第165話 剣 ノ 舞 Ⅳ

  ◇ 飛 剣 ◇


 ――デルア領東部――




 俺がいままでに会った代表者は知のファウストと獣のフューリーの二個体だ。


 ファウストはレイスの体や、他に類を見ないほどの武器を造り、地熱を利用した発電機なる物の創造に成功、無限の魔力を手に入れていた。また戦略的にも優れており、どんな苦境にも諦めずに戦い続ける心の強さもある。


 獣のフューリーは不死だ。打たれ強さならゴマの方が上だが、身体能力の高さや、威圧感、殺意など、戦闘に必要な物はすべて兼ね備えている。その上、死ねば強くなって復活だ。


 他の代表者のことは話だけなら聞いている。どいつも現実離れした奴らばかり。


 そして並外れて強い能力を保有しているのは明暗の代表者、エステルも変わらない。


 俺たちはゴブリンの群れから逃げながら食べ物を探しつつ移動している。最初は野生の獣などを狩っていたのだが、常に走っているゴマもよく食べるし、エステルもずっと食べていた。そんな細い体のどこに入っていくのかというほどに。


 俺の体は有機物であればゴマやエステルが食べれらない物も食べられるのだが、リズベットがよくない。


 「いいえ、私は満腹なのでいりません。どうぞエステルさんが食べてください」


 悪魔の国が滅ぼされたショックでたださえ飯を食っていなかったのに、食糧難でまた食べる機会を失った。誰かが飢えるくらいなら自分は食べなくてもいい。リズベットはそういう女なのだ。


 「いい加減にしろ。お前の索敵能力がなければ危険だ。ゴチャゴチャ言わずにさっさと食え」

 「しかしエステルさんが……」

 「食えというのが聞こえないのか」

 「……」


 そうやって走っていたのだが、ゴブリンの軍勢の行進は遅く、ついにはリズベットの耳でも足音が聞き取れないほどに距離が離れてしまった。


 いままで一般市民を巻き込まないように街や、生き物が多い場所は避けるようにしていたのだが、これだけ距離が離れたから安全だろうと、街らしき場所に立ち寄ってみた。すると……。


 「まったく誰もいないというわけではなさそうですが、これじゃあまるでもぬけのから、ですね……」

 「あぁ、だが襲われた感じではないな」

 「住民たちは避難したんですかね?」

 「かもしれん」


 一体どこのどいつがそんなことをしたのかはわからんが、手間が省けた。元々、俺たちの安全を確保したら住民の避難誘導をするつもりではあったからな。


 「ヨキ」

 「どうしたエステル」

 「お腹が空いた。これだけの街だからなにか食べ物がある。探しなさい」

 「貴様が食うのは俺たちの食事が確保できてからだ」

 「ちっ」


 そんな俺たちのやりとりを聞いていたリズベットがクンクンと周囲の匂いを嗅いで、走り出した。


 「こっちに沢山の食べ物があります。ヨキさん、エステルさんを抱えてきてください」


 リズベットが感じとったのは食糧庫の匂いだった。その場所には干した肉や乾燥した穀物が備蓄してあったのだが、それを見たエステルがこんなことを言い出す。


 「アタシをここに置いて」

 「なぜだ」

 「食べるからに決まってるでしょうが」

 「これをすべて食べるのか?」

 「これだけあれば充分。借りは返せる」

 「借り?」

 「アンタには関係ない。早く」


 エステルの食事風景はとても生物のものとは思えない。どう考えても体の要領を超える食事を一気に、まるで穴に吸い込まれていくように食べていくのだ。見ていると胸が気持ち悪くなってくる。


 「リズベット、いまのうちに食糧を集めて次の街に行くぞ」

 「はい、わかりました。あっ、ヨキさん、誰か来ます」


 ゴブリンの群れの足音や、誰もいなくなったはずの街に潜む謎の気配には充分に気を配りながら街を探索し、金目の物、食べ物を盗んでいった。リズベットのアホが金品をばらまき続けたせいでもう俺たちには路銀がない。盗みはよくないなどという綺麗事は言ってられん。アホを帯同して旅をするというのはそういうことだ。


