガッツリ建ててしまうと柔軟な対応が出来ない。ワト軍と接触する直前まで動ける【エア・シップ】ならあらゆる事態に対処できるはずだ」

 「わかった」


 こういう風に一気に拠点となる砦を設置してしまえるのは【創造する力】のストロングポイントだな。腐っても神様のギフトだ。


 「おーい、ネズミっ子たちー」


 わらわらと集まってくるネズミっ子。


 「狂鳥様が呼んでいる」

 「なにかあったんだ」

 「怒ってる?」

 「怒ってないみたい」

 「狂鳥様は怒らないんだ」

 「ホントに?」

 「ホントだよ。狂鳥様が怒ってるところを見たことがないから」


 わらわらわらわら。


 そのまま黙っていると、次第に静かになっていった。


 「皆さんが静かになるまでに三十秒かかりました。みなさんネズミの獣人は、今後のメロイアンという街を支える重要な役割を担うことになります。普段のお喋りはしてもらって一向にかまいませんが、僕が呼び出した時は静かに話を聞いてください。緊急のお願いかもしれないので」

 「「「……」」」


 返事がなくてわかりにくいが、彼らはちゃんと理解している。というより全員が理解している必要はないのだ。彼らのうち、誰か一人でも理解していれば、知識は伝播していくから。


 「まずは引越し作業をします。【エア・シップ】のなかにある物をすべて【農園】に移し、逆に【農園】のなかにある魔力貯蔵タンクを【エア・シップ】に積むよ。詳しい指示はマンデイが出すからお願いしますね」

 「「「……」」」


 うん、大丈夫な感じがする。


 「あっ、それと料理が得意な子はこっちに来てもらっていい? 二十人くらい」

 「「「……」」」


 隣り合う仲間と顔を見合わせて、動こうとはしないネズミっ子。


 あっ、そうか。俺が喋るなっていったからか。


 「喋っちゃダメなのは最初だけね、後は相談していいよ。みんなで喋るのが君たちの強みだから」


 ネズミっ子たちは目をパチパチと瞬かせた後、いつものようにペチャペチャと喋り出す。


 「もう喋ってもいいんだ」

 「ダメなのは最初だけだって」

 「後で喋るのはいいんだ」

 「料理が得意なのはカシイ・Qだよ」

 「昔スワル・Bのハムサンドを食べた」

 「美味しかった?」

 「とても」

 「じゃあ二人は決定だ」

 「ユタ・Vとその兄弟は亀仙様の炊事当番だったこともあるんだ」

 「そうだそうだ。ユタ・Vのスープを飲んだことがある」

 「美味しいの?」

 「すごくね」


 ネズミっ子会議はものの数分で終了、二十名ピッタリと選ばれていた。


 やっぱりこの子たちは優秀な種族だ。

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