第166話 愛息
デルア王国の首都、シャム・ドゥマルトに到着するまでに、【兵器】の運用に必要な物はおおかた創造し終えた。
一つ問題があるとしたら、【兵器】を使用してから効果を発揮するまでのタイムラグだ。
これは使えばすぐに効くタイプのものではない。使用した後、敵に症状が現れてから攻めを展開しないとなんの意味もないやつだ。
つまり、あらかじめ主戦場となる地点を決めておいて、それに先んじて【兵器】を使用する必要がある。発症が早過ぎれば戦闘を拒否されるだろうし、遅過ぎたら正常な状態の敵と戦うのとなんの変わりもない。肝要なのはタイミング、それに尽きる。
上空からデルアを観察するが建物が破壊されている様子はない。どうやら間に合ったようだ。
本当は真っ先に不干渉地帯に行き、愛息ガイマンの顔を見て、なでなでモフモフしたかったのだが、それをグッとこらえてシャム・ドゥマルトに急行した甲斐があった。
王城の上空で【エア・シップ】を止めて高度を下げると、見慣れた顔が視界に入ってくる。俺は作業を中断して接近、彼女に声をかけた。
「こんにちは、ユキさん」
「すまないファウスト、助かった」
「とんでもない。で、状況は?」
「ワイズとウェンディ率いる飛竜隊がワト軍の侵攻方向にいる街の避難誘導をしている。奴らが通った跡は悲惨だ。なにも残らん」
「そんなに……」
「あぁ、全部食い尽くされてしまってな」
「ミクリル遊撃隊やアレン君にお変わりは?」
「特に問題は……、いや、あったな」
「え?」
つい先日、ベルちゃんが失踪してしまったらしい。
原因はいま俺の目のまえにいる女性、ユキ・シコウだ。いつまで経っても戦うことに怯えて、一向に自信をつけないベルちゃんに業を煮やしたユキは軍隊式の育成術をベルちゃんにしてしまった。
「軍隊式とは?」
「とにかく脅す。不安要素を次々に羅列してビビらせる」
「そんなことしたら萎縮してしまいますよ」
「そうだな、萎縮させるんだ。ビクビクしながら戦地に到着する。だが実際に戦場に出てみたらそこまで怖くないし、ちゃんと動けるわけだ」
「それで成功体験を?」
「そうだ。だがベルはそこに行き着くまえに逃亡してしまった」
「それはまた……」
ベルちゃんに軍隊式の教育なんてしちゃダメだよ。あの子はそういう子じゃないのに。まぁ後からはなんとでも言えるか。事実、軍隊式の育成法が成功してベルちゃんのメンタルが強くなってたら、ミクリル遊撃隊の戦力は格段に上がっていたはずだったわけだし。
「ベルが逃亡した場合、クラヴァンがベルの匂いで追跡していたのだが、クラヴァンは……」
「大丈夫、保護しています。いまは筋肉が切れて動けませんが、手術をすれば治りますよ」
「そうか。弟弟子が世話になったな」
「彼は最高の仕事をしました」
「あぁ」
ベルちゃんはミクリル遊撃隊のエースだ、ゴブリンの群れと激突するまえに見つけだしたい。だが
デ・マウとの戦闘で得た大切な学びが一つある。しっかりと機能するシステムと戦略があればエースは必要がない、ということだ。
あの戦争で不干渉地帯の先代の主であるハマドを倒したのはフューリーだった。神から与えられた能力をフル活用し、能力の差でハマドを潰したのだ。
だがもしもフューリーがいなかったらどうしていただろうか。
彼の指揮や存在感は結果的にこちらの勝利に大きく貢献してくれた。だがハマドを処理するという一点に着目すると、生物兵器を入れればなんの問題もなかった。
マンデイがユキ・シコウを抑えていなかったら? それもなくてよかった。もちろん、マンデイがあの場でユキ・シコウを殴り倒したおかげで敵の心が折れたのだから、そこは評価している。だが戦略的に最も貢献したのは死霊術師をピンポイントで処理して制空権を取るきっかけを作ってくれたリズベットの狙撃だった。
効率的に勝利に近づくには必ずしも絶対的な力をもったエースは必要ない。もちろん、エースがいれば急な敵襲などへの対応がしやすくなったり、ある程度のゴリ押しが可能になるのは事実。だがもっと重要なのは作戦を確実に遂行してくれる賢さと、堅い信頼関係で結ばれた味方だ。力は最低限でいい。
うちのメンバーの能力はかなり高い。だがそれ以上に作戦を遂行するために自分がどう動くべきかを考える頭がある。そして絶対に俺を裏切らないという信頼も。
その点、ベルちゃんは安定感に欠ける。安心して一つの場所を任せられない。
あの子は【セカンド】のなかでも上位に食い込む力をもっているというのは認める、が、だから必ずしも必要だとはならない。
「とりあえず【エア・シップ】を下ろしますね」
「あぁ、まだまだファウストに報告べきことが沢山ある」
【エア・シップ】の高度を下ろして、風で飛ばされないように固定。ネズミの獣人たちのために階段を創造してあげる。
「うわ! なんだコイツらは」
「ネズミの獣人です。獣の魔法使い天災のジェイさんの親戚ですね。彼らが今回のゴブリン討伐の肝になります」
「彼らは戦えるのか?」
