第184話 光 ト 影
【皇帝】撃破後、ゴブリンの侵攻は目に見えて遅くなった。
理由はわからない。
同種合成をする時間を稼ぐためにわざと歩みを遅らせている可能性もあるから早めに決着をつけたいという気持ちもある。だが、こちらから兵を派遣するには絶妙に距離が遠いという問題が。
移動のために疲労した兵士たちに、ゴブリンを全滅させられるとは思えない。
やるなら万全な状態で、確実に数をかけてやる。変に兵士を派遣して食糧になってしまったら、またゴブリンの数が増えて力をつけるかもしれないから、ぜひとも慎重にいきたいところだ。
ゲノム・オブ・ルゥやミクリル遊撃隊の少数精鋭なら移動のコストは低く抑えられるが、もし全滅でもしたら、それこそ完全に詰み。デルア国民がゴブリンの食糧になってしまう。
同種合成のこともあるから早めに決着をつけておきたい、だが、攻めのリスクを考えるとそう簡単には動けない。
我々は微妙な判断を強いられていた。
もう一発【天体衝突】を撃ちこんで全滅を狙うとか、毒の散布などの意見が出たが、どれも現実的ではないと却下した。
【天体衝突】は、ハイリスク・ハイリターン。
ゴブリンを全滅させられる可能性はあるものの、周囲を更地にしてしまう。人は避難しているから巻き込む危険性はないが、街や自然はぶっ壊れる。
一発目はそれらのリスクを重視して、破壊されてもリカバリーしやすい箇所を狙って使用したが、それでも【天体衝突】の破壊した範囲は広大で、その爪痕は想像以上だった。
そしてなにより、俺自身が【コメットスーツ】を使いこなせていないのも使用を
毒を使用できない理由は簡単。完全に警戒されてしまっているのだ。
【天体衝突】の後に、ゴブリンの死体に仕込んだマグちゃんの毒。【皇帝】を殺した空を飛ぶ人。
ゴブリンは俺たちの姿が視界に入るとと警戒、観察し、食べる物は必ず匂いを嗅ぎ、俺やマグちゃんの体臭がついていないかを確認しているようなのだ。
対策されているせいで効果が薄いのに、リスクを負って毒を設置しに行くのはナンセンス。
ワト軍の動きは不気味だった。着実に、ゆっくりとシャム・ドゥマルトに近づいてきている。
リズの超感覚による外部からの情報収集と、ゴブリンを拉致して得る内部情報から判明したのだが、奴ら、食べ物が足りないために群れの空気が最悪で、リンチや同士討ちなどが横行しているっぽい。
同種合成をしたいからというよりは、嗜虐的な理由や、シンプルに食糧難が原因で共食いをしているようなのだ。
ゴブリンを率いていた天使も、すべてではないが食われている。
食糧として保存するために手足を食い千切ったうえ、焼いて出血を止めるという方法で生かされているようだ。それが手にした獲物を有効に保存するためにゴブリンが編み出した方法なのだろうが、なんとも痛々しい。
ワト軍は現在、地獄の再現のような状況にあるのだ。
誰も幸せではない。奪い合い、傷つけ合う。最悪だ。
あの日から……。
【皇帝】の命を奪ったあの日から、気分がすぐれない。なにをしても憂鬱で、楽しくないのだ。心がどんよりと曇っている。
いま、ゴブリンが経験しているこの世の地獄は、俺が招いた惨状ではあるまいか。【天体衝突】による群れの崩壊。毒による疑心暗鬼。そして王の殺害。
敵だから傷つけるのは当然だ。なにも悪いことはしてない。勝つために命を奪ったんだ、汚い方法で。だからどうした? なにを憂うことがある。俺は正しいことをしただけだ。でも本当に正しいこと? 大量のゴブリンを殺して、遺体に毒を盛って、正々堂々と戦おうとしている戦士を騙し討ちした。本当にこれは正しいこと?
しょうがないだろ。これが俺のスタイルなんだ。発電機を開発して、大規模な創造を可能にした。
でもどうだ。
この世界には俺より強い生き物で溢れているじゃないか。武器や防具、スーツの開発に心血を注いでも、それでも勝てない奴がいる。
これ以上なにをすればいいんだ。
訓練もしてる。強くなるために体にパーツも埋め込んだ。スーツも発電機も、日々グレードアップしている。兵器だっていつも考えて、よりよいものを探求し続けてきた。
だけど、まだ俺は弱い。
なんの準備もせずに戦えば、マンデイやマグちゃん、たぶんハクにすら勝てない。もちろん【皇帝】にも。
この憂鬱はおそらく、自らの力のなさに対する嘆きだ。正々堂々と戦おうとした戦士に唾を吐くような真似をすることしか出来なかった自分に対する失望だ。
鬱々とした日々が過ぎて行く。
「ファウスト、ちょっといいか?」
不干渉地帯に引きこもりながら、来たるゴブリンとの衝突に向けて武器の創造などをしていたのだが、そこに現れたのはミクリル王子だ。
「なんです?」
「【皇帝】の撃破により、戦況を悲観していた一部の兵士に活気が戻ったようだ。まず礼を言いたい」
「なんとか勝ててよかったです」
「……」
「……」
ん?