 「なんだぁテメェら、俺たちゃ死神盗賊団の――」

 「うるさい」


 街に潜んでいたのはどうやら俺と同種の連中だったようだ。こうも人がいないと盗み放題だからな。こんな状況なら盗賊稼業も楽だろう。


 「ヨキさん?」

 「盗賊がいた。捨て置く」

 「でもゴブリンに食べられちゃう」

 「ちっ、最低限の治癒だけはしていこう」

 「ありがとうございます」


 速やかに盗賊を治療、食糧と金目の物を集めて食糧庫に戻ろうとした、その時。


 「ヨキさん、またこの街に誰かが入って来ました」

 「誰だ」

 「わかりません。東の方角から一人、女性か子供の足。かなり熟練した者です。ん?」

 「今度はなんだ?」

 「西からも誰かが……。これも女性かな? 軽い、まるで体重がないようなそんな足取り。こっちも相当な体運びです。……、泣いてる?」

 「ちっ」


 ゴブリンを率いていた天使か、あるいは別のなにか。どっちにしろ味方である可能性は薄い。以前の俺なら正体を確かめに行ったかもしれんが……。


 「リズベットすぐに退くぞ」

 「はい!」


 いま死ぬわけにはいかない。ゴブリンの氾濫をアイツに伝えなくては。


 「ヨキ」

 「!?」


 突然、耳元で囁かれた。


 反射的に剣を振る。


 「危ないよ、ヨキ。アタシじゃなかったら死んでる」

 「エステル……、貴様」


 欠損していたはずの手足が生え、翼も復活したようで空を飛んでいる。


 「力が戻った。ワトの手下を殺す。ヨキ、アタシのために戦いなさい」

 「ふざけるな。それより先にすべきことがある」

 「ない。アイツらはアタシのプライドを傷つけた。アタシからすべてを奪って、アタシの体を汚した。アイツらを屠ること以外にアタシがすることなんてない。さぁ、剣を抜きなさい、ヨキ。アタシがいれば負けることはない」

 「貴様は負けたんだエステル。だからゴブリン共に捕まっていた。違うか?」

 「違う! アタシは負けてない。アタシはまだやれる。アタシはまだ死んでない!」

 「仲間はみな死んだ。貴様のやり方は死を招く」

 「下等な生き物が生意気な口をきくな!」

 「やりたいなら一人でやれ。俺たちを巻き込むな」

 「なんだって!? アタシは明暗の世界に選ばれた代表者なんだ! 選ばれた種族の選ばれた個体なんだ! アタシの言うことは絶対なんだ!」

 「強者こそ謙虚であれ」

 「!?」

 「貴様が仲間を皆殺しにした理由だ。傲慢な権力者は破滅を呼ぶ」

 「うるさい! ヨキ、お前は許さない! 絶対に、絶対に――」


 その時、アイツが動いた。俺とエステルの意識外にいたアイツが。




  ◇ 剣 姫 ◇


 ――デルア領東部――




 女の泣く声が耳に入った。誰もいない静かな街にはよく響く。


 若い女が野盗かなにかに襲われているのかもしれない。ここは一つ、私が助けて差し上げようではないか。いや、貸しをつくって食べ物を恵んでもらおうとかそういうことではないよ? 本当に助けたいと思うから助けるんだ。しばらく剣を振ってないから禁断症状が出たとかそういうことでもないよ? 断じて違う。


 到着すると号泣しながら抱き合う天使と悪魔が……。


 その脇には長髪の剣士と黒い犬。


 よくわからないけどあの剣士が天使と悪魔をイジメてるんだろう。最低な男だ。よし、懲らしめてやろう。そして願わくばあの百合々々した天使と悪魔から食事をわけてもらおう。


 トン、トンっと屋根の上に乗ると、一気に距離を詰め、剣士の背後から剣を振り下ろ――


 「貴様は挨拶の仕方も知らんのか」

 「!?」


 うわっ!