「戦う必要はありません。彼らは彼らの仕事をする。それだけで戦況は一気にこちらに傾くでしょう」
「よくわからないが、ファウストが言うのだからなにか考えがあるのだろうな」
「とりあえずミクリル王子に会えますか?」
「あぁ」
ネズミっ子たちの行進を形容する言葉があるとすれば、わらわらわらわら。
小学校の避難訓練を見ている気分になってくる。せっかく数がいるのだからと荷物の運搬をお願いしたのだが、さぼる奴が一所懸命働いている子の荷物の上に乗って遊びだしたり、まえを歩く子の尻尾をかじったり、取っ組み合いの喧嘩をしだしたりする始末。
「こら、そこ! 遊ばない! 喧嘩しない! 真面目に働いている子の邪魔しない!」
「「「はーい」」」
非常に可愛くて癒されるのだが、どうしても疲れてしまう。保母さんとか学校の先生になった気分だ。
「マンデイ」
「なに」
「俺はミクリル王子から状況報告を受けてくるから、マンデイはネズミっ子たちに【オート・インジェクション】の研修をしてもらってていい?」
「うん」
俺が指示を出したらふざけたり、はしゃいだりするネズミっ子たちだけど、なぜかマンデイが指示をだしたらピッと行動する。ハクといいネズミっ子といい、どうしてアイツらは俺のことをなめいるのだろうか。不思議だ。
「よく来てくれたな、ファウスト」
「えぇ、クラヴァンさんが頑張ってくれたのでなんとか間に合いました。さっそくですが状況を教えてください」
「そうだな、なにから話そうか――」
ミクリル遊撃隊は長距離移動が得意なチームだ。
縦横無尽に飛び回る飛竜隊と、ルド・マウによる通路の魔術により、かなりの速度での長距離移動が可能になる。
合成虫の情報を得てすぐ、ミクリル遊撃隊はシャム・ドゥマルトに戻る必要に迫られた。そこでミクリル王子は考える。本隊の移動にはルド・マウの通路が必要だ。
無防備な状態でゴブリンの群れの攻撃を受ければひとたまりもないから、デルア各所への情報伝達も必要。そのために誰かを動かさなくてはならないのだが、長距離を楽に移動できるのは飛竜夫婦だけ。ワイズに諸侯への伝達を任せてウェンディを俺への伝達を任せる、という案も浮かんだのだがすぐに却下。それだと飛竜夫婦とデルア飛竜隊との合流が遅れてしまう。現王の竜将ワイズとミクリル王子の竜将ウェンディ。この二人がいるといないとでは飛竜隊の動きはまったく別物になる。
と、いうことでクラヴァンがメッセンジャーになった。
「なるほど、それで謎が解けました」
「ん?」
「いや、どうしてクラヴァンさんが来たのだろうと考えていたのです。あるいは飛竜隊がやられたのではないかとも考えていました」
「クラヴァンからなにも聞かなかったのか?」
「必要最低限の情報しか収集していませんでした。移動中もなにかと多忙だったもので」
「そうか」
シャム・ドゥマルトに到着したミクリル王子は周辺諸侯、特にゴブリンの群れの進行方向にある街や集落にはすぐに使者を送り、迅速な避難誘導を決行した。
さすがは有能王子。仕事が早い。
「それで周辺諸侯に注意喚起をする一環として不干渉地帯の主であるお前の息子、ガイマンにも声をかけたのだが……」
「ん? ガイマンに?」
「父さんの友人を助けるのは息子の務めだと言い出したのだ」
「なに!? それで、ガイマンは!?」
「安心しろファウスト、まだゴブリンの侵攻が及んでいない街の拠点警護をしてもらっている」
「あのバカ!」
「おい、ファウスト、ちょっと待て! まだ話は終わってない!」
この戦いにガイマンは関係ない! 怪我したらどうするんだ! 父さんの友人を助ける? なにをバカなことを……。
「ミクリル王子、ガイマンにもしものことがあれば責任をとってもらいますよ?」
「勘違いするなファウスト、私は止めたのだ。それでもガイマンが聞かなかったからせめて安全な――」
「言い訳は結構です。あなたがガイマンをこの争いに引き込んだことに変わりはない。僕はすぐにガイマンの救出に向かいます。あの子は不干渉地帯の主、簡単に神の土地をあけるのもバカだし、自らの身を危険にさらすのはもっとバカだ。親としてしっかりと道を正さなければ」
「……」
まったくなにをしてるんだガイマン……。
ネズミっ子たちに【オート・インジェクション】の説明を行っているマンデイを呼ぶ。
「マンデイ、ガイマンが前線に近い場所にいるらしい。すぐにあの子の場所に行って不干渉地帯に戻す」
「なぜ」
「危険だからに決まってるだろう」
「ガイマンは誰かの指示で前線に立ってるの」
「違う。自分の意志だ」
「なら不干渉地帯に戻す必要はない」
うぅん、マンデイにそう言われると、なぜか納得しそうになってしまう。
どうして俺はマンデイとのディべートで勝てないんだろう。
「それはガイマンに会ってから考える。マグちゃん、キコ、ついてきてくれ」
「はいッ!」「わかっタ」
とにかく合流だ。
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