第124話 出立

 不干渉地帯を出発の準備をするのに約二週間かかった。【農園】の改装と伝書鳩を造るのにかかった時間だ。


 伝書鳩は生物と非生物の中間で、どちらかというと非生物よりの代物。


 飛ぶエネルギーはボディに仕込んだ微少なヒダに風をあてることによる風力発電と光による充電だが、飛行中はエネルギーの収支はどうしてもマイナスになってしまうので、そのうち動かなくなる。だから完全にエネルギーが空になるまえになるべく高い場所、木のてっぺんや建物の屋上などに止まり、風や光で体力を回復するという動きをするようにした。


 到着地点の指定は伝書鳩に食べさせた物の成体情報と地図から得た情報の二つから判断してくれる。


 まずは地図。ルゥが若い頃に作図した精巧な地図を元に、川や山の形から現在地を判断して目標まで飛び続ける。で、目的地周辺になると上空で旋回、成体情報から得たターゲットに届く。


 「水へ行く。ファウスト」


 さっそく送ったのはフューリー。


 フューリーの細胞は保有しているし、虞理山に向かうという行き先の情報もあったからテストも兼ねて送ってみた。無事に届くといいが。


 一応返信用の俺の細胞と万年筆と紙も同封してある。もちろんフューリーが気分を害さないようにバラの香りのする水を創造して一振りするのも忘れてない。


 【農園】は敵に攻められてもガイマンが生き延びられるように崩れない設計、そして籠城する展開になっても餓死しないように食物と水、塩分が不足しないような仕組みが必要だった。


 食物と塩は貯蔵庫を創造し、そこ流動的な食事、ミルクと粥の中間のような物と、充分な量の食塩を造って備蓄した。籠城する展開になっても二、三ヶ月はもつはずだ。


 水問題は水路を引くことで解決したのだが、地表に造ると毒の混入などの攻撃を受ける可能性があるので地下水路にしてみた。不干渉地帯の主相手にそんな攻め方をしてくる頭のネジが吹っ飛んだ敵がいるかどうかは不明だが、リスクはゼロではない。なぜなら俺がガイマンを本気でやりたいと思ったら、そういう手段をとるかもしれないからだ。


 創造する力は穴を掘る能力が高い。それなりに時間はかかるが、地下設備はお手の物。


 「やっぱり父さんは凄いなぁ。さすがだよ」

 「可愛いお前のためだ、この位は普通だよ。ふはははははははは」


 ガイマンには美味しくて清潔なお水を飲んで欲しい。ということで水の貯蔵施設を創造し、水や不要物を分解する人工的な分解者を配置。念のためにフィルターによる水の浄化と、雨などの増水に備えて排水路も造ることに。前世なら何十人もの作業員が半年から一年はかけてするレベルの工事だったが、そこは穴掘りの勇者俺。発電機やマンデイの助けもあり、なんとか完成まで漕ぎ着けた。


 「じゃあガイマン、行ってくるよ」

 「うん。気をつけてね、父さん」


 こんな危険な土地に愛息ガイマンを残して行くのは不安しかない。だが、ユキオ君もいるしマルコちゃんもいるしスライムのスーさんもいる。その上で防衛用の設備もしっかり整えた。大丈夫。ガイマンならきっと大丈夫。


 「必ず帰ってくる」

 「もちろんだよ!」


 アホの子リズべットとかを一人で置いていくならアレだけどガイマンは賢い子だ。それに短い準備期間にもたくましく成長してくれた。不測の事態が起こってもスマートに解決できるはず。