もう話は終わりなんだろうか。なにもないならさっさと帰って欲しいもんだ。いまは一人になりたい気分だから。
「なにもなければ、これくらいにしましょう。やることがあるので」
「……」
なにか言いたそうな雰囲気だけど、なんだろう。
「なにか?」
「お前が知の世界の正当な代表者であることを正式に宣言しようかと考えている。アシュリー教の指揮もファウスト、お前がするべきだ」
「なぜそう思うのです?」
「俺とお前の間には、どれだけ努力しようと、どれだけ望もうと埋まらない溝がある」
「溝?」
「お前が知の世界に選ばれた代表者であり、俺は違うという事実だ」
「と、言いますと?」
「どれだけ努力しようと俺に【皇帝】を殺すことは出来なかっただろう。お前が導くべきだ。俺のような
ミクリル王子はまるで針の束を呑み込んだような、なんとも苦しそうな顔をしている。
そうか……。
みんな、おなじなんだな。
自分の力のなさを嘆いて、誰かを羨んで。
「申し出は大変ありがたいのですが、あいにく僕には人のうえに立つような器はありません。いままで通りミクリル王子が代表者として生きていた方がデルア国民のためになるでしょう」
「しかし――」
「そうだ! こういうのはどうでしょう」
「ん?」
「あなたは光だ、ミクリル王子。そして僕は影。あなたが強くなればなるほど僕の存在は色濃くなる」
「それで?」
他人が落ち込んでいるところを目撃して元気を取り戻すのは、俺の性根が腐っているという証なのかもしれん。だがそんなことはどうでもいい。
ミクリル王子のおかげて少しだけ、気分が上向いた。
「生きる目的です。僕はあなたを活かすために動き、あなたは僕が活かすために政治をする。お互いが牽制し合い、支え合い、高め合い、励まし合うのです。あなたがこの世界に生きているという事実が僕の存在証明であり、僕の活動があなたの存在意義でもある」
「わからんな、なにが言いたい」
うぅん、他人にものを伝えるってのは難しい。
「互いに力のなさや自らの行為を悲観するのは、もう止めましょう。僕たちにしか出来ないことをするのです。後悔しないよう、ベストを尽くしながら」
「……。しかし……」
「あなたのことを知の世界の代表者だと、そう信じて救われる人がいるのならミクリル王子、どうか彼らの期待に応えてあげてください」
気分が少し明るくなったのはいいことだが、だからと言って状況が変わるわけではない。
ゴブリンたちは不気味に
一つ、気になったことがあったから、マンデイとリズに調べさせてい、答えを得た。
気になっていたこと、それは敵の大将であるはずの天使、聖者ワトの動向である。
今回、俺が敵対しているのは明暗の天使である聖者ワトとその生物兵器である、合成虫に感染したゴブリンのはずだ。
聖者ワトに関しては、たんなる
あるいは大将のクビを取ればゴブリンの侵攻が止まるかもしれん、という淡い希望もあり、聖者ワトの情報を集めていたのだが、まったくなにも出てこない。皆無なのだ。
ゴブリンと天使は一時的な共闘関係にあるが、完全に仲間なわけではない。天使とゴブリンの生活レベルにはかなり格差があるし、なんなら状況が悪化したゴブリンが天使を食ってる。
二つの種の間には明確な線引きがあるのだ。
俺が誘拐して情報収集しているのがゴブリンばっかだから、天使サイドのトップであるワトを知らないだけかもしれないとも考えたが、それでは説明できないほどワトの情報がない。
一応、リズとエステルに聖者ワトの動向について尋ねてみたが、二人ともなにも知らなかった。
「マンデイ、ここまで情報がないということは、ワトは既に死んでいるか消滅している、あるいはこの行軍には参加していない可能性がある」
「かもしれない」
「ワト軍が合成虫の捕獲が目的と思われる虫への攻撃をした時、すでにワトはいなかったのかもしれない。あるいはそれ以前から」
「うん」
聖者ワトが死に、彼の影響力とネームバリューだけが残った。そしてワト派の天使は彼の残り香を利用してプロパガンダを展開した。そんな感じかもしれん。
で、いまは収集がつかない感じになっている、と。
それはそうと、この
経時的な変化として、ゴブリンの個体数は食糧難、共食いのために減少しているが、これは同種合成による強個体が生まれる危険性も
シャム・ドゥマルト周辺まで敵が接近するのを待ち、街の外壁や防衛システムを利用して叩く予定だったのだが、それは甘え過ぎかもしれない。
「マンデイ、砦を築きたいんだ。いままで地熱発電でストックしてる魔力があるし、デルアの援助で人手も確保できる。二日もあれば建築できると思うんだけど、どう思う?」
「出来ると思う」
ミクリル王子のおかげで頭がスッキリしてきた。冷静だし、思考がクリアだ。
こういう状態で得た発想は大切にしたい。
砦。
やってみるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます