第162話 鼠
敵の全容が判明し、それに対するこちらの戦略も確定した。俺がすべきことは【兵器】を運用するための人員を確保し、環境を整えること。
「マンデイ、兵器の具体的な運用計画を教えてもらっていい?」
「敵本隊上空に散布する。友軍にはあらかじめワクチンを打っておくけど、もし症状が出た時のために特効薬も準備しておいた方がいい」
「どれくらい?」
「日に一度、一錠を二日分だと考えて、六千錠もあれば足りる。そもそも特効薬はワクチンで抑えられなかった時の保険。ワクチンを打った個体が【兵器】に感染したと判明した場合、その時点から特効薬の創造にとりかかっても遅くない。人サイズの生物なら感染して二十時間後に症状が出る。そこから悪化したとしても二、三日は死なない。特効薬の備蓄はあくまでも感染しても死にはしないという自軍に向けてのアピールという側面の方が強いから」
「わかった」
獣に到着。
マンデイと【兵器】に関する簡単な申し送りを済ませてから【エア・シップ】の船内で休むクラヴァンの元へ。
クラヴァンは横になったまま天井を眺めている。覇気がない。
「今回はお疲れ様でした。お陰で助かりましたよ」
「そりゃよかった。シャム・ドゥマルトまで間に合えばいいが……」
「いまから獣に行って人員確保をしてきます。クラヴァンさんの手術は、時間があれば【エア・シップ】の船内で。無理そうならシャム・ドゥマルトに到着した後、不干渉地帯の【農園】でしようかと思ってるのですが構いませんか?」
「手術?」
「えぇ、体が動かないでしょ? それ、筋肉が切れてるのが原因なんですって。本来はそんなになるまで動けるはずはないのですが、さすがは強化術といったところですね」
「手術をすれば治るのか?」
「治りますよ」
「これは強化術の呪いなのだ。一度なったら治らないはずだが……」
俺も生まれたばかりの頃に、改造のせいで死にかけた経験がある。
その時、様々な治療を受けたのだが、この世界の医療はおまじないの域を脱していない。よくわからない液体の塗布や、祈祷のような行為など、とてもそれでよくなるとは思えないようなものを、本気でやってる世界線なんだ。
魔法で治すという選択肢にも穴がある。治癒魔法は受ける側が健康で、治癒に耐えられる体力がなければ成立しないし、魔法で全部治るというわけではない。
わかりやすいのは骨折だ。
高いところからの転落、落石、喧嘩、理由はなんでもいい、骨折するとする。そういう場合、この世界の住人は、治癒魔法を使える奴に診せてちゃちゃっと治すわけだが、もし骨折した時に骨がずれているとそのまま繋がってしまう。そうなるとずっと痛みは残るし、可動域に問題が出たり、痺れが残ったりするのだ。
つまり、骨折に対して治癒魔法を使う場合は、まず骨を正常な位置に戻してからでないとダメ。
この世界では、治癒魔法の適応外、かつ、おまじないでも治らない怪我や病気に対抗する術をもっていない。
今回のクラヴァンの症例もそうだ。
これは祈祷で治る種類の怪我じゃないし、千切れてしまった筋肉は外科的なアプローチで繋げてあげないと治癒魔法の効果がない。
クラヴァンの口ぶりからこの筋肉の断裂は、強化術の使い手に特有の深刻な怪我であり、一度なってしまったら根治は難しいと考えられているのだろう。
「断裂してしまった筋肉を正常な位置へと戻します。それから治癒魔法をかけたり、自然治癒能力で筋肉が復活するのをまてば治るでしょう。本当はすぐにでもとりかかりたいのですが、時間がないのですみませんが……」
「いや、また動けるとわかっただけでも充分だ」
「体が動けないと女の尻を追っかけられませんもんね」
「ふふふ、そうだな」
主人の危機を伝えるために動けなくなるまで走り続けたのだ。クラヴァンも意外とカッコいいところがある。
「さて獣に挨拶に行くぞ。マンデイ、ついてきて」
「うん」
早速、フューリーの元へ行き、いま判明している情報を伝えた。
合成虫のことやワト軍の動きについてだ。
「ということなので僕はデルアに飛びます」
(我も行きたいのだがのう)
「いまフューリーさんが動くわけにはいかない」
(うむ)
「最初からフューリーさんを連れて行く気はありませんでした。虞理山も情勢が不安定ですからね」
(すまんのう)
「謝る必要はありません。その代わり、ジェイさんをください」
(ジェイを?)
「えぇ、正確にはジェイさんの家族が欲しい」
(うむ、よくわからんがジェイに頼んでみるといい)
「わかりました。それと飛べて賢い生物を何匹か借りていきます」
(うむ、よかろう)
ジェイの他にも獣が保有する【セカンド】、タイマンが強くマンデイとも連携が取りやすそうな近接特化の喧嘩師グジョーや、大局的な戦況の変化に合わせやすい火塵のノーン、この辺を連れて行きたい気持ちもあった。これからも共闘する機会があるだろから、お互いの動きや能力を把握しておいた方がいいと思わないでもない。だが結局ジェイをとることに。
いまはとにかく人手が欲しいから、数が武器のネズミの獣人であるジェイの家族が欲しいし、ジェイの魔法は強烈だ。【兵器】を散布する時に役に立つだろう。
前代未聞のゴブリンの襲撃。
味方は勝手のわかったジェイがいい。指示も出しやすいし、性格も把握している。グジョーやノーンは次の機会にでも共闘するとしよう。
「ジェイさん、あなたが必要です!」
「は、はぁ? なによ急に! そんなこと急に言われても心とかその……、色々な準備が出来ないわ。でもその
「ジェイさんがなにを仰っているのかがよくわかりませんが、あなたの家族にも会わせてくれませんか? どうしても必要なことなんです」
「家族? 家族だなんてそんな急に! アンタは段階っていうものを知らないの? 急にそんなことを言われたら困るっていうか……。う、嬉しくないわけじゃないわよ? 嬉しくないわけじゃないけど困惑するっていうかなんていうか……。やっぱりこういうのってちょっとずつ進めていくべきだと思うの。だってそうでしょ? こういう……、プラトニックな段階っていうのはとても貴重なものなの。過ぎてたらわかるわ。なんて貴重な期間だったんだろうって後悔する日が来る。だから、家族に紹介とか、私が必要とか、そういうのはもうちょっと二人だけで築き上げた何気ない日々の向こう側にあるっていうかなんていうか……」
ちっ。なにを言ってるんだ、この薄らバカは。段階? なんの話をしている。いつも以上に顔が紅潮しているようだ。過度な成長による弊害か……。
いよいよしっかりとマンデイに調べて貰わないとな。
「ファウスト、下がって」
「? どうしたマンデイ」
「マンデイが説明する。らちが明かないから。ファウストは次に必要なことをしておいて」
「うん、まぁマンデイが言うなら……」
ジェイは
戦闘や任務はしっかりとこなしてくれるんだけど、時々変になる。必要以上に魔法関係に成長したせいで元々苦手だった魔力のコントロール余計に出来なくなってしまったことと、精神をコントロール出来ないという症状にはなにか因果関係があるかも。あまりひどいようならなにか対策をしないといけない。
マンデイが言う通りに【エア・シップ】に戻って【兵器】の調整やワクチンを投与するための道具を創造しながらまっていると、マンデイがジェイとその家族を連れてきてくれた。
ネズミの獣人がわらわらわらわら。
みな思い思いに喋ったり【エア・シップ】のなかにある物に触れたり、追いかけっこしたりしている。想像以上に多かったな、ジェイの親戚。さすがはネズミといったところか。だがこれだけの数がいれば【兵器】の運用は出来るはずだ。
「ありがとうマンデイ、よくわからんが助かったよ」
「うん」
で、さっき変に興奮したジェイはというと、マンデイの手腕だろう、完全に落ち着いていた。
「ジェイさん、先程は興奮されていたようですね。もう大丈夫ですか?」
「……わ」
「え? なんて?」
「アンタは絶対にろくな死に方をしないわ!」
「!?」
いったいなにがあったというのだろう……。
ちなみに飛行が得意で賢い生き物を貸してくれというやつは、天狗ファミリーが引き受けてくれるようになった。彼らには【エア・シップ】の牽引をお願いする予定だ。
「イバリさん、どうもありがとう」
「いやいや、なにお仰いますやらレイブ様。私のような下賤な者が知の代表者たるレイブ様のお力になれるというだけで、これほどに光栄なことはないので御座います」
「休みなしでデルアまで飛びます。イバリさんと息子さんたちが交互に【エア・シップ】を引いてもらうことになるでしょう。重さはほとんどありませんが、この質量ですから急に止まったりとか方向を変えたりすることが出来ませんので、【エア・シップ】の牽引にはそれなりの要領がいります。しかしコツさえ掴めば簡単ですので」
「そうで御座いますかレイブ様。我ら天狗の一族、身を粉にしてえあ・しっぷなるものを牽引してみせましょうぞ」
ちょっと暑苦しい感じはするが、これくらいの方が頼りになる。
俺が二人いれば一人が【エア・シップ】の牽引をして、もう一人に創造をさせておくのだが、あいにく俺は一人しかいない。
創造は俺しか出来ないが、【エア・シップ】の牽引はある程度の知能と飛翔能力があれば可能だ。イバリは適任だと思う。子供と交互に牽引すれば二十四時間【エア・シップ】を動かすことが出来るし、天狗はそこら辺の鳥人よりも器用に飛ぶ。
「イバリさん、もしよければこれからも僕と一緒に行動しませんか?」
「お誘いは誠にありがたいのですが、獣は虞理山に命を拾われた身、獣の代表者であり虞理山の主であらせられるフューリー様に報恩するまでは……」
「そっか、そうですよね。すみませんでした」
「いえ、とんでも御座いません」
ダメか。やっぱりフューリーは人望、いや、犬望があるな。さすがはザ・勇者。
「それじゃあ、イバリさん、まずはメロイアンという街を目指して飛んでください。マンデイ」
「うん」
マンデイの魔力の導線を繋いでもらって、獣発メロイアン行きの航路を教えてあげた。
「じゃ、お願いします」
「お任せあれ」
やっぱり誰かが運転してくれるっていうのはいい。癖になりそうだ。どうにかして牽引用のメンバーを仲間に出来ないものか。
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