 移動手段は最近創造した飛行船。


 乗り物とか船って女性の名前をつけるイメージがあるから船名は【ジャスティス・マンデイ号】に、しようとしたのだが、


 「嫌」

 「どうしてだマンデイ。最っ高にクールな名前じゃないか!」

 「嫌」

 「自分の名前が船の名前になるんだぞ? いいなぁマンデイ。うらやましいなぁ」

 「嫌」


 断られてしまった。なぜだろう。


 ならば【ジャスティス・マグノリア号】だ。


 「嫌ダ」

 「なんで? 空を飛ぶって言ったらラピット・フライだろ? よっ空の王者!」

 「馬鹿二してル」

 「バカにしてないよ! 嬉しいくせに。本当は嬉しいくせに。このこの」

 「嬉しクなイ」


 まったくうちの子は……。


 「じゃあ【ジャスティス・ハク号】な」


 なに言ってんだこの薄らバカは。


 みたいな顔をするハク。


 「嫌なの?」


 当たり前だろうなにを考えてるんだ間抜けめ、お前の○○を○○○してやろうかマジで。


 みたいな表情だ。


 ダメか。女性の名前をつけたかったんだけどなぁ。


 「じゃあ【ジャスティス・アスナ号】だ」


 これなら文句はあるまい。自分の母親の名前を付けるなんてマザコンっぽくてあれだけどな。


 「よし。出発だ!」

 「ファウスト」

 「おっ、どうしたマンデイ。早く【ジャスティス・アスナ号】に乗り込めよ。快適な空の旅が楽しめるぞ」

 「ジャスティスはいらない」

 「へ?」

 「ジャスティスが邪魔。誰かの名前を入れる必要もない」


 そうか。最高にクールだと思っていたのだが……。


 「じゃ、じゃ【エア・シップ】で……」

 「それでいい」


 飛行船のデザインは前世にあったのを真似てみた。大きな相違は折り畳み式の翼を付けてあるところと操縦席が存在しない点。


 実験用の器具や各種細胞、保冷庫や生活用品、装備に食料、本や玩具、化粧道具ととにかく荷物の多いゲノム・オブ・ルゥの移動。しかも【エア・シップ】の外壁には光による発電や、風を受けて発電するヒダと風の通り道、衝撃に強い素材、迎撃用の大砲と、とにかく重量がある。これだけの物を空輸するのにはそれなりの浮力がいるわけだが、荷物を積載した状態の【エア・シップ】を現実的な機体のサイズで浮かせるほどの力をもった気体などこの世界には存在しない。マンデイ先生が言うのだから間違いないだろう。


 だけどご安心を。ないなら造るまで。


 創造する力は夢を実現させる力だ。


 まともにやり合ったら他の世界の勇者にボコボコにされる自信がある。普通にその辺に生息している生物にも勝てるか怪しい奴がいる。でも夢だけはある!


 こうして我らの夢を乗せた船、【エア・シップ】は空へと旅立ったのだ。


 船内にコックピットを設置して中から操縦できるようにしてもよかったのだが、そうした場合のメリットとデメリットを天秤にかけた結果、操縦席なしの方が有利だという結論が出た。


 もし仮に船が攻撃を受けた場合、操縦が必要なタイプだと、空を飛べないメンバーのために最後まで誰かが船内に残らなければならなくなる。脱出まで考えると空を飛べる俺が操縦席に残るのが一番いいのだが、そうしてしまうと敵と戦えるのがマグちゃんだけになってしまう。パラシュートで緊急脱出も無理。だって考えてもみてくれ。船を攻撃していたらバカみたいな顔をした敵が完全に無防備なパラシュートでフワフワと降りてきたらどうするかを。


 だが操縦を必要としていない舟、直進するだけの【エア・シップ】を、フライングスーツ【極楽鳥】を着た俺が誘導するという仕組みならどうだろう。


 俺が離れても飛行船はフワフワとゆっくり飛んでいるだけ。もし襲撃を受けたら俺が船内に戻って船の浮力を下げてから戦闘用のスーツに着替えれば、対空戦力は俺とマグちゃんの二人になる。しかも【エア・シップ】は緩やかに高度を下げ、安全に着陸できるのだ。


 が、これだけの準備をしていても不測の事態は起こる。という事で最終手段としての脱出装置も造ってみた。エスケープスーツ【ダイバーN1】。電磁浮遊を用いた着陸用スーツだ。