 急に剣士の体が砂みたいに崩れたかと思うと、私のすぐ後ろに立っていた。


 「状況はよくわかんないけどアンタ、悪人だろ? 悪人相手に挨拶も糞もないよっと」


 もう後ろはとられない。二度もおなじ手を食らってたまるか。


 おそらくこの男はなんらかの魔法か魔道具で私の認識をずらしている。砂のように崩れる身体は幻覚のようなものだろう。だけど私は草原の民。この程度で幻惑されるほどやわじゃない。


 「いい刀だな。どこで手に入れた」

 「カタナ?」

 「貴様のもつ剣のことだ。俺の知り合いが打つ物によく似ている。どこで手に入れた」

 「天使から奪った」

 「そうか。もう少し遊びたい所だが時間がない。許せ」

 「は? 逃がすわけないじゃん」

 「【幻刀・朝陽】三の太刀、刃塵」


 男が鞘から剣を抜く。するとサラサラと男の体と剣の刃が崩れていった。


 砂嵐?


 大丈夫。これは幻覚だ。体が消えるなんてありえない。しっかり見るんだ。しっかり見て次の手を考え――


 「敵の挙動がわからないとつい見てしまう」

 「!?」


 声のする方に剣を振る。が、なににも当らない。


 「剣士としては間違った選択ではない、貴様は目もいいようだ。だが、これからの世界では、その一手が死を招く」

 「くっ」


 気が付くと剣士は消えていた。


 くそ、なんだアイツはっ! いままで見たこともないような剣と体。私のもつ不思議な形をした剣のことも知っていた。カタナ?


 何者だろう……。


 大きな犬に黒髪、細身……。


 はっ!


 あれが私の探してた危険な剣士じゃないか!


 なんで気が付かなかったんだバカバカ。




  ◇ 舞 姫 ◇


 ――デルア領東部――




 ふぇぇぇぇええええ。


 ふぇぇぇぇぇぇええええええ。


 ぴぇぇぇぇええええぇぇぇぇえええ。


 「ねぇ君、なんで泣いてんの?」

 「あどぉ、ベルぐぁ、ヒック、すぶまじのぉ、ヒック、ヒック」

 「ごめん、まったくなに言ってるかわかんない。ちょっと落ち着いて。ていうか泣き過ぎでしょ。ほら、落ち着いてね。深呼吸、深呼吸」

 「わがりまじだぁぁぁああああ。ぴぇぇぇぇえええええ」

 「ほら、泣かない泣かない。鼻水吹いて。名前はなんていうの?」

 「ベルでじゅぅぅうう」

 「うん、ベルちゃんね。よくわからないけど、逃げるよ。変な技を使う剣士がいるんだ。ゴブリンもいる」

 「じょうなんでじゅぅぅううう! ゴブジンがぁ、ゴブジンがぁぁぁあああ」

 「わかったわかった。とりあえず逃げるよ!」


 と、お姉さんに言われるままに逃げた。


 助かった? 助かったのかな? お姉さんは不思議な人だ。一緒にいると落ち着いてくる。


 「すみまじぇん、助けてもらって……」

 「いいよ、ちょっとは落ち着いたみたいだね。私はマヤ。で、ベルはなんで泣いてたの?」

 「ジャム・ドマルジョにゴブリンの群れが迫ってて、すっごい強いっていうから、怖くなって逃げて来たけど、ベルが、ベルがバカだから反対の方に逃げてきじゃってぇぇぇえええ」

 「ほら、泣かない。最後まで話す」

 「なんか人がおなじ方向に移動してるなぁって思ってたんですけどぉ、まさか逆方向だとは思わなくてぇ……ヒック」

 「じゃあいまからでも正しい方向に逃げればいいじゃないか」

 「逆方向に逃げたらシャム・ドゥマルトがあるからぁヒック、ベルは敵前逃亡の罪で処刑されちゃうからぁヒック。だからどうしようもなくってぇぇぇええええ。ヒック、体中の穴という穴がらぁぁぁあああ、ヒック、ぴぇぇぇえええ」

 「はいはい、よしよし。ベルみたいな可愛い子が逃げ出しても誰も怒らないし、処刑もされないって。なんなら私が一緒に逃げてあげるから、ね?」

 「マヤじゃんは、わがっでないんでじゅよぉぉぉおお。ベルが、ベルが、ぶじょうだがらぁぁぁああ」

 「ぶじょう?」

 「ベルはぁ、ベルはぁ……、ぶ、舞将なんでじゅ」

 「は!?」

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