 【エア・シップ】による発電は推進力を生み出したり機体のバランスを取る以外にも【ダイバーN1】や、マンデイが操縦する敵迎撃用の大砲にも活用される。つまり【ダイバーN1】は常にフル充電状態。有事の際には【ダイバーN1】の付属部品である【磁針】を落下させる。針とは言っても長さ二メートル、重量は八十キロ以上あり、フル充電状態で俺の倍以上の魔力を溜めることが可能。


 【磁針】は地面に刺さり発動、周囲に強力な磁場を発生させる。【ダイバーN1】を装着した生物が地面にダイブすると、スーツを感知し速度を調整しながら安全に地面に着陸させてくれる仕組みだ。もちろん落下中は無防備である。だがパラシュートでフワフワと降りていくよりはずっとマシだろう。


 高度が低い場所からも降りられるのも魅力的。


 お別れの挨拶をしにシャム・ドゥマルトに来たのだが、ユキさんがどうしても【エア・シップ】を見たいというので機体の説明をしてみた。


 「という仕組みです」

 「なるほどさっぱりわからんな」

 「そうでしょう。【エア・シップ】はいままでの技術の応用で造れたのですが、【ダイバーN1】はほとんどマンデイが設計しました。仕組みに関しては僕も理解できていない部分が多いんです。特にスーツを感知して自動で落下速度を調整する部分なんてさっぱりですね」

 「ファウストでもわからないことがあるのだな」

 「父の威厳があるのでわからないとは言いませんがね」

 「お前も色々と大変なんだな。ところでN1とはなんのことだ?」

 「初めて実験に成功した試作機の番号です。そうだ、アレン君を遠征に出したそうですね」

 「あぁ、そうだな」

 「なぜ一人で行かせたのです?」

 「お前の言う通りアレンの力は本物だ。あれは強い。私は兵士としていくつもの戦場を戦い抜いてきたが死を恐れたことはなかった。だがマンデイと戦った時に初めて思ったよ。一方的になぶり殺される、一縷の望みもない。そういう風に。マンデイはただ強いだけじゃない。技術があり、知性があり、敵に恐怖を与える術を知っている。だがアレンはまた別の怖さがあるんだ。あれは……」

 「種族としての強さ」

 「ははは、まさしくそんな感じだな。同じ人間だったとは思えない。可能ならアレンを要職に就かせたい。あれは今後のデルアを引っ張っていく人材だ。人至上主義のデルア王国では、あの見た目の兵士が上に行くのは不可能」

 「それで実績を」

 「その通りだ。単独で暴動を鎮圧したとなれば、周囲はその実力と胆力を認めないわけにはいかない。その後、私が直に推薦すれば誰も断れまい」

 「周到ですね。しかし気をつけてください。敵はこちら側の生き物の心を奪い、世界に絶望させ、破滅的な思考に導きます。アレン君レベルの生物が敵方に回るとかなり辛い」

 「あぁわかってる。王子からも釘を刺された。しっかりと監視していく」

 「助かります」

 「あぁそれとなファウスト。お前に贈り物がある。喜んでくれるかはわからんがな」


 贈り物?


 「なんです?」

 「情報だ。第一王子が捕まった話は聞いたか?」

 「えぇ、現王に反逆したとか」

 「恥ずかしい話だがな。それで第一王子派の連中を締め上げることになったのだが、そこで面白い話を聞いた」

 「面白い話?」

 「デルアとお前との戦争の時だ。神の土地に攻め込む少しまえにな、デ・マウが妙な指示を出したらしいんだ」

 「勿体ぶらないでくださいよ。その指示とは?」

 「ふふふ。お前に伝えるのを楽しみにしてたんだ。少しは遊ばせろ」

 「早く言ってくださいよ。意地悪だな」

 「デ・マウが指示を出した。金狐人のメスの魔法使いを探せ、と」

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